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政治の季節

日本では総選挙をやるんだそうです。大きな余震が来て福一の4号機がやられたら、ほんとうに東京もやばいかもしれないというのに、選挙なんかやっている場 合でしょうか。今より大政翼賛会的な大連立が組まれることになるのでしょうか。全く予測不能です。大新聞の「政治部」の記者のように「政局」を追っている わけでもなく、そもそも嘘ばかりの新聞は読むこと自体止めてしまったので、時流に乗った感想文は書けそうにありませんが、政治一般について書いてみます。

私は非政治的な人間です。あまり社交的でもありません。友人は少ないし、協調性は全くありません。徒党を組んで政治的影響力を行使することには興味があり ません。ただ、ワシントンや東京の雲の上で執行される政治的決断が自分の生活に直結しているということを理解しているので、政策の是非には興味がありま す。

日本の国政に関しては、去年福島原発事故が起こってから、地元選出の議員が講演に来るというので聞きに行きました。生まれて初めての経験です。原発事故が 起こらなかったら政治家の地元講演会に足を運ぶなどということはありえなかったはずです。結論を書くと、その政治家と支持者の両方に深く失望しました。日 本がとるべき政策についてその政治家と自分の考えが大きく違うことが判明しましたが、彼は自分が是とする政策について実行するのに大連立が必要ならその可 能性を探ることも辞さないと主張するだけ、彼の支持者たちよりまだましでした。講演に駆けつけた彼の支持者たちの大多数は高齢の年金生活者で、質疑応答か ら察するに政策にはあまり興味がなく、関心は政局に集中していました。管や小沢が憎いと繰り言を言う人、旧民社党の昔話をする人、具体的な政策の提言はな く、ただ日本の凋落を嘆いてぶつぶつ小言を言う人、などなど。私が原発事故と原発政策について質問しなければ、話題にすらならなかったでしょう。このよう な人達がいわゆる後援会のメンバーであり、このような人達と対話を維持しなければ票を集められないのかと思うと、その政治家に同情すら感じました。志が高 くて政策についての勉強を怠らないような政治家は稀で、大多数の政治家が金儲けに走ってしまうのも仕方がないのかなとすら感じました。

政治というものは所詮政治であり、政治に惹かれていく人達の大半が政策より、政局や党利党略に関心を持つのは、政治というものの本質がそうであるから変え ようがないかもしれません。それが政治というものなのかもしれません。

このような政治の根幹にある党派性について考える場合、野球の例が参考になるかも知れません。

私はNYにいた80年代の後半メッツファンになりました。たまたまメッツがヤンキーズより強かったからそうなっただけです。Darrell Strawberry, Dwight Gooden, Keith Hernandez, Gary Carter, Lenny Dykstra, Mookie Wilson, David Coneなどなど。今でもその頃の有力選手の名前を覚えています。ヤンキーズは弱くて選手の入れ替わりも激しかったので、Dave Winfield, Don Matinglyぐらいしか憶えていません。90年代のはじめに名古屋に来ましたが、その後もずっと夏はNYで過ごすことが多かったので、メッツファンを 続けました。ヤンキースタジアムに観戦に行くこともありましたが、大抵はシェイに足を運びました。いつからかはよく憶えていませんが、大リーグがインター リーグ試合を採用するようになり、サブウェイシリーズがあればできるだけシェイに行くようにしました。

最近はどうかというと、大リーグの試合は全然追いかけていません。今年はダルビッシュという投手がテキサスに行ったのでテキサスや黒田とジーター (Derek Jeter) がいるヤンキースの試合は時々見ました。メッツのファンだったはずですが、全く疎遠になってしまいました。David Wright ぐらいしか選手の名前は知りません。

わたしのようなファンは英語では fair weather fan といってハードコアな野球ファンからは馬鹿にされます。天気がいい時つまりチームが強くて勝ち続けている時だけ応援するファンの風上にも置けないやつだと いう考えです。

