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2011年ツール・ド・フランス

私はプロスポーツを追っていません。以前はニューヨークメッツを応援していたこともありましたが、今では余り関心がないのでペナントレースの順位をネット で確認すらしません。名古屋にはドラゴンズファンが多いのに、私は全く興味がありません。ワールドカップは4年に一度大衆の一人として日本を応援します が、オリンピックはウセイン・ボルトのような超人が現れる時に称賛の声を上げるだけです。日本人や日本人のチームを応援することはありません。オリンピッ クなどを見て自国の選手を応援していたのは子供の時だけです。ただ、ワールドカップだけは日本を応援したくなりますが、どうしてなのかわかりません。
 
そんな私が追いかける唯一のスポーツイベントがツール・ド・フランスです。なぜ惹かれるのかはいくつか理由があります。
 
一つ目は自分がロードバイクに乗るので、プロの能力に憧れるからです。もう脚の出力が自分と3倍違う感じです。ツールに出る選手のレベルだと、スプリント 系の選手でも日本のアマチュアが開いている「ヒルクライム」レースに出れば楽に優勝してしまうでしょう。私はそのアマチュアレベルでも全く歯が立ちませ ん。毎日200キロ近く走りそれが3週間続くというのは普通の自転車乗りの感覚を超えています。
 
二つ目は、ルールが複雑な集団競技であり、人生のあるいは人間社会の比喩としてこれほどぴったりなスポーツはないのではないかと思えるからです。スポーツ はよく人生や人間社会に喩えられたりしますが、ツールのような自転車レースほど人間臭いスポーツはないのではないかと思います。人間社会では個人は集団に 属し、その中で協力したり孤立したりして、集団が被る運命を引き受けています。傑出した個人というのが存在しないわけではありませんが、個人一人では何も できないというのは社会でも自転車競技でも同じです。サッカーなどでも同じことが言えそうですが、サッカーでは敵は相手のチームだけなのに対して、自転車 競技では、敵は他のすべてのチームです。共通の敵がいれば一時的に同盟を結ぶというようなこともあります。チームの協力が圧倒的に重要ですが、勝利者とし ての栄誉は個人が受けます。この点でも現実の社会と似ています。
 
ツールのような大規模なレースになると選手の数が200人近くにも及び、一人一人が個人と自分のチームの思惑に従って動くので、レース全体を把握できない というのも現実社会に似ています。テレビ観戦している観客と各チームの監督は全体を把握出来易い位置にいますが、実際に走っている選手は、周りの選手の挙 動のすべてを説明できません。2006年に総合優勝しその数日後にドーピングでタイトルを剥奪されたランディス(Floyd Landis)はYouTube のクリップでランス・アームストロングのアシストをやっていた頃、周りの選手の動きをよく理解できなかったと語っています。ランスのチームは総合優勝狙い で統一されたチームだったのそのアシストはリーダーのランスを守るという一点で団結していました。その結果としてアシストの総合順位が高ければ儲けものと いう判断で監督が指示していたので、ランディス個人はランスを守ることに集中しており、他の弱小チームの選手が中間ポイントの点稼ぎや、その他様々な賞を 追いかけて動き回っているのが理解できなかったのは不思議ではありません。ヴィノクーロフ(Alexander Vinokourov)のような実力があって一匹狼のような選手もいるので、いきなり飛び出し加速する選手の意図を読み取るのは集団の中にいるアシストに とっては難しいと言えます。ですから、その選手を追走するかどうかは、全体をよりよく把握できる位置にいる監督の判断に委ねられています。一人一人の選手 はある意味で集団に埋没したサラリーマンのようです。
 
選手は脚質によって総合向き、スプリント向き、山登り向き、タイムトライアル向き、ワンデーレース向きなどに分類されます。複数のカテゴリをまんべんなく こなす選手もいますが、大抵は、どれかに秀でておれば他のカテゴリでは並み以下というのが普通です。特にスプリンターは山登りが苦手です。ツールに出場す る選手のレベルは特別枠で出ることにできた弱小チームの選手以外ではかなり拮抗しています。総合優勝のタイムは80時間以上走って数分以下を巡っての勝負 なので差は千分の一以下です。スプリント勝負では写真判定でタイヤの厚みの差ということもあります。この小さな差を巡って勝者と敗者が決定するというのも 現実の人間社会と似ています。人間一人ひとりの才能の差はそれほど大きくありません。でも、狭い領域で少しだけ秀でた人がたまたま時代の巡り合わせで成功 して、歴史に名を残すというのが現実の社会です。
 
厳格な階級社会であるという点でも、自転車レースの世界は現実社会と似ています。日本語ではアシストとよばれエースの風よけになる選手はフランス語では domestique と呼ばれます。直訳すれば召使です。能力においてそれほど差がない選手がエースの風よけや落車防止のために奉仕する役目を引き受けます。下っ 端の召使いなら、チームメートの水筒をサポートカーから運んで届けるという役目も果たします。当然、金銭報酬はエースと召使いでは違います。現実の人間社 会では召使いと超金持ちの間には時給にして1000倍以上の開きがあるというのは珍しくないのですが、さすがにそのようなことはありません。せいぜい数倍 の開きでしょう。それでも、召使いの仕事が嫌でチームを移り新しいチームでエースになろうとする選手も出てきます。今年のツールでは、グライペル (Andre Greipel) という選手が新しいチームに移って元の主人様であるカヴェンディシュ(Mark Cavendish) をスプリントで打ち負かしました。去年グライペルはカヴェンディシュのスプリント勝利のお膳立ての仕事を引き受けていました。
 
現実社会の腐敗の相似形はツールにも見られます。いづれも金がすべてなので、腐敗は避けられません。ドーピングは以前ほどではないにしても根絶されていま せん。つい最近までは世界のトップレーサーたちもドーピングで2年の出場停止処分を喰らうというのが頻発していましたが、今回はガーミン・サーベロチーム (Garmin Cervelo) がチームタイムトライアルで勝利を獲得したことからもわかるように、かなりクリーンになったような印象を受けます。ただ、競技の外ではドーピングの噂は絶 えません。ツールが開幕する前、ランスの僚友でありアシストであったヒンカピ(George Hincapie) がランスにEPOを渡したと大審判の前で証言したという報道がありました。ヒンカピはツールの出場16回を誇る世界の大ベテランで、よくスーパー アシストと呼ばれて、ロードレースの世界でもっとも尊敬されているレーサーのひとりです。もうすでに三回ツールで総合優勝しているコンタドール (Alberto Contador)もドーピング疑惑が拭えず、開幕式ではブーイングの嵐でした。なぜドーピングが根絶できないかというと、エリート選手の実力が拮抗して いるので、ドーピングによる僅かなパーフォーマンス向上が勝敗を分けるからです。勝敗は選手個人の収入に影響を及ぼすだけでなく、チームのスポンサー獲得 にも影響を与えます。世界的に自転車に対する関心が高まっているのでツールはどんどん知名度をあげています。知名度の向上に比例してツールへの投資額も増 えて行きます。経済規模が大きくなれば腐敗の規模も大きくなるのは避けられません。ドーピングとドーピング摘発は将来もいたちごっこを続けるでしょう。

終わってみると、エヴァンス(Cadel Evans)が総合優勝したのは妥当だったと思います。多数の有力選手が落車で脱落して行きましたが、彼らが全員残っていたとしてもエヴァンスが勝ったと 思います。それだけ強さを見せつけました。個人的には、ここ数年彼を応援してきたので、彼の勝利には満足しています。薬に頼らずに戦ってきた選手がやっと 勝ったということで、嬉しく思います。
(July 2011)



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