タイにおける日本語の音声言語教育に向けて

1.はじめに

日本語教育においては「読む・書く」という文字言語の教育に結果的にウエイトが置かれて、「聞く・話す」という音声言語の教育が重要視されていないことがよく指摘されている(杉藤,1992,1999)。タイにおける日本語教育もその例外ではない。筆者自身は日本語学習及び日本語教育の経験に基づいて、タイにおける日本語の音声教育の問題点とその原因を考察し、その改善の方法を提案することを試みた。

.近年のタイにおける日本語教育

 タイにおける日本語教育は1990年以来拡大しつつある。日本語教育を実施する教育機関は高等教育機関が中心であったが、90年代に入ってから、中等学校レベルにも広まっている。(詳しくはChirasobatti,1996参考)地域的には、首都バンコクからタイ全土に広がり始めた。タイにおいて日本語教育に対する需要が年々増加していることが窺える。その急速な需要の伸びに応えるために、各教育機関が日本語のコース開設に取り組んでいる。但し、この急激な日本語教育の拡大は量的レベルにとどまり、質的には様々な問題を伴っていると言える。その中で音声教育の問題が非常に重要であると筆者は思う。タイにおける日本語教育は文字言語偏重の傾向があり、音声教育が欠落していると言える。

3.音声言語教育について

 音声言語は音声を媒介とする言語を意味する(杉藤,1999)。従って、必要となる技能は「聞く・話す」で、対面のコミュニケーション能力に直接関わるものである。反対に、文字言語は、文字を媒体とする言語のことであり、「読む・書く」は対面のコミュニケーションに関わらないことが多い。

 従って、音声言語教育は「聞く・話す」の技能を中心に音声表現の技術を高めるための教育で、コミュニケーション能力をつけることが目標となる。従来の必ずしもコミュニケーション能力を重要視しない文字言語教育と異なる。

 コミュニケーションが成り立つために、学習者にネーティブスピーカーのような完璧な発音を要求することなく、目標言語の音素の体系に関する知識と最小限の音声に対する感受性が必要となる。そのために、初期の段階は音声学に基づいた知識と練習が教育の内容であろう。そして、そのスキルを学習者が獲得するために、繰り返しの練習が欠かせない。機械的にならないように、学習者が楽に学習できるように、工夫が必要である。

 次の段階は、会話など実際のコミュニケーションに必要な技能を向上させることである。相手の発話を理解し、自分の言いたいことを伝えるために、語彙、文法、文化、一般常識などの知識と練習が教育の内容である。この段階は、最初の段階と違って、誤解と不愉快な感情を招かない限り、訂正を控え目にし、学習者になるべくコミュニケーションの機会を与える。

 但し、現在タイにおいて行っているのは、必ずしも、以上のような音声言語教育ではなく、文法などを中心とした文字言語教育に偏っていると言える。そして、従来の日本語教育の問題点として取り上げられるのは、学習者のコミュニケーション能力の不足である。文法をあまり意識しすぎて、伝えたい内容をそのままではなく、自分の知っている言語構造の範囲だけでしか発話しないのがその例ではないだろうか。

 従来のタイにおける日本語教育の問題点と考えられるものを以下にあげる。

4.音声学の研究の不足

タイにおける日本語の音声教育の大前提として、母語であるタイ語の音声学と、日本語の音声学の対照研究が不可欠である。教師が学習者に日本語の発音を指導する際、学習者の母語であるタイ語の調音方法を自覚させ、日本語の発音との違いを説明するために、両言語の音声学に関する知識と具体的な指導方法という応用技術が必要である。しかし、現在、日本語の音声の研究が進んでいる一方、タイ語の音声学の研究は十分と言えない。タイ語の音声の研究及び、日本語教育への応用の重要性が再認識されるべきである。

5.学習者の学習スタイル

タイにおいては、基本的に中学1年から第2言語として英語を学習し始める。従って、高等教育機関で日本語の授業を受ける学習者にとって、日本語は第3言語に相当する。それまでの英語の学習スタイルが日本語の学習に影響を及ぼすのではないかと考えられる。英語の教育は、コミュニケーション能力の養成という側面が弱く、教養としての側面が強い。それは特に大学入学試験によって強化される。教育機関でのテストのみに縛られず、卒業後の必要になってくるコミュニケーション能力の重要性を学習者に意識させることが重要になってくる。そのためには、日本語で実際にコミュニケーションしなければならないような状況や場面での経験が効果的な方法であろう。但し、教室以外そのような状況や場面は日本以外の国では困難である。後ほどいくつかの方法を提案したいと思う。