こういう考えは私には理解不能です。一つのチームに忠誠を尽くすなんて義理は私にはありません。作品が好きだから音楽家のファンになるのと、特定の野球 チームのファンになるのはかなり違います。前者の場合、作風が変わっても好きな作家だからしばらくつきあおうかという気がおきますが、選手も監督もころこ ろ変わっていく野球チームの固定客になる意味は全くありません。しかし、どちらも過激なファンがいて、エルビス・プレスリー神社を家につくって神のように 崇めている人もいるし、私財の大半を自分が応援する野球チームにつぎ込むファンがいます。

ニューヨークのような2つのチームを擁する都市では別の興味深い現象が見られます。メッツファンとヤンキーズファンの仲違いです。シェイ・スタジアムで メッツがヤンキーズと戦う場合、スタンドでは、Yankees Suck! Yankees Suck! と三拍子でチャントしているファンに出くわします。正しいメッツファンはヤンキーズを敵視しなければならない、という思想が刷り込まれた連中です。彼らの 多くはヤンキーズの宿敵であるボストンファンだったりします。

この対立は政治の場に持ち込まれることがあります。現国務長官のヒラリー・クリントンは大統領になるという政治的野望を持っており、その第一歩として ニューヨークの上院議員選に出馬して当選しました。2000年のことです。その後2008年までその職にあり、同年バラク・オバマと闘い敗れましたが、国 務大臣のポストを得ました。彼女が上院選の運動をしていた頃、テレビの番組で、お前は、メッツファンなのかヤンキーズファンなのか、はっきりさせろ、と訊 かれ、明解な回答を避けたのを憶えています。勿論、半分冗談の質問ですが、彼女は咄嗟の判断で、どちらのファンも敵に回さないように政治的にふるまったの だと考えられます。政治家は一票の重みに敏感ですから、そのような計算を常に頭の中でしているのだろうと想像できます。

特定の野球チームのファンでいることと、特定の政党を支持するのとはどの程度の違いがあるのでしょうか。自分が属する業界の利権を代表するロビイストに票 を入れるというのならともかく、そのような直接的な利害関係がないのに特定の政治家あるいは政党に忠誠を尽くそうとする人は、なにか得体の知れない党派性 思考に囚われているのではないかと思います。

心理学では人の帰属意識は恣意的に作り出すことが出来ると考えられています。くじでも引かせてお前は赤組、お前は青組と組み分けし、プロジェクトを与えて 争わせたら、今まで全く公平に付き合って来た人達の間に壁が出来、敵組に属する人々を否定的な感情で見るようになります。私はそのような心理学の学説の記 述を読んだ時、そんものかな、と半信半疑でしたが、あるワークショップで同様の組み分けを経験し、ただのシミュレーションなのに現実社会の実体験のように 気持ちが高ぶってくるのに気づき愕然とした経験があります。民族的対立や政治的対立やメッツファンとヤンキーズファンの対立も、根幹に似たような心理的機 構が存在すると考えられます。

アメリカの大統領選が終わりました。私が知っているアメリカ人にはオバマに票を入れた人もいるし、ロムニーに票を入れた人もいます。どちらも、 lesser of two evils、つまり、どちらも積極的には推せないが、よりまともな方に入れるしかないと考えて投票したようです。私はとっくの昔に茶番だと考えています が、アメリカ人には有権者としての義務感が強い人が多いようです。両陣の間の批判合戦が熾烈を極めるのは、政党という組織が出来上がってしまっているの で、党派意識に染まった人達が、メッツファンとヤンキーズファンの間のような対立を煽っているからだ、としか考えられません。少なくとも私のような傍観者 にはそう見えます。政策の中身など、コカコーラとペプシコーラの差ほどもないからです。

さて、このような作文を書いているうちに日本では第3の連立ができそうな状況が見えてきました。実質的に二大政党から選ぶしかないアメリカより少しはまし なようです。アメリカにも緑の党やリベテリアン党とかありますが、棄権するのと変わりないように仕組まれています。

(Nov. 2012)


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