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自転車運転と原発運転

福島でこれだけ痛い目にあっても原発推進派の人達の中には、それでも安全だと確信している人が多いようです。津波対策の堤防を高くしたり、予備電源を高い 位置に移せば大丈夫なんだそうです。福島原発の吉田所長は、「週刊朝日」(7月22日、7月29日)において、3月11日の地震で、配管がずたずたで放射 能もれもれの状態になったと証言しています。玄海原発の再稼働にも反対しています。震度6で日本の原発のほとんどが壊れてしまうことが、明白になっても、 安全神話が崩壊しないのはなぜなのでしょうか。何故、原発推進派はそこまで自信満々なのでしょうか。

武田邦彦さんは、自身のブログで原発運転をパラグライダー運転になぞらえています。どちらも非専門家にとっては危なっかしく映るが、専門家になるとそれほ ど危ないと感じなくなると論じています。パラグライダーで空を飛び回る行為は客観的に言ってそれほど安全だとは言えません。正確な統計は未見ですが、普通 人が普通に行う行為でかなり危険である部類に入る自動車運転より死亡率が高いことは想像に固くありません。しかし、パラグライダーの経験を積むと事故防止 のノウハウを蓄え機材も自分の手足のように操れるようになるので、少なくとも自動車運転と同程度に安全であるという意識を持つようになるのだろうと想像で きます。

このことは自分がロードバイクに乗るようになり実感として理解できます。以前は、ロードバイクが車道を車と並走しているのを見て、危険な行為だなとぼんや り考えていましたが、自分が当事者となってみると、それほど危険だとは感じなくなりました。自分で整備保守や分解組み立てを行えるようになると、ロードバ イクのすべてに知悉しているような錯覚に陥り、安全性についても過信するようになります。パニックブレーキをかける時の重心移動も物理の理解だけでなく、 実地でも出来るようになります。大きな交差点に時速40キロを超える速度でつっこみ車と正面衝突寸前でパニックブレーキという体験を何度か経験したことがあ りますが、もうこりごりという風にはならず、次回もどうにか切り抜けられるだろうとたかをくくっている自分がいます。名古屋の車乗りは自転車が大きな交差 点に高速で突っ込んでくることに慣れていません。車なら譲り合いの精神で待ってくれる対向車も、自転車なら自分のほうが速いだろうと考え右折してしまう車が多い のです。ロードバイクというものは、車と同じスピードが出るんだという認識がドライバの側にありません。私は車も乗りますが、交差点でこのような危険を感 じることはありません。車対車なら大抵のドライバは相手の出方を予想できるのですが、車対ロードバイクでは車側が誤解してぶつかってきます。

ママチャリに乗って歩道をゆっくり走っておればこのような危険な目に会わなくてもすむのに、ロードバイクというものの魔力に捕まってしまったのでどうにも なりません。下りを50キロを超える速度で車と並走するのも危険であるのは分っているのですが、止められません。冷静に客観的に見るとどう考えても危険な のですが、実際に乗っている時の自分はすべてを自分の統制下に置いていると自信満々です。そのうち怪我するでしょう。傍から見ると40年前の中古車で高速 道路を走るような怖さがあるのでしょうが、乗っている本人はそれほど危険だとは考えていないようです。

40年以上の老朽化した原発を運転する現場の人達も似たようなものなのかも知れません。出来る限りの整備はした。今までも破滅的な事故はなかった。しか し、将来も大丈夫であるとは保証できない、と内心では考えてるのだろうと想像します。

以 上、原発運転とロードバイク運転を比較しました。ただ、このような記述は問題の本質を捉えてはいても単純化しているきらいがあります。実際のところ、原 発運転の現実はもっと何重にも複雑です。現場の人達だけでなく、プラントの設計者もいるし、大学の先生のように理論的なことしか知らない人もいます。原子 炉の設計者といえども、原発プラントを数十年にわたって安全に保守管理していくことについてのノウハウの詳細については無知な場合も多いでしょう。巨大技 術なので現場でも原発の全てに通じている人はおらず、各々が個別の配管を担当していたり、線量管理のような作業別の専門化がなされているはずです。各人が 巨大な機械の一部しか詳細には知らないので、全体の安全性についてもぼんやりしか実感できないということもあるかも知れません。だから、一旦危機的な状況 になると、止める、冷やす、閉じ込める、というような大雑把なマニュアル頼みになるのでしょう。そもそも普通のプラントと違って、試行錯誤を何度も繰り返 して改良するというような機械ではないので、枯れた技術というような信頼性は生まれようがないのかもしれません。最近、平井憲夫さんのネットビデオを見つ け見たのですが、彼は、原発のプラントは化学プラントを見慣れた眼からすると時代遅れに映ると言っています(彼は日本の原発は設計は世界一だが施工は手抜きばか りで危険だと警鐘を鳴らしていました。ネットビデオで聞いてください)。化学プラントなら現場の情報が設計に頻繁に生かされ 技術も日々進歩しているのに原発は設計の時点で進化が止まるということなのでしょうか。また、原発は巨大でカネがかかる技術であるので、経済発展を続けて いる発展途上国にとっては安全運転が容易でも、日本のような成長が鈍化した社会では作業員の確保という点だけでも困難に直面するはずです。

原発事故の後、元日立の原発設計者であった大前研一さんの講演がネットビデオで視聴可能であることを紹介しました。その後、本屋で彼が今年の1月か2月に 出した新書本を立ち読みする機会があり、彼が東京に原発を建設をしろと提案しているのを読んで驚きました。その著作の中で彼は日本の原発の技術は世界一で あると豪語していました。武田邦彦さんは数年前に原発推進から脱原発に方向転換していますが、そんな彼も日本の原発技術が世界一であるという信念は揺るい でいないようです。私は技術者ではないので、日本の原発技術について彼らのような当事者意識を持てず、傍から眺めるだけです。そんな私の直感は原発は危な いのでもう全部廃炉にしろ、ですが、当事者意識を持っている人が、安全に運転できると確信しているならその理由が全く理解できないというわけではない、と いう点についてここに記しました。自分と全く考えを異にする人と対話する場合、その人の思考回路の中に入っていって理解しようとしないと、全く会話不能に なってしまいます。
(August 2011)



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