6.評価

4の学習者の学習スタイルに関連していることであるが、学習者がある段階の学習を終えると、テストで評価される。それによって、無意識にテストが学習の目的になってしまっているのではないかと考えられる。そして、そのような状態が第2言語の学習以来、続いてきたことで、ある程度学習者に定着してしまったのではないだろうか。従って、学習者に日本語のどの項目、どのような技能が必要かを示すのは、教師の評価方法である。従来の言語テストは教授者の便宜上、文字言語を基盤にした筆記試験が主な方法であると言える。従って、「聞く・話す」より「読む・書く」の技法が優先されがちである。コミュニケーションにおける「聞く・話す」の能力を適切に評価する方法が望ましいが、筆記試験などより特別な技術や知識を教育側に要求するので、実施するのが困難である。例えば、学習者の発音を指導したり・評価したりする能力や学習者のコミュニケーション能力を客観的に、且つ的確に判断する基準を教師が必ずしも持っていない。

7.教材

3の音声の研究の不足と関連していることであるが、Chirasobatti他(1996)の報告では1990年から1996年にかけての日本語教材がリストアップされている。会話やコミュニケーションに関する教材は語彙や文法などに関する教材と比べて非常に少ない。また、その中には音声に関する教材が見当たらない。そういった教材の中に部分的に(日本語の教材のタイ語版の場合)導入されているのではないかと考えられるが、本格的に音声を扱った教材はない。日本語の音声教育は、各教育機関が独自の方法で行っていると思われるが、タイ語と日本語両言語の音声の対照研究に基づいて整理され、体系化された日本語の音声教育はまだ成立していないのではないだろうか。

8.教師

まず、ネーティブスピーカーである日本人教師の不足は大きな問題である。青年海外協力隊の隊員や国際交流基金派遣青年日本語教師をはじめ、日本人教師が徐々に増えていっていると思われるが、急速に増えた日本語教育を実施する教育機関と学習者の数から考えて、非常に少ない。但し、この問題は他の外国語教育にも共通している。

従って、当然ながらノン・ネーティブスピーカーであるタイ人教師が中心となって指導する。発音の指導の面では、ある程度の限界がある。そのため、テープ、MDMini Disc)を利用して補うことなど工夫が必要であるが、簡単なことではない。様々な制約があるため、最終的に文字教育を促進する間接的な要因となっているのではないだろうか。

もう1つ注目すべき指標がある。Chirasobatti他(1996)の報告では1975年から1996年にかけてのタイ人留学生による日本語についての卒業論文・修士論文・博士論文がリストアップされている。その中で音声学に関する論文はたった1本である。このデータから、いかにタイ語と日本語の音声に関する研究及び研究者が少ないかが分かる。また、そのような留学生が日本語教師になったとき、専門ではない音声学の視点からの日本語教育は簡単には望めないだろう。

もう1つ重要な問題は、日本人教師ほどではないまでも、タイ人教師も不足していることである。この傾向は特に地方で目立っている。上記のように、最近急激に増加する日本語教育への需要に応えるために、各教育機関では日本語コースを設けようとしている。しかし、日本語教師の不足から、日本語以外の教師を採用するケースがある。教師になってから日本語の学習を始めて、日本語を教えている場合もある。音声教育どころか日本語教育全体の成果が期待できないと言わなければならないが、これらの教師の日本語教育及びその学習者の学習を支援するような研究が課題となる。

また、日本語教師に要求することとして、学習者のニーズ及び社会のニーズにこたえるために必要な能力への意識である。日本語学習者は、日本語教師を志向するという限られた学習者を除き、日系企業に勤めたいなどの希望を持つ学習者がほとんどである。そこで、問題は研究者や教育者に当たる教師が最終的に自分と違う職業を目的とする学習の立場に立ち、さらに、そういった学習者に必要な能力を養成することを求められる。場合によって、学習者の最終的な目標に合った学習の方向を学習者に意識させることも必要であろう。このように教師がより意識していれば、文字教育偏重から音声教育重視への変化が望めるのではないだろうか。

