武藤 彩加
1.はじめに
1999年3月に筆者を含む4人の大学院生が、多くの方々のご厚意により、韓国の全羅道木浦市の国立木浦大学での教育実習の機会に恵まれた。2週間という短い期間ではあったが、韓国の大学における日本語教育を直接体験出来、大変有意義なものとなった。
一方筆者は、1991年頃ニュージーランドに1年滞在した経験があり、その際ホームステイ先のホストマザーが日本語教師であったことから、現地の日本語教育を垣間見た。その時のニュージーランドでの印象とこの度の韓国での印象とを比較すると、同じ「日本語教育」と括れないほどの大きな相違があることに気が付いた。従って、我々日本人教師に求められる役割は、国によって異なるのではないかと考えた。
以上からこの小論では、実習の反省も込めて、特に韓国の大学で求められている、日本語を母語とする教師像とは何かという問題について考えていきたい。そして将来日本語教師を志す身として、異なるニーズにもフレキシブルに対応できる日本語教師になるには、今後どんな勉強が必要なのかを考えるヒントに繋がればと思う。
2.ニュージーランドの日本語教育
先ずはじめに、韓国の日本語教育との対照例として、ニュージーランドにおける日本語教育についてその概要と特色を簡単にまとめ、そこから導き出される学校及び学生のニーズを把握する。
2.1 学習者数
ニュージーランドは、日本語教育が盛んであるといわれている。1993年の調べ(外務省国際交流基金調査)では、学習者数は次の様に示されている。
日本語学習者の多い国・地域(1993)
1 韓国 820,908(人) 6 米国 50,420
2 中国 250,334 7 ニュージーランド 27,942
3 オーストラリア 179,241 8 タイ 22,162
4 インドネシア 73,248 9ブラジル 18,372
5 台湾 58,284 10 カナダ 16,594
ここでニュージーランドは、日本の30分の1ほどの少ない人口にも関わらず、アメリカに次いで第7位となっている。この国の先住民族の言語である「マオリ語」を除けば、日本語の学習者は、ドイツ語、フランス語、ラテン語、インドネシア語、中国語などの他の外国語をはるかに上回っているのである。
この要因については、日本語を中学から教えているという、体制的なものが先ず指摘できるだろう。アジア太平洋地域との連帯を深めていくという国の政策から、ニュージーランドは世界でもめずらしくアジア語がsecondary school(日本の中高校に相当する)の正課として取り上げられる国の一つである。1978年の資料(宮崎(1979))では、日本語を正課として教えている学校数・学生数は以下の通りである。
tertiary 大学4 , 職能技術学校6 , 計10校
' 73 ' 74 ' 76 ' 77 ' 78
学生数 大学 338 317 222 424 375
職技学校 225 316 324 290 329
secondary 大学4 , 職能技術学校6 , 計10校
' 72 ' 73 ' 74 ' 76 ' 77 '78
大学 27 26 33 36 33 38
職技学校 614 686 1086 1566 1748 1901
また、1991年4月から1992年2月まで現地(主に首都ウエリントン)に滞在した時の印象では、工業先進国日本に対する憧れも、日本語人気を支える要因の一つであるように思う。街を走る自動車のそのほとんどが日本製であり、テレビなどの電化製品も、ソニー、ナショナル、サンヨーなどの日本製が主流である。周りの日本語学習者に訊ねると、経済的に豊かな国・日本への興味が、日本語を学習するようになったきっかけであったと答えるケースが少なからずあった。
2.2 教授法及び教材について
筆者が実際に見聞きした現地での日本語教育は、大まかに分けて以下の四つである。第一に、ホストマザーの担当する中高生(Boys school)での選択科目としての外国語の授業と、同じ学校で中国語を母語とする女性教師の授業である。またホストマザーがボランティアで行っていた、成人向けの夜間クラス(主に会話のクラス)と、ニュージーランド人が自宅で行っていた、日本語の勉強サークル(総勢10人位)である。いずれもアシスタントという立場であり、限定された場の経験からではあるが、そこで行われていた教授法及び教材について簡単に報告する。
