takashi's pictureTakashi Wakui's Home           takashi's picture涌井隆の家

What's new

Profile                 

Classes 授業

Recent Publications

Animation
アニメーション

Bicycling 自転車

Stargazing 星見

Links リンク

Essays 文章 作文




















Linuxの政治、911真相究明運動の政治

またまたLinuxの宣伝をします。日本人学生に訊いてみるとLinuxのことを知っている人は殆どいないし使っている人はほぼゼロです。短期交 換留学のプログラムに在籍する外国人学生に聞くと知っている人が多いです。日本人の情報はとても偏っています。911事件など世界の嘘についての 認知度も低いし、日本はいわゆる「先進国」の中で最悪ではないでしょうか。

夏の間にLinux Mintをインストールしかなり気に入っています。私は星の撮像をするので、パソコンにとっては過酷な環境で使うためハードオフなどの店で安いのを見つけるとバックアップ 用についつい買ってしまいます。氷点下8度とか、夜露でビシャビシャとか、風でテーブルの上からパソコンが吹き飛ばされるとか、そのような状況を 想定して多めにパソコンを所有しています。CPUとビデオチップがどちらもAMDのラップトップが4000円(OSなし)というのも見つけて買っ たこともあります。AMDのビデオチップはちょっと癖があってインストールはやっかいなのですが、ネットで調べて解決しました。

Linux Mintをインストールしたのは、lubuntuを14.04から16.04に更新したら色々問題が出たので、試しにインストールしてみようと考えたからです。それほど動 きも重くなくlubuntuの問題が解決したので、Linux Mintに完全移行しました。今、lubuntuを走らせているのは1台だけで す。Linux Mintは3台インストールしてあります。

デスクトップOSとしてのLinuxの世界はかなり複雑です。以下に簡単にまとめます。

大きく、

Ubuntu系
Fedora系
OpenSuse系

があります。他にもありますがよく知りません。私が使ったことがあるのはubuntu系だけです。それぞれの背後にはCanonicle, Redhat, Suse, Novellなどの会社が存在しますが、オープンソースなのでコードを会社が所有しているわけではありません。Linux Mintはubuntu系です。リポジトリはubuntuと同じですが、パッケージ構成の方針が本家ubuntuと違います。Ubuntu系にはDebianというのもあ ります。というかUbuntuはDebianから派生しています。UbuntuはCanonicleが支えていますが、Debianの背後には営 利会社はありません。会社というのは大口の顧客のためにLinuxサーバシステムを売り保守する会社です。

Linuxが一般の人にとってわかりにくいのは、ubuntuと一口に言っても、デクストップ環境がいくつもあり、ログインする時に変えることす らできるからです。私は、ubuntuならunity、Linux Mint ならcinnamonを使っています。WindowsやMacのデスクトップ環境はひとつなので、Linuxは全く違った世界です。複雑なので頭が混乱しないのかと怪訝に 感じる向きもあろうかと思いますが、私の場合、ubuntu系ばかり使っているのでその中で一定の統一があり、混乱はしません。

Ubuntu系の中ではハードの資源を多く必要とする順に並べると
Ubuntu> Linux Mint > lubuntu
となり
デザインの洗練度という点では
Linux Mint > ubuntu > lubuntu
となり
パッケージ構成の妥当性という点では
Linux Mint > lubuntu > ubuntu
となり
安定性という点では
Linux Mint > ubuntu = lubuntu

という印象です。あくまでも私の個人的な意見です。

Linux Mint というのは私がubuntuを使い始めた頃のubuntuを思い出させます。明らかにunityを嫌った人たちが分派したという感じです。私個人としては unityが嫌いではありません。十分に速いマシンならLinux Mintよりubuntuを勧めたいくらいです。ただ ubuntuは何故特定のソフトが定番になっているのかその構成に首をかしげることがあります。Canonicle という会社の融通のなさが垣間見えます。ubuntuでunityを走らせると資源を食うのは確かですが、10年前のパソコンでも2ギガ積んでおれば全く問題ありません。 lubuntuなら500mbで大丈夫です。Linux Mintも意外に資源を食いません。lubuntuの軽さは誇張広告かもしれません。lubuntuユーザーの数は明らかにubuntuやLinux Mintと比べて少ないので、ハードに起因する問題はその数が少なければ解決されずほって置かれます。私が遭遇したlubuntuでのキーボード や電源の問題は16.04でなかなか解決されそうではなかったので、Linux Mintに移行して正解だと思っています。

