AET実習のシラバス作成に関する一考察

−中級クラスを中心として−

月森 育子

 

 

1.はじめに

 本研究科では、毎年、来日直後のAssistant English Teacher(AET) を対象として院生が1週間程度の日本語教育実習を行っている。この実習では、教科書作成から学習者のレディネス、ニーズ分析、クラス分け等のコースデザインのすべてを院生が行うことができる。また、この実習の特徴としては、学習者が全員英語母語話者であること、さらに実習終了後まもなく、全員がAETとして日本の中・高校で勤務することが挙げられる。

このように、学習者の母語や日本語学習の目的が統一されていることはめずらしく、一見シラバス作成などが容易にも思われるが、実際には学習者間のレベル差等から、いったん立てたシラバスを変更せざるを得ない場合も出てくる。

 本稿では、筆者が担当した中級クラスの授業記録、実習者の反省、実習終了後の学習者アンケート、一年後アンケートを基に、AET実習における中級クラスのシラバス作成について一提案を示す。

 

 

2.中級クラスの概要

 

2.1.学習者

 今回の実習におけるクラス分けは、学習者来日前のE-Mailを利用したレディネス・ニーズ調査、インタビュー調査によって行われた。その結果、学習者9名中、4名を中級レベルと判定した。中級レベルとされた学習者については以下の表のとおりである(表1を参照)。

ニーズ調査では、日本の文化を学びたいとした学習者が多く、また授業では漢字を進んで使用することを全員が望んでいた。

学習者Bは、日本への来日経験、漢字の習得数も他の学習者に比べて少なく、また、インタビュー調査時には、実習生の質問を一度英語に言い換えて確認した後、日本語で返答するなど日本語の聞き取りが苦手のようであった。そのため、中級クラスにすることは躊躇されたが、本人が中級クラスを希望していたため、本人の希望を尊重する形で中級クラスに入れることとした。

 

表1.中級クラス学習者のレディネス

学習者

国籍

日本語学習歴

来日経験

日本語のレベル

A

 

US

5年9ヶ月(高校:3年9ヶ月、週5時間・大学:2年、週5時間)

1ヶ月

簡単な会話と挨拶

B

AUS

3年7ヶ月(大学:3年7ヶ月、週5時間)

なし

日常会話

C

AUS

3年(大学:3年、週6時間)

11ヶ月

日常会話

D

 

US

2年(大学:1年8ヶ月、週5時間・日本の大学:4ヶ月、週8時間)

5ヶ月

日常会話

注)「日本語のレベル」は、学習者の自己評価

 

2.2.実習生

 前年度AET実習では、実習生は、毎日異なるクラスを受け持つ「日替わり制」を取っていた。しかし、「日替わり制」は、実習生が全レベルの授業を経験する事ができる反面、短期間のプログラムで実習生が入れかわり立ち代りで授業を行うことは、学習者のレベルを把握することが難しいということが昨年度の実習の反省として挙がっていた。そこで、本年度は、各レベルごとの担当者を固定する「担任制」を取ることとし、各クラスを2名の実習生が受け持つこととした。各クラスの担当者は、日本語教授経験(実習、ボランティアを含む)がいくらかある者とほとんど経験がない者がなるべくペアになるように配慮し、実習者間で調整を行った。

 

 

3.シラバス作成について

 

3.1.中級クラスのシラバス作成時の留意点

 中級クラスでは、教科書を使用せず、毎時間トピックを設定してそれを中心に授業を組み立てることになる。そのため、シラバス作成は学習者のニーズ分析、現職AETに対するニーズ分析の結果を参考にすることは勿論のこと、受け入れ側となる日本人教員の意見も調査参考にして行われることが望ましい。ここでは、今回のシラバス作成で参考としたアンケート等の調査結果を示す。

 

3.1.1.2001年度学習者ニーズ調査

○調査方法

E-mailによるアンケート調査。回答の形式は紙面調査時と同様、当てはまるものにチェックをする、設問によっては自由記述。

○調査結果1)

1)このコースでなにを学びたいか2)。

漢字、文法、頼む・断る・助言、お礼を言う、敬語、買い物の項目には4名全員がチェックをしていた。

 

2)日本について何に興味があるか(自由記述)。

・日本語の話す力をつけることにとても興味がある。

・伝統文化、現代の日本の文化、特に日本の音楽について。

・料理、歴史。

・生活習慣の違い。

 

3.1.2. 現職AETに対するニーズ調査

○被験者

名古屋市の中学・高校に勤務しているAET26名。(ただし、名古屋大学の日本語コース受講の有無は問わない。)尚、被験者のレベル別内訳は下記、表2参照。

 

表2.被験者レベル別内訳 単位:人

 