9.環境

日本語教育だけではなく、教育全般や生活には物理的・社会的な環境からの影響がある。日本語教育において主に教室という特別に設定された環境を考えれば、教師(場合によって学習者も)がある程度教室活動の目的に合うように管理は可能であるが、それ以外は部分的にコントロールできる(例えば、学習に特定のタクスを与えて、教室外での学習者の活動をある程度コントロールするなど)といってもきわめて不可能に近い。

日本にいる場合は、教室以外の環境が日本語学習を促進する効果が見られる。例えば、日本人との交流ができる。それによってコミュニケーション能力が高められていくことが予想できる。但し、タイなど海外おいてはそのような効果が期待できない。問題は教室以外にも学習を促進するような環境を設定できるかである。教室外であるため、管理や責任範囲以外と考え(他の理由もあるだろうが)、消極的になる教師がほとんどと言える。その中に少し工夫すれば、教室では得られない利点があるということが見えてくる。これについてはのちほど触れることにする。

以上、タイにおける日本語教育の問題が文字教育偏重にあるという問題点を指摘し、そのいくつかの原因を考察した。つぎに、音声教育への具体的な方法を考えたい。この場合、日本語教師を増やすなど大学の方針や予算に関わるようなこと、大規模ですぐ実行できないことはふれず、現実的で、実行が可能な考え方に絞りたいと思う。 

10.発音練習の教材の作成

先ず、タイ語と日本語の音声の対照研究に基づいて、学習者の学習段階にあった教材を作成することである。そのためには、純粋の音声学の知識だけでなく、それを教育に応用した形でなければならない。今までなかったことを始めるのは、困難なことであると同じに、失敗などの心配もあるが、音声言語教育の具体的な形という点で価値がある。そして、そこから改善を加えたよりいい教材ができることを期待したいのである。

11.補助教材の利用

今まで日本語教育の目的で作成されたテープとビデオの他に、日本語教育用に作成されたものではないものを積極的に利用することである。特に、学習者が興味を持ちそうなドラマがいいのではないだろうか。さらに、ドラマの会話から字幕のような資料を作成すれば、より「聞く」練習のための教材が得られることになる。学習者の自立学習にもいいのではないだろうか。

12.タイ滞在日本人との交流

現在、タイには約3万人の日本人が滞在していると言われている。ただ、タイ人と日本人の交流があまり行われていないようである。その原因は様々であろうが、タイ人日本語学習者とタイ滞在の日本人の間に立って、交流を成立させる人物や機関がないこともその一因と考えられる。かつて、国内旅行やHome Stayという活動を通じて交流が行われたことがあるが少なかった。特に、教育側はあまりこの活動に積極的ではなかった。

以上のような活動に積極的に取り組み、学習者にコミュニケーションの機会と環境を与えるのも教育側の義務として考えたい。

13.就職実習

卒業後、就職する卒業生は企業などの仕事と環境に慣れるまで相当な時間がかかるようである。また、企業の実態が分からず、就職する会社を選択するときも苦労する。そこで、卒業前に一度企業で働く機会を学習者に与えれば、その経験はよりよい選択のための材料となるだろう。そして、企業実習は学習者にコミュニケーション能力の重要性を意識させる良い機会となるだろう。

14.おわりに

 以上、タイにおける従来の日本語教育は文字言語偏重の傾向にあり、学習者のコミュニケーション能力を育てないのが最大の問題点と考える。ここでは、それらの問題点や原因を考察し、音声言語教育の重要性を取り上げ、いくつかの具体的な教育の方法を考えた。しかし、文字言語教育の重要性を否定しているわけではない。各技能がそれぞれ独立するものではなく、互いに影響を与え、総合的言語能力を形成するという点では、どちらかの技能を優先することは適当ではないだろう。ただし、以上で考えたように、様々な原因によって従来のタイにおける日本教育は文字言語偏重といわざるを得ない。音声言語教育を積極的に取り入れることによって、文字言語と音声言語のバランスをとり、学習者のコミュニケーション能力の向上はもちろん、「聞く」・「話す」の技能の発達により、「読む」・「書く」の技能にもかつて以上の上達が期待できるではないだろうか。

参考文献 

ウォラウット チラソンバット・北村武士(1996)「タイにおける日本語教育」『世界の日本語教育』国際交流基金 日本語国際センター 第4

岡崎敏雄・川口義一・才田いずみ・畠 弘巳偏(1992)『ケーススタディ日本語教育』おうふう

杉藤美代子(1999)『教育への提言』和泉書院


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