という風にグダグダ書き連ねてきましたが、その意図はLinuxという金が絡まない自発的な運動にも政治的な対立や分派が存在することを示すため です。私は政治的な人間ではなく、可能なら政治など避けて一生を終えたいと考えているような人間です。だから、クリントン家の腐敗の極みを垣間見 ると心底反吐が出ます。あんな連中が権力を握るのだから世界がめちゃくちゃになるのは当たり前です。でも、自分の周りを見回すと小クリントンとで も言うべき政治的動物が生息しているのを目撃します。嫌な世界です。ただ、この政治的なるものを外から観察してそれを理解することには一定の興味 があります。政治学を研究しているなら、Linuxの世界をフィールド・ワークしてみたいと考えるくらいです。ubuntuから派生した Linux Mintにはどのような意図と願望と野望があるのかちょっと調べてみたいとは思います。

次に、911真相究明運動です。

今年はあの事件の15週年記念の年でした。ネットニュースサイトはこぞって特集を組みました。そのひとつであるGary Nullのラジオ局では6時間のマラソントークショーが放送されました。私はネットからダウンロードして一部聞きました。その中で一番興味をそそられたのがJim Fetzerの話です。私は彼に今まで何回か遭遇したことがありますが、911事件でビルが核兵器によって破壊されたと聞くのは初めてでした。彼 はScholars for 911 truth というサイトの主宰者でその存在は知っていましたが記事を詳しく読むという機会がなかったので今回彼の話を聞くことによって彼とそのサイトの立場がはっきり分かりました。 彼はどうやらナノテルミット爆薬で第7ビルの倒壊を説明するAE911truth.orgのRichard Gageや Niels Harritを生ぬるいと考えているようです。911真相究明運動の中でもある種の分裂や対立が生まれています。

私としては政治的な人間ではなく、真実を知りたいだけなので、Jim Fetzerの仮説は歓迎です。ただ、物理の理解が高校で止まっている私の頭では、直感的には正しいと思っても、確信は持てません。彼が説明に使う物理は私の頭には難しす ぎます。確かに、Niels Harritの論文では鉄鋼材の切断は説明できますが、ツインタワーのコンクリートが粉々になったのは説明できませ ん。直感的に原子爆弾が使われたというのはおそらくそうだとは思いますが、確信は持てません。暇ができれば勉強したいとは思っています。

Jim Fetzerのクリップを他にも聞くと、limited hangoutということばを使って核兵器の使用まで踏み込まない活動家を攻撃しているのもあります。この人はかなりの政治的動物です。自分を常に敵味方の対立の中におい ておきたい性格の持ち主です。もちろんNiels Harritたちが核兵器の使用まで踏み込まない正当な理由を持っているはずで、その理由は非 の打ち所がない論文を書くためにはナノテルミット製剤あたりで留めておくのがいいと判断したからに違いありません。私のような教材として論文を学 生に読ませたい立場にある教員にとってはそのような態度は歓迎です。物理学的に核爆発しかないだろうと確信を持っていても、それを理解できる一般 聴衆は限られているので高校の物理程度で理解できる範囲に留めておくのが政治戦略的にも正解です。

政治的な活動に興味がない一般人は、このような形で運動の中に対立が生まれ、お互い非難しあったりするようになると、どちらが正しいのか判断でき なくなり、「権威」があるとされているニューヨーク・タイムズ紙が言っていることを信じておこうということになります。右とか左とか意見の幅を設 定し真ん中あたりが節度ある常識人が落ち着く場所であると思わせれば権力者の思う壺です。彼らは、真実が「過激」と受け取られるように言説の幅を 予め設定し、一般人たちをそちらに近づけさせないようにします。頭脳がのろい言論人たちはその罠に自分から引っ掛かりに行きます。

ひとつ、忘れがたい経験について書きます。名大で物理学を教えているある教員と長話をした時のことです。あの事件は仕組まれた爆薬が内部で爆発し てビルが倒壊したんだよ、と説明したら、ああそうだったのかという顔をし、「なんだかおかしいなと思っていたんですよ」と告白してくれました。彼 ならビルを破壊するエネルギー量を計算できるはずで、旅客機がぶつかる時の運動エネルギーと燃料が燃える化学エネルギーとの合算値がどう考えて も、ビルの倒壊を引き起こすエネルギー量と吊り合わないことなどすぐ分かるはずなのに計算しなかったのです。なぜそうなったのかというと、そのよ うな考えはあまりにも「過激」で「荒唐無稽」であるという風に思わせるメディア戦略の罠にかかってしまったからです。だから、計算しようともせ ず、アルカイダのハイジャッカー云々のデタラメを鵜呑みにしてしまったのでした。

アリストテレスの天動説が教会のドグマであったヨーロッパの中世では、地動説は「過激」と考えられていたことを時々思い出す必要があります。真実 は「過激」だの「穏当」だのの形容詞とは無縁です。
(Oct. 2016)


copyrights Takashi Wakui