使用されていた教科書は、アルフォンソ著の『日本語』Japaneseが主流であり、表記は初級の場合、ローマ字表記が普通である。また教師のほとんどは、英語を母語とするニュージージーランド人で、基本的な日本語の能力が足りない人が多い様に見受けられた。従って、授業は主に英語によって進められる。
また現地で特に問題であると感じた点は、ローマ字表記の弊害である。これが正しい発音の妨げになっていると考えられ、教師を含む学習者の多くが、いわゆる英語風の日本語からなかなか抜け出せない。しかし、人々はあまり気に止める風でもない。
2.3 学校及び学習者のニーズについて
中高校の日本語のクラスと、夜間の日本語会話のクラスとでは、学習者の勉強の目的は異なると思われる。前者は十代の学生が主に「単位取得のため」、後者はリタイヤしたお年寄りや一部の親日家が主に「趣味教養のために」日本語を勉強していた。しかし中高校生にとって外国語は、必修ではなく選択科目であり、大学入試のために必ず勉強しなければならないという状況ではない。また、成人で日本語を勉強している人の多くはせいぜい「いつか日本を旅行するときのために」勉強しているというのんびりとした状況である。つまりここで日本語を勉強する主な目的は、「日本」という国の文化理解(主に経済的な面での)にあるといえる。
2.4 ニュージーランドで日本人教師に求められているもの
以上からニュージーランドで求められている授業は、日本における外国語の授業とは異なり、とにかく「楽しい」授業でなければいけない。ときおり冗談を挟みながら、学習者を惹きつけつつ、出来るだけ長く勉強を続けてもらうようにもっていくのがコツであるように思う。それというのも、先に述べた様に、ここでは学習者同士の競争意識は無きに等しく、多くモティベーションも低いことから、授業がつまらないと判断されると、どんどん人数が減ってしまうからである。つまりニュージーランドで求められる教師像とは、言語学的知識を踏まえたうえで、日本の文化に関する学習者の質問にきちんと答え得る知識を有し、かつ楽しく授業を進めることのできるパーソナリティーこそが最も重要であるように思われる。
3.韓国の日本語教育
それでは次に、韓国の日本語教育の現状について、前節のニュージーランドと比較しながらその特徴を把握する。
3.1 学習者数
韓国の日本語教育機関は、大別して大学及び大学院、高校、私塾に分けられる。中でも実用的目的から日本語を教えている街の私塾(韓国では「日本語学院」という)は、非常に多くあり、首都ソウルなどでは街中で看板を見かけた。
学習機関での学習者は、1993年の調べでは82万908人で、その8割強が高校生である。高等学校で日本語が第2外国語の一つとして教えられるようになったのは1973年以来のことだが、1976年には大学入学のための学力試験(日本の大学入試センター試験に相当する)に日本語が認められるようになった。日本語を履修科目に取り入れていた高等学校は、1981年が270校で1982年が281校であったが、1985年には高校全体の5割に当たる360校に達している(1993年の調査では、高等学校での学習者は67万9,493人に及んでいる)。大学で日本語教育の講座が最初に開設されたのは、韓国外国語大学(1961年)だが、1988年には、日本語に関連する学科のある大学は44校、このほかに日本語を第二外国語として教える大学は14校、大学院レベルでは、大学院が11校、教育大学院が5校に及ぶとされている。1993年の調査では、高等教育レベルでの日本語学習者は11万7,745人に達している。
3.2 教授法及び教材について
