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ブレーキの鳴きに呼応して鳴く鳥たち

最近、ひさびさに感動しました。年をとるにつれて深く感動するという経験がどんどん減ってくるものなので、本当にひさびさです。

この夏、二度に分けて、乗鞍の畳平までロードバイクで登りに行ってきました。一度目は、寝不足と大気の薄さで、漕いでいると眠くなってきて時々地べたに寝 転がりな がらの登攀でした。頂上はガスに包まれており、何も見えませんでした。二度目は、問題なくゆっくりめのペースで登って行けました。ヒルクライムレースに出 ると2時間を切れないペースです。途中で数回止まって写真を取りながら登りました。快晴とは言いがたく空は雲で覆われていましたが、空気の透明度は異常に 高く地上の風景はくっきり見えました。

一度目と二度目とでは、ホイールを換えました。一度目のホイールが重く感じられたので、二度目では300グラム以上軽いのを使いました。登りの感覚の差は 歴然としていました。下りは、一度目のホイールの方が路面との追従性とトラクションがよく、高速で足を使った下山が快適に出来ました。後にネットで調べたら本番のレースでは下りは先導者の後をゆっくり下山するのだそうです。

驚きは二度目の下りです。登りを楽にしてくれた軽量ホイールでしたが、下りを安全にするためには空気圧をもっと減らしてトラクションを上げるべきだったと 思います。そうすると登りの軽さが犠牲になるので、もっと性能の高いタイヤを履かせるべきだったのかも知れません。路面がちょっとでも荒いとホイールがポ ンポン跳ねる感じがして結構怖い 目をしました。時速50キロを超えるのが怖くて頻繁にブレーキをかけました。するとどうでしょう、普段乗り慣れている名古屋の近辺の上り下りがあるルート を走っているときにはブレーキが鳴くなんてことは全然起こらないのに、頻繁に小鳥がなくようなさえずりの音を発するようになったのです。何が問題なのかは わかりません。私 がこのバイクを購入した店はもう名古屋から撤退しており、パーツを組み付けてくれた有能な店のオーナーに聞きたくても聞けません。最高グレードのキャリ パーなのですが、ブレーキシューの換え時なのかも知れません。

最初にブレーキの異音に気づいた頃はまだ森林限界より上で鳥もおら ず、ただ、私のブレーキがさえずっていただけだったのですが、しばらくすると私の鳴きに周りの小鳥たちが反応して返事してくれるようになりました。ブ レーキが十分に効かないことへの不安は、鳥達と会話していることの歓びがかき消してくれました。手と腕は緊張を強いられましたが、頭は広大な自然と一体化 している感覚に満たされ至福の時を感じていました。この経験はたぶん一生忘れないと思います。本当にひさびさの感動でした。 

日本では山の麓からただひたすら登る「ヒルクライム」レースが人気があります。なかでも乗鞍のヒルクライムレースはもっとも有名で毎年4000人を超える アマチュアが参加します。自転車競技の醍醐味は集団走行にあり、本来はチームスポーツなのですが、真剣にやりだすと、集団落車で鎖骨を折るなど珍しくない ので、日本のサラリーマンは参加しづらくなります。しかし、ただもくもくと登っていくだけなら登りの個人タイムトライアルと同じ事なので、怪我をすること はほと んどなくなりま す。このような事情で、日本ではトップレベルの身体能力を誇るアマチュアのロード乗りの中にも通常の自転車競技には参加せずヒルクライムレースにだけ専念 する人もいます。私は、自転車歴は長いもののロードバイクに乗り始めたのは中年になってからなので、無理をせず、のんびり走っているだけです。

ロード乗りとしての私個人の感想を言えば、平地の巡航速度を上げたいという希望があっても、登りの個人タイムトライアルの記録を縮めるためにトレーニング するという意欲は 出てきません。写真を取りながらゆっくりしたペースで登るならまだしも、全力で個人タイムトライアルというのは、一体何のため?という疑問が頭をもたげて きます。上り下りのあるコースを走るのは純粋に楽しいです。苦しい登りがあれば楽な下りがあってどんどん前に進んで行きます。登りで疲れた足と心臓は下り で休 むことができて回復します。愛知東海近辺でもロードバイクでいろんな所に行くと、新鮮な発見があります。でもひたすら山を登ってゴールし、後は元の道を引 き返すだけというのは、下りの楽しみをも奪ってしまっている気がします。

しかし、乗鞍は別格だと感じます。ただ登るだけと言っても、ここは森林限界を超える山登りです。つらい登りの後にはすばらしい風景というご褒美がありま す。高野山の登りもそうです。高野山は海抜1000メートルにも満たない登りですが、登った頂上には形容しがたい圧倒的な雰囲気を持つ場所が待っていま す。こちらは自然遺産ではなく、世界的に有名な人工の歴史遺産です。どうやら私は登った後何かご褒美がないと登る気がしないタイプのロード乗りのようで す。

もっと早く乗鞍に来るべきだったと思います。今年の311以降、乗鞍さえも汚染されてしまったというのが悔しいです。長野県の食物は欧州には輸出できませ ん。福島周辺ほどではないにしても、長野県も汚染されています。長野市における4月の放射能降下物の量はヨウ素131、セシウム134、セシウム137が それぞれ1平方キロメートルあたり 18, 38, 38 メガベクレルです。ちなみに名古屋市はそれぞれ8.2, 7.4, 6.9メガベクレルなので長野市は名古屋市の数倍以上汚染されています。4月以降降下量は減っていますが、まだ降り積もり続けているのは、周知のことで す。

チェルノブイリ事故は何もヒトだけに影響を与えてきただけではありません。ヒトを除いた生物界にも多大な悪影響を及ぼしてきました。例えば、鳥や昆虫など に です。昆虫の数が減り、受粉できず実ができなくなった果実もあります。ヒトはその構造の複雑さの割には放射能に強い生物であるようです。100ミリシーベ ルトまでは大丈夫などとシャーシャーと言ってしまえる「専門家」はヒトについて非情であるだけでなく、ヒトを除いた生物界についても非情です。それも無自 覚に。

2011年8月、私のロードバイクのブレーキの鳴きに応答してくれた小鳥たちも放射能に身体を蝕まれていると考えるとなにかいたたまれない気持ちに襲われ ます。

日本という列島は、その地理的特異性により固有種が隣の大陸より多いのです。日本の紅葉が美しいのは同じ楓でも異なった種が多いからです。私はたまたま紅 葉の季節にカナダのロッキー山脈地方を旅行する機会があって、その紅葉に圧倒されましたが、あちらは量が多くても同じ色なのです。一方、日本の紅葉は色の 多様さで圧倒します。私は乗鞍高原一帯の自然界についての知識に乏しいので、さえずりで応答してくれた鳥の名称を知りません。情けないことです。
(August 2011)



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