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佐村河内守・新垣隆についてもう一度

先の作文は作品もろくに聞かず、また、調査にほとんど時間をかけず書いたものですが、今回、もう少し時間をかけて作品を聞いたりネットで調べものをして、 もう一度論じて見ることにしました。

まず、作品についての感想を書きます。率直に言うと、ネットビデオで聴いた限りでは、『Hiroshima』という交響曲は真剣に最後まで付き合う気は起 きませんでした。評判が定着した作家の作品で私の知らないものが沢山あることを知っているので、わざわざ、それほど質の高くないものを聞く必要はないと感 じました。他人はどうか知りませんが、私は、作曲家が耳が聞こえない苦悩の人生を送っているから、その人のCDを買うなどということはしません。作品が面 白いかどうか、その質にしか興味はありません。『吹奏楽のための小品』という金管楽器が沢山入ったパーカッシブな作品は結構楽しめました。悪くありませ ん。ロックやジャズのような打楽器が中心の音楽が好きだという私の嗜好が関係しているかも知れません。『ライジングサン』という交響曲はつまらないので早 々に聴くのを止めてしまいました。駄作だと思います。新垣隆さんは、 佐村河内守作品のゴーストライターであることを認めた後、著作権の放棄を宣言しています。おそらく、小遣い稼ぎの余技としてやったことで自分の名前を冠す る作品として残したくなかったのだろうと思われます。私は彼のことを知りませんでしたが、現代音楽業界ではよく知られた人だったようです。今回の事件で広 く名前が知られることになったので、彼の作品に興味を持つ人が増えるだろうと予想できます。すでに幾つかCDが出ているので試聴してみたいと思います。

NHKスペシャルというドキュメンタリは全編をネットで見ることが出来ません。断片を見ただけです。その中で音楽が専門の大学教授が佐村河内の作品を絶賛 しています。この人たちは、総譜が読めるし、読むだけで交響楽の音が頭の中で鳴るのだと想像します。私などどう転んでも得られない能力です。それなのにどうし て彼らが完璧に外していて、ド素人の私のほうが妥当な判断能力を持っているかも知れない、ということになるのでしょうか。芸術なんて徹頭徹尾好き嫌いの世 界なので、客観的な評価など全く不可能だということなのでしょうか。

そうではないでしょう。骨董品の真贋の見極めよりある意味で易しいのではないかと思われます。骨董品の真贋は科学的真理と同じで真実と嘘が客観的に判定で きるはずのものです。圧倒的に少数派であっても真実は真実で曲げようがありません。多数派が間違っていたことは科学史の中で枚挙に暇がありません。科学的 真理は多数決で決着をつけるものではないからです。それとは対照的に、音楽作品の評価は、同業者の多数決的な判断に頼らないと出来ないし、その判断が完璧 に外しているということはそれほど頻繁に起こりません。今回の、佐村河内(新垣隆)の作品の評価については、NHKスペシャルに出てくる専門家が実は少数派なのでは ないかというのは、私にとってはかなり明白です。そのドキュメンタリを作る過程でNHKがもっと多くの専門家に意見聴取すれば、佐村河内という作曲家 を低く評価する専門家の声を沢山聞けたはずです。

NHKスペシャルは別の意味でも問題があります。私が見た断片では、ナレーターがしきりに、佐村河内に絶対音感があることを強調していました。幾重にもか さなる楽器のパートをアンサンブルとして頭の中で響かせるためには絶対音感が必要なのだと言わんばかりでした。しかし、本当にそうでしょうか。すぐれた作 曲家や演奏家になるために絶対音感が必要であるというのは、どこに根拠があるのでしょうか。世界の一流作曲家に聞いてみれば、相対音感しかない人が結構多 いのではないでしょうか。それに絶対音感や相対音感と言っても、境界がはっきり引けるようなものでないことは、詳しく研究調査すれば明らかになるはずだとも 考えています。私は昔、音楽院が結構有名な大学にいたことがあるので、プロを目指す演奏家に接する機会が多々ありましたが、音を聞いて躊躇いなく即座に絶 対的なスケールに置ける人はいませんでした。大抵は、しばらく考えてから答えてくれました。引退したシカゴ交響楽団のバイオリニストなどは自分には絶対音 感がないと言っていました。NHKスペシャルが強調する絶対音感神話はどこから来たのでしょうか。