韓国における日本語の教授法は、日本の国語教育と多く類似点を持つように感じられる。筆者が実習を行った木浦大学においては、「形容動詞」「五段活用」などの伝統的な国文法の用語により、文法が説明されていた。また古典や古文、日本文学などの日本の国語教科が、2年生からカリキュラムに組み込まれていた。そしてそのカリキュラムから推測するに、「文学などの学習をとおし視野を広め人間形成に役立てるための文法、読解力を付ける」ことに学習目標が設定されているのではないかと思われる。つまり「教養」としての色合いが強いという面は、日本の大学の英文学科の学習目的と類似しているといえる。
3.3 学校及び学習者のニーズについて
以上の韓国における日本語教育の現状から、大学の日本語教育科あるいは外国語教育科日本語専攻においては、高校の日本語教員養成がその主なねらいなのではないかと想像できる。そうであるならば、日本語の勉強のための「動機付け」や「目的」が、学校や学生自身比較的はっきりしているといえるのではないだろうか。つまり、ニュージーランドでは「何のために日本語を勉強するのか」という目的意識を持ちにくい状況であるのに対し、韓国ではかなりはっきりとしたモティベーションを持ちうる環境なのである。この点が先に述べたニュージーランドでの日本語教育と特に異なると思われる。
また、日本語国際教育委員会(国内)と国際交流基金(海外)により、1984年から実施されている日本語能力試験に対しても、韓国は意欲的である。海外で受験者が多い国(1995年の資料)は、韓国、ブラジル、中国、台湾、インドネシア、シンガポール、香港、マレーシア、タイ、オーストラリアの順で、ここでも韓国は一位である。優秀な学習者の多くは、1級合格を目指して日本語を勉強している。
3.4 韓国で日本語を母語とする教師に求められているもの
韓国の大学においては、専門科目が多く2年生から始まってしまうことから、それまでにコミュニケーションのために必要な基本的な文法を終えてしまわないと、古文や漢文を学習する4年生においても、基本的な間違いが直らないなどの問題点が残ってしまうことになる。もともと日本語と韓国語は似通っているために、日本語は易しいという安易な気持ちで取り組む学習者が多いと聞く。それだけに2年生までの基礎的な学習が十分に行われないと、日本語が思ったより難しいと落胆して、途中で挫折してしまう学習者も少なくないようだ。以上から、韓国の大学において我々日本人教師に求められているのは、実践的なコミュニケーションの手段としての力の育成ではないかと推測できる。
4.韓国における「会話」授業の実戦
前節までの考察では、韓国において我々日本人教師に求められているのは、基本的な文法指導なのではないかという点を指摘した。この度の実習でも、事前に木浦大学側からそのような要望があったため、私たち実習生はコミュニケーションのための日本語、つまり「会話」の授業を行った。そこで以下では、韓国で行った「会話」の授業の結果及び反省を以下に記し、今後の自身の勉強課題を導き出す。
「会話」の授業といっても様々なものが考えられるので、各自が何か一つ、テーマを持つことになった。筆者は「オノマトペ(擬音語と擬態語)」を主な指導項目として取り上げたのであるが、その理由を以下に挙げる。
・各人三コマという限られた時間の中で、何か一つ、完結した学習項目を指導しなけ ればならないという限定された枠が先ずあったということ。その中で、いわゆる「会話」で即使えるような、「使える」日本語学習に適していると考えたことから。
・事前の既習学習項目の調査でオノマトペが単独では含まれておらず、未消化な状態 が予想された為。
・教授経験不足という自分の立場を考えると、せめて自身の研究テーマに関わる項目 であるのが望ましいであろうと考えた為。
日本語はオノマトペが豊富な言語であるとされており、日本語とよく似た言語構造を持つといわれる韓国語にも、それが同様に多いという。ちなみに青山(1986)では、朝鮮語をもとにした調査ではあるが394語群の擬音語と800余語群の擬態語を認めている。それならばそういった母語での知識が日本語のオノマトペの理解の助けとなり、その習得が他の言語話者と比べて比較的スムーズにいくのではないかという期待もあった。
