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ノウム・チョムスキーと政治

チョムスキーという著名な研究者・著述家が、911事件についての公式説に異議を唱える人々を嘲笑して、「陰謀論者」呼ばわりしているビデオクリップが ネットに転がっていることは以前に紹介しました。馬鹿なやつだな、とは思いましたが、すぐ忘れてしまいました。しかし、最近、James Corbettの "Meet Chomsky, Academic Gatekeeper" というビデオクリップを聞いて、無視できないと考え、この作文を書くことにしました。無視できないというのは、今回は馬鹿なやつだな、では済まないからで す。怒りを感じています。

チョムスキーは911事件についての公式説に異議を唱える人々を「陰謀論者」呼ばわりしているだけでなく、何度も紹介している

Niels Harrit et al.
"Active Thermitic Material Discovered in Dust from the 9/11 World Trade Center Catastrophe"

という論文を提示して公式説に異議を唱えている活動家全員に対しこいつら物理化学もわからないのにネットで1時間検索したくらいで専門家ヅラして何様だと 馬鹿にしています。

これには呆れました。その論文の中身には一言も触れず、それを提示して公式説に異議を唱えている人々を十把一絡げにして攻撃しているからです。文句あるん なら、Niels Harrit と議論しろよと言いたくなります。

一体チョムスキーはこの論文を読んでいるのでしょうか?少なくも私は読んでいるし、名大の英語の授業でも使って学生に読ませたことも何回かあります。私は 寡聞にしてこの論文に対する説得力のある反論を知りません。それほど説得力があります。世界貿易センターにゾルゲルタイプのハイテク爆薬を持ち込むなんて 外国人のテロリストが出来るわけがありません。内部犯行に決まってます。もしチョムスキーがこの論文を読んだ上で、政府が提出している公式説を信じて疑わ ないのであれば、彼の論理思考力を疑問視せざるを得ません。もし彼がその論文を読んでおらず、その上で、彼が「陰謀論者」と呼ぶ人々を嘲っているのであれ ば、彼の人格と科学者としての態度を疑問視せざるを得ません。いづれにせよ、彼がその程度の人間に過ぎなかったという事実をビデオを通じて見せつけられた のは大きな驚きでした。

Niels Harritの論文は別に物理学の博士号を持っていなくても理解できます。私など高校レベルの物理化学の知識しかありませんが英語が読めるので理解できま す。種々の電子顕微鏡の原理を理解するには量子力学を勉強する必要があるでしょうが、そのレベルの専門知識がなくてもこの論文の趣旨は理解できます。まさ かチョムスキーが理解できないのではという可能性はあまり想像したくありませんが、その可能性はゼロではありません。高校の物理化学が理解出来なくても、 言語学でMITの先生になれるということなんでしょうか。

ぶっちゃけると私はチョムスキーの著作を読んだことがあっても、彼を偉いとか尊敬するとかという気持ちは持ったことがありません。生成文法は要するに機械 翻訳の技術的な問題に還元できるんだから、会社起して金儲けしたほうがいいのでは、と考えたこともあるし、言語能力は生得的だと今更言われてもそんなの 知ってるよとしか言えないじゃん、という感想を持ったこともあります。彼の反米帝国主義思想に関しては、NYTを引用した大部な本を読むより、幾多の内部 告発者の話を聞くほうが百万倍説得力があるよ、としか言えません。彼は今までに50冊以上の本を書いているし、「左翼」活動家の間では影響力があるし、 「インパクトファクター」は、こんな雑文を書いている私のような下等大学教員の数億倍はあるでしょうが、彼が死後歴史に残すものは一体何なのでしょうか。 youtube に転がっている「陰謀論者」に向けた愚劣な罵詈雑言なのでしょうか。

私は彼の書くものから彼が科学に対して反感を持っているのでないか、とはうすうす感じていました。その文章の題名は忘れてしまいましたが、彼が、科学学術 雑誌の余録で実験がうまく行かなかった科学者の愚痴を読み、そのことから科学の定説一般について懐疑的な言説に敷衍させていたのを覚えています。科学者は 定説の堅牢さを喧伝するが実際の科学は実験の殆どが仮説を証明できないので科学は言われているほど強固な基盤の上に立っていない、という彼の議論はもちろ ん真理の一面を射ぬいています。しかし、何百年もの間真理として受け入れられている定説の存在はチョムスキーの繰り言で否定できるようなものでないことも 明らかです。

