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メルマン、プリンス、80年代の米帝

  ノウム・チョムスキーについての作文でシーマー・メルマン(Seymour Melman)を話題にしました。youtubeに一本だけ挙がっているクリップを見て記憶を新たにし、80年代と現在の類似点について作文の種が見つ かったのでちょっと書きます。クリップのタイトルは Jacques Satisky & Dr. Seymour Melmanというものです。  


 
このクリップは1989年の5月17日という日付がついており、私が彼を生で聞いたのもそのころです。同じ人ですが、私が記憶している彼とビデオクリップ の中の彼は大きく違います。私が記憶しているメルマンは顔を真っ赤にしてアジっていました。70年代後半に演説を聞いた有名なブラックパンサーのストウク リー・カーマイクル(Stokely Carmichael)を彷彿させました。一方、このビデオクリップの彼は冷静で言葉を選びながら長い文章を文法を破綻させずに紡ぎ出しています。完璧に 学者風です。
 
この対談の中で彼は幾つか重要なことを述べています。まず、アメリカ経済は軍事産業に乗っ取られていること、第二に、軍事産業は収益を最大にするためにコ ストを最大にするという構造的欠陥を持っていること(総括原価方式)、第三に、そのため、コストを最小にして競争している日本の製造業に全く太刀打ちでき ないこと、などです。言葉の端々に、アメリカの製造業が衰退して行っていることについての危機感が伺えます。新しく台頭してきた日本を詰ってはいません が、軍事産業に乗っ取られてさえいなければ、対等に競争できるのにという悔しい思いが強いのだろうと想像できます。熱くなれるのは彼が愛国者だからなので しょう。
 
89年といえば、日本から見ればバブルの絶頂期で、輸出業が儲かって笑いが止まらず、使い道のないドルがニューヨークの高級不動産に流れ込んでいました。 ロックフェラーセンターなども三菱か三井かが手を出して、アメリカ側の反発を買い、日米の経済摩擦が絶頂に達していた頃でした。石原慎太郎が『NOと言え る日本』という本を出したり、マッキンゼー社長の大前研一などがアメリカのメディアに出て貿易摩擦でいじめられている日本を弁護したりしていました。 NPBのコミッショナーを最近辞めた加藤良三さんなどその頃アメリカにいたはずですが、日本の外交官はアメリカのメディアに出て来ませんでした。私など世 の中のことなど何も知らない若造でしたが、ラジオを聞いていても日本の外交官が出てこないのにはちょっと呆れていました。一体、何のために外交官になった んだろうとぼんやり考えていました。軍事・外交史の専門家のポール・ケネディー (Paul Kennedy) などは、アメリカ帝国は軍事産業が膨張して末期的な症状を呈していると、ローマ帝国などと比較して論じていました(imperial overstretch)。日本はその議論をアメリカの衰退、日本の勃興というようにとらえていました。
 
日本の安全保障ただ乗り論という議論も聞かれました。日本が経済発展しているのは、アメリカが軍事面で保護してやっているのに、自由貿易を盾にとってアメ リカ国内産業を潰してまで売りまくるからだという議論です。一理あるなとは思いましたが、米帝の軍事拡張は自分が好きでやってるのにと恩着せがましくも感 じました。アメリカの軍事産業は日本の土木建築公共事業のように雇用維持という面が強いのは遠目にも明らかだったからです。今から思い返すと、当時の日米 貿易摩擦の議論は混乱していて持論を展開しろと言われてもよくわからないというのが正直なところでした。自分の交友関係では、日米貿易摩擦でメディアが騒 いでいるから友人関係が険悪になるというようなことは一切ありませんでした。同世代の若いアメリカ人は大抵ソニーやトヨタなどの日本のブランドに親近感を 持っていました。日本の会社に派遣された駐在員だったらある意味で日本を背負っているので心情はもっと複雑だったでしょうが、私は気楽な学生だったので、 それほど深く考えずぼんやり過ごしていました。
 
