日本語教授法及び実習 研究レポート               田口 香奈恵

自己紹介 −授業初日にできること−

0、はじめに

 このレポートでは、実際に行った2つの「自己紹介」の授業について報告する。2つの授業を比較し、その相違点や反省点を交えながら、学生との初対面の時間をどのように過ごしたら効果的かを考えていきたい。

 '99年春の韓国木浦大学での実習準備は、スムーズに行うことができた。しかし、学生の様子については、十分な情報を得ることはできなかった。2週間という短期間でも教壇に立って教師として学生に接する立場としては、彼らの情報が少ないことは、とても不安だった。

 そこで、学生との初対面の時間を自己紹介にした。「自己紹介」は授業初日には大抵行われる内容であるが、彼らの日本語レベルを把握すること、大学の様子や彼らの興味関心を知ることを目的として、我々なりに工夫した自己紹介の授業を行った。

 木浦大学で教育自習を行ったのは4人で、自己紹介の授業はメイン教授者が1人、他の3人はそのアシスタントとして授業に参加した。

1、自己紹介1 −他己紹介−

 ここでは、実習初日の2年生の授業について報告する。この授業の準備は、学生についての事前調査を十分に行うことができなかったので、教案を細かく作ることができなかった。全体の流れだけを決めて臨んだ、手探り状態での授業である。

【他己紹介とは】 

 2年生の初日授業では、「他己紹介」を行った。これは、学生が自分自身の紹介をするのではなく、下〈例〉のように友達の紹介をする形式である。

〈例〉友達:こちらは○○さんです。

      ○○さんは、××が好きです。△△(場所)へ行ったことがあります。

   自分:○○です。はじめまして。どうぞよろしく。

 ただの自己紹介ではつまらない、学生同士は既に1年間一緒に勉強してきた仲間であり、改めて学生同士で自己紹介をするのは不自然だった。そこで、実習生に対して、「既によく知っている友達を紹介する」という状況を設定したのである。

【手順】(机列を輪にしておく)

a. 実習生が〈例〉の他己紹介の形式で自分たちの紹介をし、手本を見せる。

b. 自己紹介カードを配布し、学生に記入させる。このカードには、趣味、好きな食べ物、好きな歌手、好きな映画、好きなタイプ(人の性格)について書く欄が設けてある。また、カードには韓国語訳も付けてある。このカードを使って他己紹介を行う。

c.「友達を紹介してください」と言って、学生を一人立たせ、隣の人の自己紹介カード を持たせる。実習生が行った形式で、学生に友達の紹介をさせる。学生は、隣の人の自 己紹介カードを参考に、他己紹介を行う。全ての項目を紹介するのではなく、学生が2項目選択したものを紹介する。こうして順に隣の人がその隣の人を紹介していく。(これで1時間(50分)の授業が終わる。)

【良かった点(長所)】

 学生のレベルにばらつきに関係なく実施することができる。それは、以下の理由が考えられる。

・自己紹介カードに韓国語訳が付いているので、質問の内容が分かりやすい。

  ・自己紹介カードの記入は、辞書や友達の助けをかりることができる。

  ・記入項目は、自分の興味関心のあるものなので、答えやすい。(時間がかからない)

  ・発表は、形式に基づいて行うので、一人の発表に時間がかからない。

  ・既に書いてあることを見ながら発表するので、安心感がある。

  ・自己紹介ではなく他人(友達)を紹介する、という珍しい紹介形式で、適度な緊張感を与えることができる。

 また、学生の興味関心を知ることができた。そして、特徴づけて学生の名前や性格を覚えることができた。

【反省点(短所)】

 1クラス約30人いたので、紹介が一回りするのに時間がかかった。また、同じことの繰り返しだったので、既に紹介し終わった学生や当分の間番が回ってこない学生達は、おしゃべりをしたり、発表者の話を聞かないようになり、クラスの雰囲気が散漫なものになってしまった。それを見て実習生らが、自己紹介カードの項目にない質問をした。一時的に緊張感を与えることができたが、発表者だけが答えることもあり、手持ちぶさたの学生の様子は変わらなかった。他己紹介という発想は良かったが、授業進行に問題を残す結果となった。

 2、自己紹介2 −身近な話題について話す−

 2年生での初回授業「他己紹介」の反省をもとに、3年生の初回授業では新たな自己紹介の形式を考えた。それは、個人の紹介ではなく、実習生があらかじめ用意しておいた質問(学生の身近な話題についての質問)をし、学生に答えてもらう形式である。自己紹介というよりも、学生の日常生活の紹介や韓国事情について話すことで紹介という形をとることになる。この形式には、2年生の他己紹介にはない次の3点が工夫してある。

 ◆学年相当の日本語レベルに設定する。

 先に行われた2年生の授業の様子から、学生達の日本語レベル(どの程度話せるのか)を漠然とではあるが全体的に把握することができた。3年生は2年生よりも学習歴が長く、2年生でやった他己紹介では求められている日本語レベル(あらかじめ設定された表現法で名前を言う、自分の趣味について言う)が簡単すぎるのではないか、学生のレベルを把握しにくいのではないか、と考えた。

 ◆実習生と学生両方に、利点がある。

 2年生の授業では、学生が話す時間が長く、ネイティブの日本語話者という立場が生かされていなかった。つまり、学生は生の日本語を聞く機会が少なかったのである。そこで学生にも利点があるような形式をとった。学生は、日本語の質問を聞き取り、日本語で答える練習になる。しかも、その答えは現実的で自然なものである。一方実習生は、学生のレベルをより明確に把握することができ、学生の生活や勉強に対する姿勢、韓国事情について知ることができる。