1998年度

1999年度

2000年度

合計

ゼロ初級

4

2

5

11

初級既習者

1

0

2

3

中級

2

2

4

8

上級

1

2

0

3

合計

8

6

11

25

 

○調査方法

紙面による一斉調査。過去のAET実習で扱った学習項目のうち役立ったと思うものをチェックする。設問によっては、自由記述。

 

○調査結果1)

1)コースで行われた学習項目の中で、最も役立った項目は何か。

・レストランでの注文、道を聞く、病院(11名中各3名)

・誘いと断り(11名中5名)

・電話(11名中6名)

・日本のポップカルチャー、名古屋弁(4名中各3名)

 

 

2)新AETへのアドバイス(自由記述)3)

・学校紹介

・ここ(日本語の授業)で自分の意見を(日本語で)言えるよう、(日本語の勉強を)なるべく早く始め、なるべくたくさん勉強すること。

・名古屋弁(の学習)はとても役立っている。

   

 

3.1.3.現職教員のAET実習への期待

 中級のシラバス作成にあたって、筆者の知り合いの中学英語教員数名にAETの日本語に対する意見を聞くことができた。ここでは、前年度の実習報告書でも取り上げられていたものも含めて、現場の教員の意見を紹介する。

 

○同僚として、AETに最低どれぐらいのことを日本語でできるようにしておいたらいいと思いますか。

 

・文字は書けなくてもいいので、話せるように、相手の言うことがだいたい理解できる程度、一人で暮らす際に困らない程度の日本語能力(買い物、お金の使い方、あいさつ、電車、バスの利用時の日本語会話力)は身に付けておくとよいと思う。

・(回答者の学校では)他の教員が英語でコミュニケーションとろうとしてため日本語を覚えていなくても不都合ではなかったけれど、学校によってはそういう教員ばかりではないので日本語でかなり苦労することもあるようだ。

・授業で、AETが日本語を使うことは望ましくないのかもしれないが、(AETが日本語を話すことで)生徒は親しみを持つし、授業も盛り上がるような気がする。生徒に教えたい内容のキーワードやキーセンテンスぐらいの訳を日本語で言えるのは有利なように思う。

・前任のAETで、奥さんが美容院に行く際、一人で行って変な風に切られるのが嫌で、何度か通訳に付き添ったことがある。今度のAETも、英語が話せる美容師がいるところに切りに行っている。美容院での会話も教えてあげてはどうか。

・給食や掃除、朝の会などの学校用語を事前に知っているとAET自身も戸惑わなくてすむし、生徒との意思疎通にも役立つと思われる。

 

3.2.シラバス作成

 前項での調査結果を基にして、本年度は、以下のようなシラバスを立てた(表3参照)。

 

表3.2001年度中級シラバス

 

1時間目

2時間目

3時間目

 

9:30〜10:20

10:30〜11:20

11:30〜12:20

8月15日(水)

オリエンテーション・インタビュー

自己紹介

(A)

ウエルカムパーティー

8月16日(木)

呼びかけ・依頼

(B)

苦情を言う

(A)

誘いと返事

(B)

8月17日(金)

説明文

(A)

電話表現

(B)

買い物

(B)

8月20日(月)

贈り物の習慣

(B)

はがきの書き方

(A)

箸に関するタブー

(A)

8月21日(火)

縮約形

(A)

日本の歌

(B)

落語

(A)

8月22日(水)

スピーチをしよう

(A)

カタカナ表記と発音 (B)

授業で使う表現

(B)

8月23日(木)

アクティビティー

―

―

注)・( )内担当実習生。A:筆者。

 ・8月21日(火)3時間目、22日(水)は台風のため休講

 

今回のAET実習では、E-mailによる調査で学習者のレディネスをある程度把握することができたため、クラス設定(今回は、ゼロ初級、初級既習者、中級の3クラス)および学習者のクラス分けを事前に行うことができた。しかし、各クラスにおける学習者の日本語のレベルなどは、インタビュー調査を行うまでは予測することはできなかった。また、インタビュー調査を行った次の時間には、すぐに最初の授業を行ったことから時間的余裕もなく、初回の授業を学習者のレベルにあったものにするのは難しかった。

初回の授業である程度学習者の日本語レベルが把握できたが、同時に、学習者間のレベル差もあることが分かった。しかし、そのレベル差がどの程度のものであるのかまでは、把握することが難しかったため、その後の授業のシラバス・デザインは、教育実施前にシラバスを組む「先行シラバス」ではなく、教育を始める時点でシラバスを組んではおくが、教育実施の過程で学習者の希望や反応をみてある程度自由にシラバスの変更を行う先行シラバスと後行シラバスを折衷する形をとった。