今回の実習においては、出発前の段階で与えられたクラス(3年生)のレベルがどの程度であるのか、また具体的な既習事項(使用した教科書、既習文法項目等)が何であるのかといったことが最後まで具体的には把握できなかったので(この点について詳しくは後述)、全くゼロからの学習を想定して教案を用意していくことになった。
4.1 教案に基づく実習報告
以下では、実際に行った授業の内容を、教案に沿って報告する。例として第一回目の授業をあげる。
3/12(金).3限(10:00-10:50)
目的:擬音語・擬態語概論
擬音語導入
受講生の日本語能力の把握
教材:プリント、絵カード、ミニテスト
▽手順:
時刻 内 容 ね ら い
10:00 ▽オノマトペ概論。 オノマトペ全体の把握
プリントを配布し、音読させる。 漢字の読み
1.擬音語とは 発音の練習
2.擬態語とは
3.擬音語・擬態語の用法
4.表記の仕方
10:10 ▽オノマトペを含んだ日本の歌。 ヒアリング
実習生3名(木暮は病欠)が歌を歌い
学生にオノマトペの部分を書き取らせる。
1.カエルの歌
2.はとぽっぽ
3.犬のお巡りさん
4.ぶんぶん蜂
5.小鳥の歌
その後, 1番を皆で輪唱する。
10:15 ▽絵カードを提示。
手順: まず興味を持ってもらう。
1.絵を見せて、先ず韓国語で言っても
らう。
2.日本語の言い方を 提示する 違いを認識させる
3.語レベルで復唱させる(2回ずつ)。 発音練習
4.文レベルで言わせる。 文の中での適切な使い方
動物の鳴き声(ワンワン、モーモー、ニーニャー、
ブーブー、チュンチュン…)
→「〜が〜と鳴いています」
トントン、ドンドン
→「警官がドアをトントンと叩きます」
ザアザア、シトシト
→「雨がザアザアと降っています」
ポタポタ、ジャブジャブ、ドキドキ…
10:30 ▽ダイアログ穴埋め ある状況を与え、その会話の中での
手順: オノマトペの使い方を理解する。 1.プリント配布
2.まず、黙読させる。
3.T.音読する→S.カッコ埋め。 ヒアリングの練習
4.書き取ったものを板書きさせる。 語頭の濁音の聞き取りの練習
5.解答を全員で音読。 発音練習
6.意味の説明(トントンとドンドン
コロコロとゴロゴロ等、濁点の有無
による意味の違いなど)。
10:45 ▽ミニ・テスト 授業をどのくらい理解し
動物の鳴き声に限定して、8題与える。 ていたか、初回の反応を
把握するため行った。
10:50 終了
以上のように、各ポイント事項については、プリントを配布した。やはり日本人と同様、韓国人学習者も視覚的なものが手元にあると、安心する様子だった。但しこれは予想外のことであったが、漢字の読みはあまり出来ない。また語頭の濁音の聞き取り及び発音に関しても、苦手な様子であった。
最後に、学生の理解を確認するためにごく簡単なミニ・テストを行ったが、全員が満点という結果であった。日本語で提示した擬音語に対して、全て韓国語にも対応するものがあるようで、初回としては予想以上に理解が早く、スムーズであった。
皆、非常に熱心で真面目なだけに、初めはやや緊張した面もちであった。だが我々の歌を聴き、全員で歌った後位から徐々にほぐれ、授業に対する反応も良くなっていった。
4.2 反省点
わずか3コマという限られた時間しかないという意識もあって、多くの学習項目を盛り込みすぎた感は否めない。このやり方では、オノマトペが学習者に本当に定着したかどうか、疑問が残る。また、学習者のニーズに本当に応えられたかという点についても、自信が持てなかった。
4.3 改善策
(1)教材について
今回の実習では教材については絵カードのみを使用したが、より効果的な授業を行うには、次の様な方法が考えられる。
もし実習先でテープレコーダーが用意できるのなら、あらかじめ日本でドアを叩く音、風の音、動物の鳴き声などをテープに吹き込んでおく。そしてそれぞれの「擬音語」について具体的な音を聴かせ、韓国語ではどう言うのか?を学習者に訊ねる。それに対して日本語はこうです、という手順で導入を行えば、より楽しい授業になるのではないだろうか。
また「擬態語」導入には、実物教材(レアリア)の使用が考えられる(例えば、笑い方の擬態語のそれぞれに、日本語の俳優やタレントの写真を使用するなど)。絵カードを使用するよりも、日本の文化紹介も兼ねることが出来、学習者の興味を引けるのではないだろうか。
