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ノーベル賞と愛国心高揚工作

ネタが溜まって頭の中では色々作文が出来てるのですが、書くのが追いつきません。仕事と遊びで忙しく書くのが億劫になります。これも仕事なので頑 張ります。

梶田さんがノーベル物理学賞を受賞したのはうれしいニュースです。小柴さんに連なる実験物理学の成果が評価されたのは、理論物理学の最先端があま りよく理解できない私のような愚鈍な頭にとっては快挙です。やはり理論は実験と観察によって正しさが検証されないと意味はありません。空理空論は 社会を論じる人文学や社会科学の場合だけでなく、自然科学でも無意味です。ダークマターの解明に繋がるのではなどと空想が広がります。

しかし、日本人がノーベル賞を受賞すると毎回、愛国心を煽る報道が喧しいのはいい加減にウンザリです。日本人以外のノーベル賞については殆ど何も 報じません。物理学賞発表の翌日は、化学賞でしたが、外国人が受賞したので無視でした。科学の大発見は全人類の遺産であり快挙です。愛国心高揚の ネタに使われるのを見るとメディアの幼稚さに毎度ながら呆れます。

私は80年代の殆どをアメリカで過ごしました。その頃のアメリカと今の日本は多くの共通点があると感じるのですが、そのひとつがメディアの愛国心 高揚工作です。滞米の最初の頃は、何故アメリカのメディアは自国の自画自賛一色なのだろうかと欧州人などとよく話題にしたものでした。テレビをち らちら見る限りでは今の日本はその頃のアメリカの生き写しです。日本の底力、日本のモノづくり、クールジャパン、外国人が絶賛する日本、世界で見 つけたメイドインジャパン、ニッポンの出番などなど。そのような番組のすべてが事実無根だとは言いませんが、謙遜の美徳とはかなりずれてきている のは明らかです。昔の日本人はもっと自分自身について謙虚だったのではないでしょうか。

おそらく、上の方から指令が出ているのでしょう。戦争経済に本格的に参入したい日本の上層部は中国と朝鮮の脅威を煽り、「日本が一番だ」プロパガ ンダをテレビががんがん流してくれることを期待しています。出世したいメディア人はその空気を機敏に察知し、同調しているのでしょう。権力者は命 令に嫌々従う常識人より、喜んでしっぽを振るポチを登用します。そのような傾向が長く続くと無能者が力を持ち腐敗から脱出することは不可能になり ます。現在、日本はその方向にまっしぐらに突っ走っています。

大体、グローバリズムがこれだけ喧伝されている一方で愛国心高揚工作が大手を振るっているのを見れば、奇妙だと感じて当然です。まともに論理的思 考ができる人なら簡単に矛盾に気づくはずです。そしてしばらく考えれば、そのからくりが意外に単純であることに気づきます。戦争経済で儲かる連中 は完璧にグローバル化されています。別に日本に縛られていません。一方、その犠牲になる平民は日本に頼って生きていく他ありません。彼らには日本 しか残されていません。兵隊となって外国に行っても、帰ってくるのは日本しかないし、東電の役員が外国に逃げることができても、福島で被曝した平 民は福島に住み続けるしかありません。そのような平民の心の平静をつなぎとめておくために愛国心高揚工作が役に立ちます。すべて失ったけど私には 神様がいるという自己暗示と似通っています。日本はどんどん悪い方向に向かっているけれど、私には日本しかない、という諦めに導く作戦です。

梶田さんのノーベル賞受賞は「日本にとって明るいニュース」なのではなくて、基礎科学にとって明るいニュースなのであり、人類の未来にとって明る いニュースなのです。日本なんて何の関係ありません。経済のグローバル化が取り沙汰されるようになったここ数十年より何世紀も先駆けて自然科学は グローバル化されていました。自然科学の発見をオリンピックのように矮小化するのはいい加減に止めてもらいたいものです。

