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『100000年後の安全』

名古屋のシネマテークで、マイケル・マドセン監督の『100000年後の安全』を見ました。河田昌東さんが上映後に講演することになっている最初の土曜日 に行ったのですが、開演の10分前ではもうすでに立見席も満員で入れず、数日後に日を改めて見ることが出来ました。この映画館としてはめずらしく満員に近 い状態でした。

この映画のテーマはフィンランドのオルキルオトで建設中の高レベル核廃棄物処分場です。この処理場は10万年後にも安全であることを目指して、数百メート ルもの地下に幾層にもわたって建設されています。2020年に完成予定です。この映画のひとつの特徴は、ホームページの宣伝にもあるように、ゆったりとし たテンポで映しだされる映像美にあるようです。雪が降った地面に立っているトナカイを木立越しに撮した映像など様式化された映像美が散りばめられていま す。建設に関わっている専門家のインタビューが多く挿入されており、ドキュメンタリ映画として分類されるのが妥当ですが、監督の意図が映像美に凝ることで あったことは疑い得ないでしょう。

この映画を見ての感想は、福島原発事故を経験する前と後とでは全く異なったものとなるだろうと容易に想像できます。冒頭にロボットが使用済み燃料集合体を プールから抜き出してカスクか何かに収納するシーンがありますが、福島原発事故を経験する前なら、『2001年宇宙の旅』を連想させるような映像美に満足 してそれでおしまいとなった可能性があります。しかし、福島原発事故を知ってしまった今となっては、屋根が吹っ飛んだ4号機の使用済燃料プールを撮った Youtubeの映像を連想させずにはおきません。

つまり、原発のこわさを身をもって経験した観客には伝わる意味も、そうでない観客には伝わらない可能性が高いと考えられます。映像メディアは活字メディ アより様々な理由で強力なのは疑いえませんが、原発のこわさを知らない人にこわさを知らせるという意味ではこの映画はかなり非力でしょう。

映画の中で専門家たちが頻繁に話題にし、明らかにこの映画のテーマであると考えられる問題は、この処理場の考古学的遺跡としての意義です。言い換えれば、 将来の生物にどのようにしてこの施設の目的を伝えるのか、あるいは伝えようとしても伝えられるのかという哲学的な考察です。私の場合、告白するとそのよう な哲学的な考察が背後にあると予想しませんでした。したがって、この映画を鑑賞する意味はあったと言えます。しかし、正直な感想を述べれば、この一連の考 察は少々くどすぎます。世代を超えて10万年も情報は受け継がれていくだろうか、危険だと警告すればかえって好奇心を煽ってしまわないだろうか、我々より 科学の知識がない生物であれば、何か王の秘宝かも知れないと近づき被曝してしまうのではないだろうか、などなど、想像と哲学的考察は四方八方に広がってい くのは間違いなく、この処理場をピラミッドのような遺跡になぞらえれば、歴史ロマンを感じて飛びつく観客もいるでしょうし、それが監督の意図であるのは明 らかです。しかし、核廃棄物の問題は、そのような無邪気で柔な問題でしょうか。例えば、カスクに入っているとは言え、高濃度廃棄物ですから、労働者は少な からず被曝しているはずです。その問題に触れればこの映画は硬派のドキュメンタリ映画となり、映画祭で賞を貰えなかったかも知れません。

この映画の哲学的考察には大きな盲点があります。この映画でインタビューされるどの専門家も、ヒトという動物が将来にわたってずっと生き延び、それだけで なく、幾多の原発事故を経験することによって、人工的な放射能核種に強い種として進化しているかも知れないという可能性を論じていません。原発推進派の一 角をなす放射線医学者の人達の話を聞いていると、ひょっとして心の奥で、福島原発事故を放射線疫学の発展にとって好機であると考えているのではないかと勘 ぐりたくなるときがあります。少なくとも、論文を量産するチャンスだと捉えているのは確かでしょう。被曝する人達を統計データとしてみなしている彼らから すると、毎年1000人中5人の割合で人が死んでも、生き延びる人達は自然淘汰で被曝に強くなっていくのではないかと達観していても不思議ではありません。勿論このような 研究者は、子供を被曝させてしまった母親から見れば冷血漢ですが、彼らがそう考えるのには科学的根拠があります。

他にも不満点はあります。私としては、この処理場についてもっと技術的な情報を盛り込むべきだったと思います。放射能汚染による被曝という問題は 2011年を生きる日本人の最大の関心事ですが、その問題を十分に理解するには、技術的な議論に一般の非専門家である我々もついていく覚悟が必要です。原 発などという危険なものが半世紀も続いたのは、事故が起こらなくても始終漏れ出している放射能物質が無色無臭だからです。養鶏場の周りの臭い匂いが原発の 周りに漂っておればとっくの昔に原発は廃絶されていたかもしれません。

監督のマイケル・マドセンさんはホームページの宣伝によると「コンセプチュアル・アーティスト」なのだそうです。私は、コンセプチュアル・アートが嫌いな わけではありませんが、こと原発のような技術的に複雑な問題を扱う場合、底の浅さが露呈してしまうように思います。少なくとも核廃棄物処理をめぐる問題の こわさややっかいさを十分に伝えているとは言えないでしょう。
(June 2011)



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