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ランス・アームストロングがオプラ・ウィンフリーショーでドーピングを告白

1月17日と18日にOprah Winfrey ショーでランス・アームストロングがドーピングを認めました。Oprah Winfreyというのはアメリカのトークショーホストで自らのテレビネットワークを所有し言論・メディア界で大きな影響力を持っている超大金持ちです。 アームストロングも大金持ちですが、彼女は桁が違います。

インターネット上で二回に分けて放映され、私は17日のはライブですべて見ましたが、18日のは、寝不足で最初の15分ほどを朦朧とした意識の中で聞き、 その後寝てしまったので最後まで聞いていません。日本人でこのトークショーに強い関心を持っているのは、自転車ロードレース関係者とそのファンだけでしょ うが、アメリカにおいてはランス・アームストロングはスポーツヒーローとして広く社会に知られているので、自転車ロードレースに興味のない人でもライブで 対談を聞いた人は多くいただろうと想像できます。オプラ・ウィンフリー自身が、彼女のキャリアの中で一番重要な対談であったと証言しているので、その大き さがわかります。(3百万人のアメリカ人がライブで見たという報道がありました。)

対談の反響は大きく、様々な意見がネット上で聞けます。ここでは、一般的な視点とは少し離れた視点から論じてみたいと思います。

ウィンフリーは自転車レースに関しては全くの素人です。準備のために猛勉強したといっても限度があります。知識がないために深く追及できず、ランスにはぐ らかされてしまった印象を与える場面が散見されました。ランスも将来の訴訟に備えて争点となる個別の事実関係の認否には慎重にことばを選んでいましたか ら、追及しても口をつぐまれるという結果に終わったかも知れません。そういう意味で、事実の開示という点では、不満が残りましたが、ランス・アームストロ ングがどのような人間であるかを世界に晒すというという意味では、この対談は大いに成功していたと考えます。ウィンフリーのトークショーホストとしての手 腕が発揮されていたと言ってよいでしょう。

具体的な事実については、ランスは、2009年と2010年の復帰してからはドーピングはやっていないと主張していますが、これはUSADAがバイオパス ポートを元に出した結論と真っ向から対立します。もしランスの主張通り、彼が復帰後ドーピングしていないとするなら、バイオパスポートによるUSADAの 出した判断(ランスが復帰後もドーピングをしていた可能性が高いという判断)は信頼できないことになります。この対立を精査するにはスポーツ医学の専門家 の議論を理解する必要があります。オプラはその任に耐えないし、この問題だけでも専門家は数時間議論を戦わせることができるでしょう。この問題を巡って は、将来法廷で争われる可能性があるので、ランスは予防線を張りあえて自衛しているのだと考えられます。ことほど左様に、ランスは冷静にことばを選んでい ます。将来法廷で争われる可能性がある事実関係については言質を取られることを徹底的に避けようとしています。

Betsy Andreuが病院でランスが医者に対してドーピングを認めたことを以前法廷で証言しましたが、その真偽についてもランスはこの対談で曖昧にしています。 自分のチームのチームメートにドーピングを強要したという嫌疑についても同様です。自分が組織的なドーピングに関与したという事実を認めつつ、具体的な事 例については曖昧な態度を徹底して維持します。

要するに、マフィアのomertaのような掟をランスはずっと守り通してきたということです。前妻はドーピングの事実に気づいていたようですが、ランスの 認識は、need to know basis(必要なことしか教えない)を貫き通したので、打ち明けることはなかった模様です。13歳になる長男に、もうお父さんを弁護する必要はないんだ よ、と打ち明けたことを告白した時には、目に涙を浮かべていました。ランスが人間的な弱さを垣間見せた唯一の瞬間でした。

ランスは周りの人々の人生を台無しにしました。Greg LemondとFloyd Landisがその代表格でしょう。Lemondの場合個人的な対立がビジネスに波及し大きな経済的打撃を受けています。Landis はランスのように嘘を突き通す戦術に出ましたが、裏目に出て結局最終的にドーピングを告白し、ランスの凋落をお膳立てすることになりました。訴訟費用を ファンからの募金に頼ったので、詐欺罪で訴えられています。全財産を失っただけでなく、マイナスとなっています。Betsy Andreuは夫のレーサーとしてのキャリアをランスが潰したと今でも怨嗟を燻らせています。

私を含め多くの自転車レースファンはランスがドーピングしていることはわかっていたので、別に彼の告白自体には驚きはありません。ドーピングの実態につい ての詳細もすでに公表されている情報ばかりで何も発見はありませんでした。自転車レースを取り仕切るUCIを道連れに泥試合を繰り広げるということにもな りませんでした。そういう意味で失望を感じたファンもいたようですが、私はランスの人となりがよく出ていたので興味深く対談を見ました。

彼の性格を一言で表すなら負けず嫌いです。勝つためにはどんな卑怯な手も使います。彼が欧州のプロレースに参戦する前にすでにドーピングが広く行われてい たので、自分がドーピングすることには何の罪の意識もありません。他の多くの選手のように必要悪として頭の中で合理化していました。彼が貧しい母子家庭に 育ったこと、自転車レースでは後進国であるアメリカ出身だったことも、彼の負けず嫌いに拍車をかけました。一瞬でも敵に弱みを見せるなという攻撃的な自衛 戦略は弁護士の入れ知恵もあったでしょうが、彼の生い立ちと無関係ではないでしょう。そのため、彼は過激なまでに逆訴訟を起して訴訟まみれの十数年を過ご しました。大抵の選手は、そこまで闘ってはいません。自分が碌をはむ業界と適当に折り合いをつけ2年間の出場停止をだまって受け入れるのが普通です。

