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ランス・アームストロングとドーピング

ランス・アームストロング (Lance Armstrong) は癌を克服してから、7年連続でツール・ド・フランスの総合優勝を成し遂げたスポーツヒーローで、母国であるアメリカだけではなく、自転車レースが盛んな 欧州で絶大な知名度を誇っています。日本でも、近年ロードバイクに乗るひとが増え、ロードレースの認知度も上がっているので、ランス・アームストロングの 知名度も上がっているかもしれません。アメリカでの知名度は、マイケル・ジョーダンやタイガー・ウッズと同等かそれ以上です。彼の自伝である It's not about the bike は、高校生向けの推薦図書として指定されたこともあり、ロードレースを知らない人にも広く知られています。彼が設立した Livestrong 財団は、がん研究の資金を集めたり、がん患者の精神的支えになるなど、彼の社会貢献は高く評価されています。アメリカのテキサス州に住み、テキサスから上 院や知事に立候補すれば当選確実と見られていましたが、政治家としてのキャリアは断念した模様です。

私は、2005年頃からロードバイクに乗るようになり、当然のようにツール・ド・フランスに興味を持つようになりました。自宅から衛星放送は受信できない のでもっぱらネットで観戦するようになったのは、2006年からで、その年はランスのかつてのアシストで僚友でもあったフロイド・ランディス (Floyd Landis) が総合優勝しました。2005年のランス最後の総合優勝はリアルタイムで観戦はしませんでしたが、DVDを買ってファンになりました。彼の本は2冊買い、 特に It's not about the bike は病気になった時や精神的に落ち込んでいるような時に読んで随分勇気づけられました。今までに少なくとも二度通読し詳細もよく覚えています。2010年に 考えを変えるまで、ランスは自分にとってのヒーローでした。

ランスについては今までに何度もドーピング疑惑が取り沙汰され、裁判も起こされたことがありますが、すべてはね返してきました。It's not about the bike にはレース外での抜き打ちドーピング検査がプライバシー無視で実施されされることに対しての怒りが綴られており、共感を持って読みました。ロードレースの 新興国であるアメリカに対する嫌がらせではないかとも勘ぐり、それにもかかわらず、フランスに拠点をおいてトレーニングを続けるランスには尊敬の念を持ち ました。ですから、フロイド・ランディスが2006年のツールで総合優勝して数日後にドーピング検査で陽性が出たためチャンピョンの座を追われたときに は、彼に全面的に同情しました。ドーピング疑惑で制裁を受ける選手は大抵の場合、反論もせず2年のレース出場停止を受け入れるだけですが、ランディスの場 合、弁護士料に全財産をつぎ込んで最後まで抵抗したので、余計に応援したい気が起こったのです。私の中では、ランスを応援する気持ちがランディスに重なっ て増幅していました。たまたまフランス人に会ってランスやランディスの悪口を聞こうものなら、ムキになって反論したものです。ツール・ド・フランスという 伝統あるスポーツ競技に対して最近の若いフランス人が抱くイメージは、八百長問題が発覚した大相撲に対して日本人の若者が感じるものと似通っています。ど ちらも年寄りの見るスポーツだと考えられています。加えて私は長い間アメリカに住んだ経験を持っているので、アメリカとフランスの対立が表面化すると俄然 アメリカを応援したくなる傾向がありました。フランス人のくせに、自国の伝統を尊重しない若者に対して、説教をしたい気持ちにも駆り立てられていました。

しかし、それが2010年の夏ひっくりかえりました。きっかけは、ふたつあります。ひとつは、ランディスが、ABCのNightlineというニュース番 組で、行った告白です。そこで彼は、ドーピング疑惑に対する今までの主張を翻し、自分が有罪であると認めましたが、同時に、ランスも同罪であるとランスを 非難したのです。ランディスは、自分と同じ部屋でランスが自己輸血をしたとも証言しました。ステロイドやEPOだけでなく、自己輸血までしていたとは、驚 きでしたが、ランディスはきりっとインタビュアを見つめひるみない態度でその証言を行ったので、彼が嘘をついている可能性は低いでしょう。実際、嘘をつい ても何の利点もありません。かえって、自分の信頼性をおとしめるだけです。この番組がアメリカで放映されたときにはランスは彼のキャリアにとって最後の ツールを完走すべく、フランスにいました。ステージレースが終わった後のインタビューでランスは、自分が潔白であること、自分は一貫してドーピング疑惑を 否定しているが、ランディスは、無実の主張をひっくりかえして、今度は自分を攻撃し始めた、そんな男は信頼できないではないか、と徹底抗戦の態度を示しま した。俺を信じるか、ランディスを信じるか、どっちを取るんだ、とインタビュアに迫っていました。ランディスの口調には、今まで嘘をついてきたことに対す る改悛と、真実を告白した後のすがすがしい気持ちが滲み出ていましたが、ランスの口調は弁護士や政治家の抗弁を連想させました。