次に、政治経済からポップ音楽に視点を移します。私にとって80年代のアメリカと言えば、真っ先にプリンス (Prince) のことが浮かんできます。
 
プリンスというのはロックやRB系の音楽家で80年代後半に世界的に有名になりました。アメリカミネソタ州の出身です。ニューヨークに住んでいた私は主に ジャズのような即興音楽や現代音楽や民族音楽を聴いていたので、ポップ音楽は巷に流れているのを受動的に受け止めただけです。マドンナとかマイケル・ジャ クソンがいい例です。マドンナはともかくマイケル・ジャクソンはかなり好きなのですが、余りにもそこら中で聞こえてくるのでCDを買うには至りませんでし た。そのような中でわざわざCDを買ったポップ音楽はプリンスの他それほど多くありません(調べたら、マドンナもマイケル・ジャクソンもプリンスも皆 1958年生まれです。)プリンスに関しては、金管楽器以外のすべての楽器をひとりで演奏し多重録音でアルバムを作ってしまうという才能が通常のポップ音 楽界の常識を超えてしまっていました。楽曲もすぐれていて、個人的には87年に出たSign of the timesが出色だと思います。
 
そのアルバムのタイトルトラックである、Sign of the Timesは日本語にすれば、「時代の趨勢、時代を物語るもの、時代を代表するもの」くらいの意味です。複雑な歌詞を持っており、その歌詞をあのリズムと 旋律に乗せたということだけでも、彼の非凡さに驚かされます。彼はその中で、クラック(コカインの一種)が蔓延して退廃したアメリカが世界中で戦争を起こ していることを歌っています。
 
メルマンは80年代後半のアメリカの経済が軍事産業に大きく依存してしまっていることをマクロ的に論じました。プリンスはそのような経済がどのような状況 を生み出したのかをミクロ的に描写しています。彼がクラックのような麻薬について歌うのはそのような戦争経済と無関係ではありません。戦争と麻薬の間に 切っても切れない関係があることは、公然の秘密であり、最近は既成メディアも触れるようになってきています。プリンスが生まれ育った黒人の共同体の中では 当局がクラックなどの麻薬の密輸に関わっているのではないかという噂が広まっていたはずで、プリンスがこの曲の中で戦争と麻薬について触れたのはその疑念 と無関係ではないでしょう。今では、多くの研究者が米軍やCIAと麻薬密輸の関係を後付けています。既成メディアにはその類の情報はなかなか出て来ません が、911事件などがあり、多くの人達がインターネットメディアを通じて真実を知るところとなっています。
 
Sign of the times の中でプリンスはAIDSについても触れています。ただ、彼がその病気についての公式説を信じていたのか、本当のことを知っていたのかは明らかではありま せん。以前紹介したHouse of Numbersというドキュメンタリ映画のなかで、Kary Mullis (PCRの開発でノーベル賞を受賞)は、80年代の感染症研究の状況を語っています。彼によるとレーガン大統領が CDC(Centers for Disease Control and Prevention アメリカ疾病予防管理センター)を潰そうとしていたので、何か新しい病原菌を探して危機感を煽らなければという趣旨のメモがセンター内をかけめぐっていた そうです。そんな中、陰謀があったのかどうかはよくわかりませんが、ちょうどうまい具合に、HIVが「発見」され、1984年の政府会見によってAIDS の原因とされたのでした。そのドグマは今でも生きていて、教科書を信じて疑わない多くの医者が何の疑問も持たずに信じていています。医者の言う事をすなお に聞いている一般人の多くも同様です。
 