他にオノマトペ導入に限らず、主教材(教科書)を補う「副教材」としては、映画、VTR等の視聴覚教材が考えられるが、これらを活用することによって、難しいという印象を与えないように工夫することが重要であるように思う。そのためにも常時、貪欲に教材として使えるものを自分で探し、蓄えておく姿勢が必要であると感じた。
また対象者が日本語の習熟度が上級レベルの学習者で、生きた日本語の習得を希望する学習者の授業であれば、日本人の心の機微、特質について知りたい、と考えるようになるだろう。従って日本人はどの様な問題を抱えて生活し、人間関係をいかに維持しているのかを知りたいという、学習者の希望が叶うような教材の準備が必要になる。その為には発話場面、非言語的な行動、文化的な側面などの実際が自然な形で提供しうる収録・編集し、使用する方法などが考えられる。
(2)教授法について
韓国の日本語教育は現在のところ、文法理解と目標言語を母国語に訳す学習活動を重視した教授法である「文法訳読法(Grammar-Translation Method)」に近いものが主流であると思われる。そこで、我々日本人教師に求められているのは、到達目標をコミュニケーション能力(Communicative Competence)の育成とする「コミュニカティブ・アプローチ(Communicative Approach)」に近いものではないかと考えられる。コミュニカティブ・アプローチにおいては、話し手と聞き手双方が言語的および非言語的な信号を送り出したり、受け止めたりしながら、コミュニケーションの目的を果たす能力を育てることを重要視するとされるが、そのために教師は、現地における会話の規則もその背景にある文化も知らなくてはならないだろう。いずれにせよ今後、いろいろな教授法を自分で工夫する力を磨くことが必要になってくると思われる。
(3)ウォーミングアップについて
実習の為の打ち合わせにおいては、学習者の心身をほぐし学習が可能な状態に学習者を導くために、ウオーミングアップについて特に工夫を凝らした。特に真面目で勤勉な韓国の学習者に対し、緊張をほぐすために重要であると考えたからである。
但し日本と同様、「はい、今から授業です。」という開始の仕方に慣れている学生にとって、授業と関係のない話はとても奇異に感じるらしく、反応としては今ひとつであった。こればかりは経験を積むしかないと思われるが、ウォーミングアップを効果的に行うことは、教室の良い雰囲気作りに欠かせないことであると思う。
5.おわりに
「話せるようになりたい」と願うのは、ほとんど全ての外国語学習者の願いであろう。この点について、ニュージーランドも韓国も違いはない。しかし、大学での日本語教育においては、アカデミックな面に重点を置かなくてはならない大学側の事情と、「話せるようになりたい」という学生のニーズとは、相反しがちである。ここにどう折り合いをつけるかが問題となってくる。
しかし一方で、そこにこそ、我々日本人教師の存在意義があるのではないかとも考えられる。「話せるようになりたい」という学習者の初心を損なうことなく、出来るだけ長く勉強を続けてもらうことが重要で、その為には教師側にも様々な勉強が必要になってくる。
また授業内だけでなくその時間以外にも、ちょっとした雑談などの時間が学習者との距離を縮めるためには必要であると、今回の実習では強く感じた。そのために教師は、学習者と食事を共にするなどのゆとりの時間を見つけるように努力すべきである。
今後も良い日本語教師になるためには何が必要なのか、常に自分に問いかけながら模索を続けていきたい。
参考文献
青山秀夫(1986)「朝鮮語の擬音語・擬態語」『日本語学』5-7, 明治書院, pp.24-32.
奥津敬一郎(1979)「韓国」『月刊言語』9-3, 大修館書店, pp.42-45.
宮崎茂子(1979)「ニュージーランド」『月刊言語』9-3, 大修館書店, pp.20-23.
村崎恭子(1977)「韓国における日本語学習」『月刊言語』6-9, 大修館書店, pp.80-85.
国際交流基金『海外日本語教育機関一覧』