武田邦彦さんは、佐村河内が詐欺師であることをNHKは知っていたと論じています。その可能性がないとは言えません。しかし、それ以前に、もしドキュメン タリ作品の制作を他人任せにしてしまい、自社の精査(最新流行の用語を使うと「デュー・デリジェンス」(due diligence))を怠っていたとなると、これは自らのブランドを蔑ろにしたことになり、会社経営上問題となります。もし詐欺に積極的に関わっており 裏金をもらっていたとなると、それはそれですごいな、もう底なしの腐敗だな、となりますが、可能性として一番高いのは、NHKのスタフの音楽的教養が低く て外から持ち込まれたドキュメンタリの質を正しく評価出来なかった、といういうことになるのだろうと思います。社員の劣化の問題です。まあ、経営陣が激し く劣化しているので社員を責めるのは酷でしょう。

という具合に、NHKを批判することになりましたが、私は今まで散々書いてきているように、NHKどころか、BBC、PBS、NPR、NYT、the Guardianなどなどにすら何の幻想や期待も抱いていません。どうせ自己検閲と嘘ばかりなんだと見放しています。アメリカでは20/20、 Frontline、60minsなどが硬派テレビドキュメンタリとして有名ですが、それらですら、911事件の内部告発者であるRichard Groveが自ら制作したビデオドキュメンタリで明らかにしているように、体制の根幹の利権に触れる情報には耳を塞いでいます。もう既成メディアには何も 期待しないでください。佐村河内守についてのNHKドキュメンタリなどは論外です。

しかし、不思議でならないのは、音楽評論家や大学教授などの権威に作品の評価を委ねてしまう音楽ファンが沢山いるらしいということです。何故、自分の耳で聞いて自分 で判断しないのでしょうか。私など、芸術作品に関しては、自分の好き嫌いでしか判断しません。どんなに評判が良くても自分がつまらないと思ったらつまらな いで終わりです。すっとそうしてきました。いわゆるクラシック音楽では、ロマン派は殆ど聞きません。ぶっちゃけると佐村河内守がつまらないと感じるのはロ マン派の音楽の真似だからです。20世紀以降のものに惹かれ、クラシックに関しては買うCDの殆どが現代音楽です。ベートーベンなどは交響曲を最後に聴い たのは小学生の頃です。30代になってから後期の弦楽四重奏を発見しハマるというように正統的な教養の順序を無視した鑑賞を続けています。また、音楽は一つと信 じているので、ジャンルは関係なしに聞きます。音楽院が有名な大学に在学していた頃は、沢山の演奏家に出会いましたが、多くの人の嗜好が偏っているのに気 づき勿体ないことだなと思いました。あるジャズ専攻の人は、チャーリー・パーカーを崇拝していてそれ以降のジャズには全く興味がありませんでした。また、 あるクラシック畑のトロンボーン奏者に有名なジャズトロンボーン奏者であるRay Andersonのことを聞いたら何も知らなくて唖然とした記憶もあります。これなど、果物は好きだけど、柿しか食べない、というのと似ているのかも知れ ません。私の場合、果物が好きで果物ならなんでも好きです。

私の場合、芸術領域だけでなく、学問領域でもいわゆる権威と呼ばれる専門家の意見を鵜呑みにすることはありません。そういう態度でいるから、原発事故以 降、御用学者の嘘に騙されなかったのだと思います。金(ゼニ)で腐敗された科学領域が自助努力で修復されていくとは考えられません。我々、素人が騙されな いようにするしかないと思われます。芸術作品の価値判断さえも他人任せにしていた人がそうしろと言われても難しいかも知れませんが、命がかかっているので 自分の頭で考えて自分で判断し、結論を出すことが求められます。

(Feb. 2014)



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