オプラとの対談でランスは明らかに自分が馬鹿であったと認めています。馬鹿であったことに気づかなかった自分を振り返って scary と表現しています。そんな馬鹿な過去の自分を現在の自分が完全に駆逐し得ていないことも認めています。そうであるからこそこれから長いセラピーが必要であ ると認め、業界の膿を出し切るためにTruth and Reconciliation (真実和解)のプロセスを始めるなら全面的に協力したいとも言っています。

私は、以前、ランス級の嘘つきはその嘘が暴かれるが、911同時多発テロを引き起こして嘘をついている連中は、たぶんその嘘が暴かれることはないだろうと 書きました。

その理由はふたつあります。

ひとつは、後者の嘘は、ランスの嘘と比べ物にならないほどの規模であり、世界体制そのものであるからです。ソ連という国は嘘で固めた国でしたが、そのパワ エリートたちは嘘つき呼ばわりされることがなく体制自体が崩壊してしまいました。嘘が暴かれるためには、暴く側に正義がなければなりませんが、体制自体が 嘘であれば、暴かれる時は体制が崩壊する時と同期することになります。

もうひとつは、後者の嘘はついている連中が世界の超エリートであり、そのため、全く自分の嘘を信じ切ってしまっている可能性があるからです。自分が世界の 頂点に立っており、世界を動かしているという自覚があれば嘘を嘘として自覚しないように合理化するのは難しくありません。というより、そのような合理化が 必要でないような、正真正銘の嘘つきが超エリートに成り上がる可能性が高いのだと考えられます。まともな人間からすれば病的な嘘つきが人口の一定数占めて おり、彼らが成功するのは、その性格にもかかわらずではなく、その性格ゆえである可能性が高いのです。

ランスの今回の告白があったので、メディアを通じて彼の資産総額が1億ドル弱であることがわかりました。1億ドルと言えば平民である我々から見れば超金持 ちですが、世界のパワエリートから見れば雑魚一匹にすぎません。人の不幸を喜ぶという普遍的な人間の心理は否定し難く、ランスの凋落を嬉しがっている人も 多いでしょう。しかし、我々平民は世界のパワエリートはちょっとやそっとのことでは自分の地位を明け渡さないのだという事実を知る必要があります。彼らか らすれば、ソ連の崩壊ですら、自分たちの統制下にあったと考えていたかもしれません。ソ連は農業生産に失敗し、西側の銀行から金を借りて自国民を食べさせ たことがあります。ソ連に金を貸したIMFや世界銀行から見れば、自国民を食べさせることが出来ないソ連は第三世界の一角として映ったでしょう。西側が 「冷戦」に勝ったというのは、お伽話です。敵を買いかぶっておれば自分の手柄が大きくなるのででっちあげた嘘ですが、何度も繰り返しているうちに信じる人 が多くなってしまいました。

最近、オバマの有力なアドバイザーであると考えられているブレジンスキー(Zbigniew Brzezinski)のビデオクリップを見る機会がありました。彼はもちろん超金持ちではありませんが、アメリカのパワーエリートにアドバイスする立場 にあります。デビッド・ロックフェラーと一緒にTrilateral Commission (三極委員会)を立ち上げたのは彼です。驚いたのは、ソ連が崩壊した今になってもロシアを民主的ではないと批判していたことです。一体、アメリカのど こが「民主的」なのでしょうか。アメリカにロシアを批判する資格などありません。ポーランド出身であるからロシア嫌いが骨に染み付いているだろうことを割 り引いても、ひどすぎます。こんな人の話を聞いて外交をやっていたら世界情勢が狂ってくるのは当たり前です。911以降アメリカは戦争ばかりやっています が、その背後には、ブレジンスキーのような、ロシアと中国を敵とみなす「冷戦」時代の古い思考パターンから抜け出すことができない元老の存在があります。 アメリカは落ちぶれても未だに世界を支配したいという願望を持っており、ロシアと中国を敵視し続けています。そうしたほうが軍事産業が喜ぶということもあ りますが、負けず嫌いにもほどがあります。ランスのような負けず嫌いは、世界にとっては無害ですが、アメリカのパワーエリートの負けず嫌いは、膨大な数の 犠牲者を生み出しています。既成メディアを見ていると、未だに、ヒットラーを大悪人の代名詞として使っていますが、911以降のアメリカの大統領は二人共 ヒットラーに負けていません。

報道によると、ランスはUSADAの会長と会って、どうして自転車レースだけいじめるのだ、野球とかアメフトなどのドーピングはもっとひどいじゃないか、 と直訴したようです。彼の言い分はもっともです。自転車レースなんて他の人気プロスポーツと比べれば経済規模が比較にならないほど小さいのは論を待ちませ ん。アメフトのスーパースターがドーピングをしていたとしたら、アメリカのメディアはその事実を隠そうとするかもしれません。スポーツは自分が趣味で楽し むならともかく、プロスポーツなどどうせドーピングが蔓延しているのだろう、と距離をおいて接するのが真っ当な付き合い方です。

(Jan 2013)




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