 この折衷シラバスは、「後行シラバス」の利点として挙げられる学習者のニーズに答えやすいという側面を生かしつつ、あらかじめ大枠での方向性が決まっていることから、名柄ら(1991)が「後行シラバス」の問題点として挙げている“授業内容に一貫性が失われ、学習者も教師も混乱してしまう可能性”を最小限に留めることができると考える。しかし、折衷シラバスでもなお、教員の負担は大きく、授業で取り上げる項目を前日或いは、早くても2〜3日前にしか決めることができない上に、準備に毎回かなりの時間を費やすこととなった。 

このような教師の負担を少しでも軽くするためには、 学習者のニーズに応える授業を行う一方で、3.1.3で紹介したようにAETとして日本の学校で勤務するうえで、どのような日本語が必要であるかについて現場の教職員に対する調査を体系的に行い、その調査結果を基に構成した授業を予め用意しておくことも大切ではないかと考える。

また、シラバスには構造シラバス、機能シラバス、場面シラバス、話題・主題シラバス、スキルシラバス、タスクシラバスなどが挙げられるが、今回は機能シラバス、話題・主題シラバス、タスクシラバスを中心としてさまざまなシラバスをくみあわせて授業を構成した。

では、次に折衷シラバスで行った今回の中級での授業に対しての学習者の反応について見ていくこととする。

 

3.3.学習者の反応

ここでは、毎時ごとの授業記録および事後アンケートの結果から学習者の反応について見ていくことにする。なお考察対象は、筆者が行った授業に限る。

事後アンケートでは、授業内容が今後の日本での生活に役立つと思うか、授業内容を理解することができたか、授業を楽しめたか、の3点についてA-Eの5段階で評価を行った。なお、以下に示す点数は、この5段階評価を佐藤(2001)にならい、点数化(A:4点、B:3点、C:2点、D:1点、E:0点とし、16点満点とする)し、学習者全員の点数を足したものである。また、各設問には自由記述の欄も設けた。

 

3.3.1.一日目(8月15日)

○2時間目・・・自己紹介

・授業内容

一味違った自己紹介をめざして名前の由来やニックネームなどのエピソードを加えた自己紹介文を作る。

 日本の名字ベスト10、年代別新生児名前ベスト10について書かれてあるプリントをもとに、情報を読み取り自国との比較など意見を述べる。

 

・学習者の評価・コメント

3項目とも14点。自己紹介はとても大切である。(学習者A)

 

・実習生のコメント・反省

思ったよりも自由会話ができる。ただ書くとなると文構成がおかしい学習者もいる。学習者Aは知識にむらが見られ、学習者Bは語彙が他の3名に比べると少ない。

自己紹介文作成で時間をとってしまい、十分なディスカッションを行うことができなかった。

 初めての授業であったため、学習者の日本語レベルを把握するのに時間がかかった。当初想定していたレベルより学習者の日本語能力は軒並み高いことが判明したため、これ以降の授業の内容を変更しなくてはならない。

 

3.3.2.二日目(8月16日)

○2時間目・・・苦情を言う

・授業内容

苦情を言う(はっきりと/ひかえめに)。いろいろな謝罪表現。いいわけ。

 

・学習者の評価・コメント

 3項目とも13点。コメントとしては、苦情の表現を習得することは難しいが、興味深い内容であった。

 

・実習生のコメント・反省

ダイアログ聞き取りは学習者A・Bには難しかったかもしれない。単純な口ならしの練習が続いたため、学習者Dは退屈そうであった。

運用練習として、インフォメーションギャップのタスクを用意していたが、時間切れで行うことができず、学習項目の十分な定着が図れなかった。

学習者間のレベル差が少しずつでてきた。

 

3.3.3.三日目(8月17日)

○1時間目・・・料理(説明文)

・授業内容

料理の作り方のプリントを用いて、調理器具の名称、調理時に使う表現(煮る、焼く、ふっとうする等)の学習。依頼表現の復習。接続表現を用いての説明文の作成。

 

・学習者の評価・コメント

 「役立つと思うか」・・・13点、「理解できたか」・・・12点、「楽しめたか」・・・14点

 なぜ、これを学ぶ必要があるのか分からない。(学習者D)

 

・実習生のコメント・反省

 学習者Bは、わからないことがあるとすぐに学習者Cを頼ってしまい、英語での説明を求める傾向にある。

学習者C・Dは実習者のキューが多少まずくても、タスク内容を察して行うが、学習者A・Bはどこをやっていて、何をしなければならないのか把握するのに時間がかかるため、実習者は模擬授業を行い、明確な指示を出すように心がけなければならない。