私が彼の罵詈雑言に対して怒りを覚えるのは、彼のそのような反科学主義が根底にあると感じるからですが、もうひとつ、彼の弱点を露呈しているからでもあり ます。

それは彼の政治性、党派性です。

チョムスキーはNiels Harrit という科学者と議論する気がないようです。彼の論文をろくに読みもせず、その論文を提示してアメリカ政府が911事件に関して嘘を言っていると主張してい る「陰謀論者」を一方的に攻撃しています。このような態度は私には受け入れられません。私はNiels Harrit の提示している事実の信憑性にしか興味がありません。それが誰によって発見され、誰によって紹介され、誰によって声高に宣伝されているかなど全く興味はあ りません。そもそも私は政治には興味がありません。情報の信憑性にしか興味はありません。

政治というものが冷静な議論を不可能にしているのを我々は福島事故以降嫌というほど経験しています。チェルノブイリの経験を日本に当てはめると、25年後 の日本において、東北関東の小中学校の生徒の8割が成人病慢性疾患にかかり、知能低下を呈しているという状況が容易に想像できます。それは日本という頭脳 立国・技術立国の死を意味します。チェルノブイリの惨事を繰り返さないためには、食品の汚染や降下物の再飛散について厳密な科学をやっていくしかありませ んが、ICRPのような党派性に縛られた「科学」がのさばっているので不可能に近いのが現状です。

山本太郎や小泉純一郎の脱原発論についての政治的言説も同様です。あれほど反核反原発を主張していた山本太郎は参議院議員になってしばらくしたら、脱原発 は非現実であると言い始め、彼の対極にいたはずの小泉純一郎が脱原発を声高に主張し始めました。その二人の変節について、原発容認派と原発反対派から屈折 した意見が寄せられました。一旦政治の世界に足を踏み入れると、PC(political correctness)が政治的人間の思考を蝕み始めます。人間社会に住んでいる限り政治はなくならないでしょうが、政治性の弊害をもっと多くの一般人 が理解する必要があるでしょう。

私にとっては、今回のチョムスキーの罵詈雑言は政治性の馬鹿馬鹿しさを再認識させてくれたという点で貴重な経験になりました。世の中には、「右翼」対「左 翼」、「親米」対「反米」などという対立でしかものを見ることができない人が多くてうんざりさせられます。911事件の嘘について話したら、ロシアの KGBも暗殺やってるじゃん、というような反応を示す人がいて驚いたこともあります。私を「反米」論者と考えたのでしょうか。その人の頭の中では「反米」 =「親ロ」という雑な党派性が頭の中を支配しているのかもしれません。そんな風に世界を眺めても何も理解できないというのに。

実は、80年代にニューヨークに住んでいたとき一度チョムスキーの講演を聞きに行ったことがあります。ニューヨークというのは面白いところで、そこに住ん でいるだけで大物著名人の話を聞く機会が頻繁にあります。一応学校に在学していましたが、学校内より学校外のほうが面白かったというのが正直なところで す。その講演会というか60年代ならティーチインと呼ばれただろう催しで一番感銘を受けたのは実はチョムスキーではありませんでした。チョムスキーを聞き に行ったのですが、そこで初めて知った Seymour Melman という人の講演に圧倒されました。_Permanent War Economy_という著作があるエンジニアです。チョムスキーは存命で、メルマンは他界してから10年近く経っています。一般的には、チョムスキーの方 が著名で、メルマンは無名に近いのですが、私の中では、圧倒的にメルマンの方が巨大です。今回、チョムスキーの罵詈雑言に接して、私の中での彼に対する評 価が下がりゼロに近くなりました。クラウドに彼の罵詈雑言が漂い続けるので評価は下がる一方でしょう。

(Nov. 2013)



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