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真実と嘘

大昔、今のようにネットから情報を取るという手段がなかった時代、古本屋か何かで、Sissela Bok の Lying という本を見つけて読んだ記憶があります。アメリカの大学にいた頃です。内容の詳細は覚えていませんが、普通の人が日常的にそれほど罪悪感を感じずについ ている小さな嘘を網羅した本で、こんな当たり前のことを書いて、ハーバード大学の先生になれるんだ、大学ってそんなところなんだ、と言うような感想を持っ たことをぼんやり覚えています。確か、筆者はアメリカ人ではなく北欧の人だったと思うので、外国から来た人が、ちょこっと英語で本を書いてベストセラーに なって大学の先生にもなれるんだという感想も持ったはずです。しかし、自分が大学院に在籍しているのにも関わらず、それをアメリカンドリームの実現の話と は全く受け取らず、ましては自分にひきつけて考えもせず、漫然と生きていた記憶があります。時代がのどかだったのか自分がのんびりしていたのかわかりませ んが、今の大学院生はそんな余裕はないでしょう。

今からこの本を振り返ると、大きな問題があることに気づきます。ほとんどの人が罪悪感を感じずについている嘘が積み重なって、組織を守る嘘、会社がPRと 称してつく嘘、ひいては国家がつく嘘につながっていくという議論は確かにそのとおりでしょうが、だったら、どうして、もっと具体的に国家がつく大嘘につい て書かないのでしょう。この本の問題は、嘘を分析の対象にしているのにも関わらず、そして国家の嘘にも触れているのにも関わらず(本が手元にないので断定 は出来ないのですが)、アメリカという国の嘘について触れていないということです。もし直接に話題にしていたなら、私の記憶に鮮明に残ったでしょう。

このように書くのは、JFK暗殺の公式報告書が嘘であると高校生の時に気づいた人が、大学なんてバカバカしくなって辞めてしまったなどというような話が ネット上に転がっているからです。Bokがハーバードの教授になったのはまさにアメリカという国の嘘について語ることを意図的に避けたか、あるいは、その 事実に気づかないほど間抜け(関西弁でいうアホ)だったからでしょう。彼女より頭のいい高校生はかつて沢山いたし今も沢山いるのです (例えば、Loose Change という2001年9月11日の同時多発テロについてのドキュメンタリ映画を作った Dylan Avery)。

最近、Youtubeで911関係のビデオ(日本語)を閲覧していたら、2006年のあるクリップに出会いました。その中で、ある政治評論家が、「私は、 陰謀論には与しないが、国家というものは洋の東西を問わず権力を維持するために嘘もつくし卑劣なこともするものだ」などと喋っているのを聞いて、なるほど なと思いました。このような論理的思考の出来ない人、真実と嘘の違いに無頓着な人、そうだからこそどーでもいいようなトリビアで頭を一杯にしている人が出 世するように世の中は出来ているのかも知れません。

多くの人は気づいていますが、既成メディア(新聞、雑誌、テレビなど)がばらまく嘘がどんどん異臭を放っていて、もう限界に近づいています。ネットで正確 な情報を探す以外ないと大多数の人が気づくまでにそれほど時間がかからないのかも知れません。「リンク」のところで書いたので繰り返しませんが、自由と真 実を愛する人々はネットを守るために闘うしかありません。メディアを金で操っている権力者はネットの規制をどうにかして実行に移したいはずで、アメリカの 愛国者法のネット版が議会で強行採決されてしまう可能性は否定できません。

私個人に関して言えば、最近は世の中があまりにも嘘で満ちあふれているので、月のない晴れた夜には、山に登って星を見るのが楽しみという逃避行動に走って しまいがちです。何兆ドルというような大金をを自由にできたり、何百万人もの人を殺しても罪に問われないという権力を得たりしても、そんなものは宇宙的規 模から見ると塵芥です。パワーエリートの征服欲など、サディズムとしてしか理解しようがなく、哀れを誘うだけです。どう考えても、パワーエリート達がやっ てることは、世界最大規模の犯罪行為であり、我々平民は闘うしか選択肢がないのですが、負け戦が決っているから、逃避行動に退行したい人が出てきても責め ることはできません。星の観望の話に戻ると、私がアマチュア天文を趣味にしているのは、学問としての宇宙物理学をやるには、十分に頭が良くないからです が、自分が理解できる範囲で天文学には興味があります。

天文学というのは、すべての人が存在について持つ根源的な疑問について科学的に答えようとする学問です。文学部の哲学科に行っても、そのような疑問に対す る答えは得られませんが、天文学は少なくとも真摯に答えようとしています。天文学のような科学が優れているのは、分からないことは分からないと言う勇気を 持っているところです。ダークマターやダークエネルギーなど、ようするに宇宙を作る物質が何かまだ分からないと告白しているのです。何も分かっていないの に、分かったフリをして饒舌に語れる学問ではありません。多くの学問は科学ではなく、本から本を作り出す作業なので、わからなくても饒舌に言いくるめたほ うが勝ちという部分がかなりあります。ギリシア哲学が言うソフィストがのさばる土壌があるのです。ソフィストは、分からないと言う勇気がないのに、頭が悪 く、でも生半可に脳の容量が大きいので、トリビアの垂れ流しで何かを語ったつもりになっている人です。詩人だったらそれでいいのですが、科学とは言えませ ん。