オリンピックを使っての愛国心高揚工作も目に余ります。ウセイン・ボルトがすでに9.58秒を出しているのに10秒台を切るかもしれない日本人が 何故話題になるのでしょうか。陸上に限らず、似たような競技が山ほどあって、コンマ一秒を闘い続けています。競歩という、何故走らないの???と 疑問符がつく競技もあります。メダルを取れば生活の安定が得られたり、アスリート個人にとっても無視できない利点があるのでしょうが、純粋に運動 競技としてみた場合、例えば、110メートルハードルでライバルよりコンマ1秒速いことのどこがすごいのか不明です。国に名誉をもたらすという点 を除けば、メダルを取ることは、単なる自己満足に過ぎず、前者がなければ、オリンピックの存在意義がなくなってしまうと言っても過言ではありませ ん。というか、オリンピックの存在意義は国家の威信を世界に示す場以外の何物でもないと言っていいでしょう。

このように私がオリンピックを突き放した目で見るのには理由があります。私は、世界のトップアスリートに対して、ノーベル賞級の科学発見をした科 学者に対するのと同種の畏敬の念を持っています。ただ、私がそのような感情を抱くアスリートはオリンピアンではないというだけのことです。私が、 尊敬するアスリートの例を挙げると、例えば、以前話題にした、ウーリ・ステックのようなクライマーです。彼はアイガー北壁を2時間47分、アンナ プルナ南壁を28時間で登頂しています。いづれもソロです。今年の夏、欧州アルプス4000メートル級の82座を2ヶ月ほどで人力踏破するという 偉業も成し遂げています。舗装路にはロードバイクを使い、可能な場合は下山にパラグライダーを使っています。彼のすごいところは、自ら競技を作り 出しているというところです。オリンピアンは既存の競技に参加しているだけであり、それも多くの場合、過去に成し遂げられた世界記録より低い達成 を目指しているだけです。ウーリ・ステックの場合、彼以前には、アイガー北壁を3時間以内に登ろうと考え一年間のトレーニングを自分に課したアス リートはいませんでした。登山とパラグライダーを組み合わせるという方法もそうです。彼は登山器具メーカーとスポンサー契約をしていますが、彼が 参加する冒険(競技)の費用は自腹で払っています。遠征費をスポンサーに出してもらうということは絶対にしません。オリンピアンの競技参加が国家 の丸抱えであるのと対照的です。彼の成し遂げた業績は人類の宝です。人間の能力の限界を示したからです。ウセイン・ボルトの9.58秒もすごいで すが、彼の方が上です。なぜなら、競技自体を彼が創りだしたからです。それも国家の助けを一切借りずにです。アンナプルナ南壁登頂の際、途中でカ メラを失ったために登頂の客観的な記録がありません。そのことを理由に彼がアンナプルナ南壁を登頂したことに懐疑的な人もいるようです。そのよう な人に対して、ステックは、疑いたいなら勝手に疑ってくれ、俺は自分が登頂したことを知っているし、登頂したのは自分の限界を試すためだからそれ で満足だと語っているのがネットビデオで聞けます。オリンピアンが国のために競技に人生を捧げるのと対照的な態度です。彼がアイガー北壁を登って いるクリップがあるのでリンクを貼ります。

Ueli Steck High-speed clumb on Eyger (the Alps, Switzerland)
https://www.youtube.com/watch?v=UxEtJoK0-jA


彼について色々調べていたら、ニューヨーカーの記事に出会いました。The Manic Mountain という題がついています。おすすめです。この記事の中に三浦雄一郎さんのエベレスト登頂についての言及があります。多くの日本人は三浦さんのエベレスト登頂最年長記録のこ とを知っているでしょう。日本のメディアがギャーギャー騒いだからです。その中で、ウーリ・ステックという登山家のことを知っている人は何人いる でしょうか。別に三浦さんの偉業を貶したいわけではありませんが、シェルパがフィックスしたルートを高齢者が辿って登頂しても、それは80歳のお ばあさんが100メートルを20秒切ったというだけのことです。すごいかもしれませんが、人類の偉業と言えるでしょうか?日本人だからと言うだけ で、日本人ばかり持ち上げるのは止めにして、外国人が達成した偉業をメディアはもっと称えるべきではないでしょうか。ノーベル賞だって同じことで す。
(Oct. 2015)


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