私がランスを疑問視し始めたもうひとつの理由は、ツールを子供の頃から見ていたというアルジェリア系フランス人との会話です。彼は、911の公式説に対し て懐疑的で、その点で意気投合したのですが、その後、会話がツールとランスに及ぶやいなや、確信を持って、ランスがドーピングをしていたと決めつけ、それ だけではなく、ツール主催者が黙認してしていたとまで言い放ったのです。ランスがアメリカのバイオ技術が産み出した最新のドーピング技術を使ってドーピン グ検査を逃れたのかもしれないともいいました。このたぐいの説はネットでごろごろ転がっているので初耳ではなかったのですが、聡明な人間の口から出たのを 直接聞いたので、「陰謀説」として簡単に片付けるわけにはいきませんでした。

ランスとドーピングについて一般的に信じられている公式説を簡単に要約すると次のようになります。

睾丸癌にかかるまでは、ツールなどのレースでステージ優勝は狙えるが総合優勝を狙うには、体重が重すぎ、山岳ステージで時間を稼げなかった。癌になったの はドーピングをしていたからかも知れない。
癌の治療を経て、体重を減らすことに成功した。筋肉やVO2max値は影響を受けなかった。そのためエンジンはそのままで体重をへらしたので、ツールで総 合優勝を狙える身体を手に入れた。
手術と化学治療で癌を克服したランスが、癌になる前はともかく癌を克服してからドーピングしたとは考えにくい。実際何百回と検査を受けたが一度も陽性と なったことがない。

この公式説はかなり堅牢でいちいち考えるのが面倒なら、とりあえず信じておくのが精神的ストレスを減らす処世術なのかも知れません。ランスは、一貫して無 実を主張している俺を信じるのか、ころころ変わるランディスを信じるのか、どっちなんだと詰め寄ってきますから、とりあえずあんたを信頼します、と言って おくのが気楽です。なにしろ、彼は、巨万の資産家、かたやランディスは一文無しですから、権力に寄り添うのが楽だし、君子危うきに近づかずともいいます し、ということです。911の公式説を疑う人には、あなた米国政府が意図的に自国民を殺したというのですか?陰謀説にいかれてしまった有象無象の衆と米国 政府のどちらを信じるのですか??と迫ってきますから、それと同じです。

しかし、ABC の Nightlineでランディスの告発を聞くと、公式説はかぎりなくうさんくさくなってきます。ネットで簡単に見ることができますから、見てください。 Frankie Andreu の奥さんの証言など説得力があります。彼のサイトは実際昔見に行って、彼の言い分も知識としては知っていましたが、なにしろランスのファンでしたし、公式 説を信じていましたから、ランスも敵が多くて大変だなあと全く聞く耳を持ちませんでした。聞こえているのに聞いていない、見えているのに見ていないという のが、自己欺瞞の本質です。

次にランスの公式説が胡散臭い理由をまとめます。

ランスと同世代のライバル達はすべてドーピングで捕まった。Jan Ullrich, Ivan Basso, Alexander Vinokourov, Michael Rassmussen, Marco Pantani などなど。彼より1ランク下のレーサーがドーピングで捕まった例は枚挙に暇がない。Bjarne Riisのような過去の総合優勝者もドーピングを認めている。
ランディスがランスと同じ部屋で自己輸血をしたと証言している。
Frankie Andreuの奥さんがNightlineでランスがUCI (Union Cycliste Internationale) に献金したと証言している。癌と診断され入院したときランスが医者にドーピングを認めたのを聞いている。
ランスは死ぬまで無実を主張し続けると言い張っている。(そんなこと言わなくていいでしょう。死んだ後は天国の入り口で真実を告白するつもり?)

ツールの主催者が行っているドーピングテストで一度も陽性になったことがないのはどうなんだ、それで彼の身の潔白を証明するのに十分ではないか、という議 論に対しては、ドーピングしても検査をパスする方法は色々あるらしいと答えるしかありません。上のフランス人が言っているように、ツールの主催者が黙認し ている可能性もゼロではありません。

しかし、このような議論はかなり不毛であることを自覚する必要があるでしょう。心肺系のスポーツの競技者の中では、ドーピングが横行しているのは周知のこ とで、建前と本音が違うという事態を職業に内在する小さな嘘として受け入れているはずです。外部の者には建前を見せ、内部者同士は業界の秘密を守るという 掟で縛りをかけ合うという構造が存在しています。金融業界では、インサイダー取引は建前上は違法ですが、本音を言えば横行しているのと同じです。インサイ ダー取引で捕まるのは雑魚ばかりで、上の上はインサイダー取引で大儲けしてもお咎め無しというのが業界の実態です。

という訳で最大の悪人は最後まで逃げ通すんでしょうか。歴史を振り返るとどうやらそうらしいという結論になります。

という訳で、私の中では、2010年まではランスがヒーローでしたが、今はランディスがヒーローです。2006年のDVDは Floyd Landis: Hero or Villain というタイトルがついています。売り飛ばさずに持っていてよかったと思っています。





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