 ◆あらかじめ質問を用意しておき、メインの教授者以外(アシスタントの実習生)からも質問ができる。

 学生への質問をあらがじめ用意しておいた。これらの質問は自習生が共通して持っている質問項目である。そして、質問が4人の実習生から出されるように打ち合わせがしてある。授業中、メインの教師は「それじゃ、○○さん(実習生の名前)、質問してください」と、アシスタントの実習生に質問させる。一人の教師からの質問よりも多方から質問があり、質問の内容は全て異なるので、教室の雰囲気も活発になり、学生にも適度な緊張感を与えることができる。

【質問の内容】

 ▼日本語・日本語学習について

  ・日本語学習歴

  ・日本語を勉強するきっかけ

  ・1日の勉強量

  ・日本語は難しいか、何が難しいか

  ・日本語で好きな言葉

 ▼大学生活について

  ・寮での生活について(何人部屋か、どんな人が入寮できるか等) 

  ・昼ご飯について(どこで何を食べるか、おいしいか等)

  ・授業以外の勉強場所

  ・日語日文学科について(先生や学生の様子)

 ▼その他

  ・パソコン、インターネットについて

  ・携帯電話について

  ・韓国で流行の髪型やファッションについて

【良かった点(長所)】

 3年生で工夫した3点は、良い結果となって表れ、2年生の授業の反省点は改善することができた。また、細かく計画が立ててあったので、気持ちに余裕があった。

 ◆学年相当の日本語レベルに設定する。

 →辞書を引きながら答える、既知の単語を組み合わせながら何とか答えられる、あるいは回りの友達に助けられながら答えるなど、学生のレベルにはばらつきが出た。実習生はそれを把握することができた。

 ◆実習生と学生両方に、利点がある。

 →学生は実習生の質問に合った答えを出していたので、聞き取ることができていたようである。また、日本語を使って質問に答えるという作業は、学生のやる気を起こさせ、授業に活気を与えることができた。実習生にとっても、関心のある事柄を知ることができた。

 ◆あらかじめ質問を用意しておき、メインの教授者以外(アシスタントの実習生)からも質問ができる。

 →質問が細かく用意してあったので、全員に質問することができた。質問項目が、寮生活について、所属学科についてと大きな枠で設定してあったので、ある学生が質問がわからない時は、すぐに同じ枠で質問表現を簡単にし(例えば一文を短くする)、テンポ良く授業を進行することができた。また、指名は机列順に行ったので、いつ順番が回ってくるかという不安感を必要以上に与えることがなかった。

 必ず答えなければならない、あるいは必ず答えることができるように質問が用意してあったことで、日本語をどうしても話さなければならない状況を作り、実際の会話の中で日本語を話す練習ができた。

 一人ではなく、実習生全員から質問があったので、学生は驚いている様子だった。声の質にバリエーションを与え、学生の視線を一箇所に固定させなかったことで、教室の空気に変化を持たせることができた。

3、まとめ

 経験の無い実習生にとって、例え実習でも海外で教壇に立つことは、期待以上に不安が大きいものである。ましてどんなレベルの学生がいるのか、クラスの男女比はどれだけか、これまで何を学んできたのか等々、学生についての情報が少ないというのは、その不安をさらに大きいものにさせる。

 学生についての情報不足への不安を解消するためには、事前に何が必要かを考えなければならない。学生については、名前や年齢、国籍の他に、事前の筆記テストの結果などで文法のレベルを把握することもできる。しかし、事前に知ることができない項目(筆記テストで測った知識を実際に使うことができるか、つまり話す力や聞く力はあるのか)があったり、今回の実習のように名前や年齢さえも知らない時、初回の授業で何ができるかを考えなければならない。実際に学生と会ってみないと分からない点を、押さえておくことが大切である。また、学生との初対面の授業は、個々の学生のレベルを把握することの他に、個人の日本語の能力以外の要素を知る、つまり「学生を多角的に知る」ための作業にも多くのエネルギーを注ぐ必要がある。

 報告した2つの授業は、失敗例とその失敗を生かして改善した成功例として見ることができる。今回のような「学生の情報がほとんどない状態で、短期間(2週間)の海外実習の初日にできること」を考える際に、考慮しなければならない点を以下に述べる。 ・クラス(学年)全体の雰囲気をつかむ。

・クラスが散漫な雰囲気にならないように、学生が考えて話せるような機会を一度は与える。

・今後のクラス運営のために、日本語レベル以外の要素を把握する。それは、一人一人の学生を特徴づけて、名前を早く覚えることにも繋がる。

・教授者側は、初回の1時間で何を知りたいか、チェックしたいのかを、できるだけ明確にしておく。そうすれば、それに合った授業を考えることができる。

・授業中焦らないように、全体の流れや細かく準備できる点は準備しておく。ただし、授業内容に難易の幅を持たせておく。学生の反応によって、臨機応変に対応できるようにする。

・初回の授業なので、学生が楽しめること。

・日本語のネイティブと会話ができる機会を与える。正確に話すことよりも、言葉を繋げて話す、会話ができる環境を作る。

 授業終了後、これらの点を少しでも実感として持つことができたら、それまでの不安は充実感になり、次回へのエネルギーとなることだろう。授業初日は、学生の日本語力を把握することも大切だが、それだけでない部分もいかに大切かを知った実習だった。


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