存在理由がなくなった行政機関であっても、事実を説明できない科学ドグマであっても、用なしだと宣告され、潰されるかもしれないという事態に直面すると、 嘘に嘘を塗り重ねてまでも反撃します。それが組織の防衛本能です。日本人は福島原発事故以降、嫌というほど見せつけられました。CDCにしろ医者にしろ病 気がなくなれば喜ぶと思いきや、そうではなくて、彼らの存在自体が病気によって支えられているので、感染症がなくなってしまえば困るのです。検査や薬やワ クチンが売れなくなってしまうからです。似たような現象は、「冷戦」の終焉による、軍事産業やスパイ産業の狼狽ぶりにも見ることができました。CIAなど は冷戦の終結により、ロシアはもう敵ではないから、新たな敵である日本に対して産業スパイの方面に力を入れていく、と方向転換を宣言していました。NYT の記事で読んだ記憶があります。軍事産業はその後、「テロとの戦争」をでっちあげて生き延びました。
 
米帝の終焉が囁かれている今日の視点から80年代を振り返ってみると、類似点が認められます。軍事膨張、その結果としての貿易赤字と財政赤字、 1987年ブラックマンデーのクラッシュ、などなど。もちろん、現在のほうが米帝の衰退ぶりが顕著なのですが、最後のあがきで世界中を巻き込んで行ってい るように見えます。87年のクラッシュはNYを中心にしたアメリカ国内の銀行の出資で穴埋めしました。2008年のリーマンショックは連邦政府を脅迫して 穴埋めさせました。ハンク・ポールソンがナンシー・ペロシにひざまずいて懇願したということになっていますが、あれはまあ脅迫です。次に大きなクラッシュ が来れば、アメリカは世界を巻きこんでIMFあたりに穴埋めを迫るでしょう。末期症状です。というかそれが世界統一の行く末ということなんでしょうか。米 軍が世界のそこら中で戦争を引き起こし、その後始末である治安維持の仕事を日本に押し付けるのと同じです。狂った連中が世界を巻き込んで一蓮托生なのかど うかわかりませんが、ひどい話です。
 
一般に信じられている公式説によると、アメリカは90年代にクリントンが出てきて、IT産業に牽引された民間の活力が蘇り、黄金期を迎えたということに なっています。日本の衰退とシンクロしていたので、日本人にも受け入れられやすい議論なのかもしれません。しかし、マイクロソフトにしろインテルにしろ技 術の優位性で市場を席巻したと言うより、汚い独占と金融操作で一人勝ちしてきたイメージが私の中では強いです。OSなんぞ国が税金で開発してそれをGPL で配布しても全く問題がありません。TPPが通ってしまえばちょっとした手術の手順なども特許申請してライセンス料が発生するようになるそうですが、何で も金儲けの種にしたいアメリカという国は末期的症状を呈しています。アメリカが世界に誇るソフトウェア産業も、GPLが使える領域は自由で風通しがいいの ですが、そうでない領域では複雑怪奇なクロスライセンス契約があるようで、不自由極まりありません。技術がどうのこうのというより、法律家と金融人の悪知 恵が跋扈する領域に成り下がっているように見えます。IPO をめぐる詐欺めいた話もニューヨークでアパートをシェアしていたインド人のITエンジニアから聞きました。GMO業界も同様にやばそうです。環境・健康問題を云々する以前に、生物を 作って ライセンス料を発生させるというのは金儲け主義が行き着いた墓場であるように見えます。世界中のまともな有機農家がまともな所得を得ることができる世界は 実現不可能なんでしょうか。
 
80年代と現在の比較をしようとして作文を書き始めたら、90年代にも触れるという散漫なものになってしまいました。実際のところは、米帝は戦後から一貫 して帝国を膨張させてきたというのが正確なところであるようです。90年代も全く例外ではありません。最近、ユーゴスラビア戦争とかルワンダ虐殺も公式説 が嘘であるという説明に接して、なるほどそうだったのかという思いを深くしています。ルワンダ虐殺に関しては、NYTの記事を読んでその説明に納得が行か なかったので、ああ、また騙されていたのね、という感じです。もう毎度毎度ですが、既成メディアは付き合うだけ時間の無駄だという結論を再確認していま す。
 
(June 2014)



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