 新出単語(特に料理用語)が多くあった上に、扱う内容が多すぎたために消化不良になってしまった。

 まず/次に/そして/終りに等の接続表現を用いて、説明文をつくることを目的としていたが、内容が簡単すぎた。一回の授業の中で、基本的な表現・タスクと少し難しい表現・タスクを織り交ぜるのが理想である。

 

3.3.4.四日目(8月20日)

○2時間目・・・はがきの書き方

・授業内容

はがき文の構成・・・�@お礼、�A感想、�B終りの言葉。いろいろなあいさつ文の紹介。宛名書き。

 

・学習者の評価・コメント

 「役立つと思うか」・・・13点、「理解できたか」・・・10点、「楽しめたか」・・・12点

 とてもよい授業の一つであり、とても役に立った。(学習者A)

 

・実習生のコメント・反省

学習者は皆、ホームステイを終えたばかりでタイミング的にはちょうどよかった。

 学習者Bの遅れが目立つようになってきた。事後アンケート評価も低くなり、授業参加が消極的になってきた。

 

○3時間目・・・箸に関するタブー

・授業内容

 箸に関するタブーの紹介。日本女性のトイレのマナーについての読み物を読み、ディスカッション。箸を使ったアクティビティー。

 

・学習者の評価・コメント

 「役立つと思うか」・・・13点、「理解できたか」・・・13点、「楽しめたか」・・・13点

 マナーを学ぶにはよかったが、日本語の向上にはつながらなかった。(学習者A)

 

・実習者のコメント・反省

 時間がなくて、十分なディスカッションができなかった。「読解」では、学習者間の日本語能力差が如実に表れた。

 

3.3.5.五日目(8月21日)

○1時間目・・・縮約形

・授業内容

 縮約形・・・〜ちゃう/〜てる/〜とく/〜なくっちゃ、の聞き取りと、意味の理解。

 

・学習者の評価・コメント

 「役立つと思うか」・・・13点、「理解できたか」・・・13点、「楽しめたか」・・・13点

 日本語の会話にとても役立つ、またこの情報はよく使うであろう。(学習者D)

 日本語の会話を学ぶには本当によい授業だった。(学習者A)

 

・実習者のコメント・反省

 前日の授業では「読解」を中心として扱っていたため、本授業では会話、特に聞き取りを中心とした。

ビデオを編集して教材として使用したが、映像がうまく映らず準備不足を露呈する結果となってしまった。

学習者Bの事後アンケートの「授業の理解」の項目の評価が低いことから、Bさんにとっては、難しすぎる内容となってしまったようだ。

 

4.シラバス全体を通しての反省および考察

 今回の実習では、実習生を「担任制」にしたことで、個々の学習者のレベルを早期に把握することができた。そのため、ちょうど中間のレベルであると推察された学習者Aのレベルに合わせる形でシラバスの変更を試みた。しかし、学習者間のレベル差が大きすぎ、結果として学習者Bとっては、難しすぎる内容となってしまったようだ。

概して中級クラスは学習者間のレベル差が大きいクラスとなりがちである。そのため、シラバスの変更を行うことは勿論であるが、今回のようにそれでも改善が難しいようならば、遅れがちである学習者に対して、早い段階でクラスの変更を提案しても良かったかもしれない。

また、今回の実習では、台風の影響で授業が急遽取りやめになったことにより、残念ながら授業で取り上げることができなかったが、AET実習においては、学校で使用される学校用語も重要な学習項目の一つであると考える。特に、日常会話程度の日本語をすでに習得している中級クラスの学習者であれば、日本で生活する上で必要な生活日本語をトピックとして取り上げるよりも、さらにターゲットをしぼって、海外での日本語学習者が通常学ぶことの少ない、学校用語や日本の学校生活について取り上げた日本語学習を行ったほうが、その後の日本での生活により役立つのではないだろうか。そのため今後のAET実習では、3.2でも指摘したように学習者の意見だけでなく、受け入れ側となる現場の教職員の要望も体系的に調査し、シラバスに反映していくことが必要であると考えられる。

 

 



1)ここでは、各年度中級クラス以上の学習者の回答のみを扱うこととする。

2)過去の学習項目を参考に選択肢を作成。

3) ( )内は、筆者補足のため加筆。

 

 

 

【参考文献】

田中望(1988)『日本語教育の方法-コース・デザインの実際-』大修館書店p.84-96

名柄迪・中西家栄子・芧野直子(1991)『実践日本語教授法』バベル・プレスp.35-41

名古屋大学大学院国際言語文化研究科日本言語文化専攻(2001)「夏期教育実習(AET日本語研修)報告」http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/~mohso/jisshu00/aet.html

 

 

 

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