真実と嘘の話をしているのに、天文学とは脱線ぎみですが、そうでもありません。天文学の発見は金儲けとは無縁なので、金によって堕落させられないという特 徴があるのです。リンクのところでも話題にしましたが、金(かね)がからむ科学領域は金によって腐敗させられています。医療科学がいい例です。エイズと HIVの関係について調べてみてください。基本的に真実より金の方が重要になると腐敗が始まります。それから観測で得られたデータによらず、テキトーに でっち上げたモデルでシミュレーションして論文が量産できる分野も少なくありません。シミュレーションでならいくらでも嘘がつけるので、金を出してくれる 政府や企業を喜ばせることができるのです。

去年、JAXAの研究員の人の「はやぶさ」についての話を聞く機会があったのですが、彼は自分たちがやったことがシミュレーションでないことを何度も強調 していました。当然でしょう。実在するものを扱うと、シミュレーションしたときには気がつかなかった想定外の事象が色々起きてくるのです。ものとしてのカ プセルを地球に帰還させようとするならば、その場その場で脳の力を最大限に使って解決策を考え出すしかありません。事実と否応なく直面させられるのです。

事実を見ない学問、見ようともしない学問、見て見ぬふりをする学問は沢山あります。最近、世界的に貧富の差が激しくなり、様々なところで暴動が起こり、国 によっては革命が起こってもおかしくないようなところもあるので、マルクスが見直されているようです。テレビで『資本論』を読みなおす、というのをやって いて私もしばらく付き合いましたが、退屈になってチャンネルを変えました。マルクスをいくら読んでも、ヘッジファンドの実態、アメリカの連邦準備銀行の実 態、商品市場の投機の実態はわかりません。2008年の金融危機についてニューヨーク・タイムズが報じているのは、氷山の一角です。ネットで調べていく と、底なしの腐敗の事実に直面させられます。そういう事実を知ろうともせず、マルクスを解説して何か分かったつもりになっているというのはどういう頭の構 造なんでしょうか。ニューヨーク・タイムズのコラムニストにポール・クルーグマンという人がいて、経済学でノーベル賞をもらった著名な人ですが、彼が昔、 「マイクロソフトの独占はIT産業の性質上自然である」と論じているのを読んで、なんじゃこりゃ、と憮然としたのを覚えています。それ以降彼のコラムはテ キトーに読みとばすだけになり、最近はあの新聞には嘘が多すぎるのでまじめに読まなくなりました。この人は、OSなんぞ世の中に沢山あるのを知らないの か、あそこまでの独占状態を作り出すと、公正取引委員会に訴えられて罰金を払ってもそんなもの痛くも痒くもないということを知らないのか、と事実について の無知と無関心に呆れました。経済学者というものは実際の経済活動が腐敗と詐欺に満ちていることについて鈍感な人種なんでしょうか。だから、前連邦準備銀 行総裁のグリーンスパンのように、マーケットに任せれば不正が自動的に排除されていくと心底から信じてしまうような間抜けな楽天家が出てくるのでしょう か。(在任中の彼はドルを維持するために尽力したはずですが、今は金資産を増やしている投資会社の顧問をしているそうです。)

そんなこと書くお前はどうなんだという声が聞こえてきそうです。二流大学の英語の教師であるお前がハーバードやプリンストンの教授やノーベル賞受賞者に噛 み付いたってそんなの負け犬の遠吠えだよ、もっと出世してから文句言え、ということでしょうか。そんなふうなことを考える人がいるとしたら、真実と嘘につ いて何も分かっていないというしかありません。真実というのは、その情報を発見した人や伝える人の貴賎、性別、知名度、学歴、国籍、年齢、教養の度合いな どなどとは全く関係ありません。上に書いたように金によって腐敗させられて行く科学分野が多く存在しているので、権威をかさに来てものをいう人がいたら、 その事実だけで、主張の内容について眉につばをつけて接する必要があると考えるべきです。

権威あるとされているメディア機関について考えてみましょう。日本のメディアは国家の規制・検閲が強い中国などの国のメディアよりましである、と考える人 が日本には多いでしょう。中国は経済では飛ぶ鳥を落とす勢いだが、所詮共産国、政治の自由はないし、言論の自由もない、メディアは国家の統制下にある。そ の点、日本には言論の自由があるし、法治国家だし、なんと言っても、民主主義の伝統が長い。日本はやっぱりいい国である、などなど。このような意見を全面 否定する気はありません。半分以上あたっているかもしれません。しかし、大きな落とし穴があります。中国では権威あるとされているメディア機関が垂れ流し ている情報を真に受ける人は少なくとも、自分の頭で考える知識人の中にはいません。とても健全な状況であると言えます。翻って日本ではどうでしょうか。ま わりを見回すと、朝日新聞や日本経済新聞を鵜呑みにしている人は大学人でも多いと言えます。英語が読めたら、ニューヨーク・タイムズやエコノミスト、 BBCやPBSを信頼している人も少なくありません。ネットで正しい情報が手に入るのに、権威あるとされている既成メディアが垂れ流す嘘を信じてしまう人 が多いのです。自分の頭で考えることを放棄している人が大学人にも多くいます。まあ、それだけ従順だから、博士号までとってしまったとも言えますね。

結論は、すべての権威を疑え。自分の頭で考えろ。真実は権威と全く関係ない。教科書には暗黙の前提があるが、その前提が間違ってる可能性があるので、学問 分野自体を疑え、ですね。




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