takashi's pictureTakashi Wakui's Home       takashi's picture涌井隆の家


What's new

Profile                 

Classes 授業

Recent Publications

Animation
アニメーション

Bicycling 自転車

Stargazing 星見

Links リンク

Essays 文章 作文


2004年広島国際アニメーションフェスティバル

今回は2年前より観客の数が増えた。山村さんの『頭山』が各地で賞を取っ手メディアで注目されているからか、あるいは「広島アニメーションビエンナーレ」 の宣伝効果かは分からないが、観客が増えたことは喜ばしい。しかし、その反面席が取れなくて立ち見になったり、開演時刻に遅れると入場すらできなくなった りすることが起こるようになった。何か複雑な気分だ。

大会自体の質は変わらない。パーティの帰り、たまたまタクシーに乗り合ったフランス人のジャーナリストにアヌシーと比べてどうだと訊いたら、広島の方が断 然よい、アヌシーはどんどんつまらなくなっている、と教えてくれた。将来も質を落とさず開催を続けていってほしいと願う。優れた作品を出展している作家が 大勢来ていて気さくに話しかけられる雰囲気も変わっていない。

コンペに入りそこねた優秀な作品の多くが、学生作品のプログラムで上映された。自分が選考委員だったらコンペ参加作品と入れ替えたいのがかなりあった。コ ンペ参加作品には以前より漫画っぽいものが増えたような気がする(選考委員の構成で毎年変わるはずなので私の個人的な印象に過ぎないが。)例を挙げるとロ シアのデジタル製作の2Dアニメがそうだ。言うまでもないが、最近はどんどんデジタル製作の作品が多くなっている。殆どの作家がデジタル技術を効果的に 使っているが、3Dアニメソフトを使って実写の真似をするのはやめた方がいいと思う。何のためのアニメーションなのか分からなくなってしまう。映写される 画像の解像度は依然として35ミリのフィルムとは圧倒的な差がある。だから、予算が許せば、デジタルで製作しても35ミリフィルムに変換して、映写しても らえると嬉しい。

 私が広島に来るのは今回で5回目なので、アニメーション芸術について無知だった最初の頃と比べて新鮮な驚きが少なくなったのは確かだ。以前 10本観て5本に興味を持ったとすれば、最近は1本以下だ。その中でも魂を揺さぶられるような作品は大会中昼夜見続けても5本以下だ。それでも2年に1度 欠かさず通ってしまうのは、毎回、自分の想像を越えたすぐれた芸術作品に確実に出会えるだけでなく、かなり高い確率でその作家にも出会えるからだ。優れた ものが少ないのは仕方無い。どんな分野でも大多数が並なのが世の習いだ。正直なところエストニアの作家が一人も来ていないのはちょっと残念だったが、その うちこっちからバルト三国は訪ねてみたい。

という訳で、広島大会には満足しているが、一つ不満がある。それは、作品名の翻訳だ。最初に来たときにすでに気になったが、今回かなり我慢が出来なくなっ たのでここで書く。いい加減に片仮名翻訳は止めにしてほしい。私はジュラシックパーク症候群と勝手に呼んでいる。要するに、「ジュラ期の動物園」と日本語 にすればいいのに、原題があたかも固有名詞であるかのように「ジュラシックパーク」と「訳する」のが片仮名翻訳だ。(それがもっと悪化して、 Legally Blondeというハリウッド映画が「キューティ・ブロンド」などと愚劣な「日本語」に訳されるようになるが、それはまた別の話)

ロシア映画のDangerous Walk が「デンジャラス・ウォーク」ですか?どうして「危ない散歩」じゃいけないの?ウクライナ映画の The Tram No.9 Goes On が「ザ・トラム・No.9・ゴーズ・オン」って一体何が何だか分からんでしょう。「(市電の)9番電車は走り続ける」は駄目なの?「ザ・ドッグ・フー・ワ ズ・ア・キャット・インサイド」って冗談かと思ってしまう。「中身が猫だった犬の話」と訳して下さい。

以前の大会で、秋葉市長が閉会の挨拶を述べた時、最初は通訳に英語を任せていたが、訳せないところをすっとばしてしまうので市長自らが英語も喋りはじめた ことがある。前にも書いたが、秋葉市長の英語は非常に流ちょうだ。海外のプレスに直接英語で意志を伝えることができる市長を持っている広島市は大いに誇る べきだ。日本広しと言えども、市長・知事では彼くらいだろう。そんな市長の通訳だからこそあれではちょっとまずいと思ったが、作品名の日本語訳を担当して いる人も似たようなものかもしれない。私はアルバイトで翻訳や通訳をやったことが何度もあるので、その仕事の難しさは知っている。だからこそ、プロでやっ ている人はもうちょっとちゃんと仕事してもらいたい。

ただ、冷静に考えてみると片仮名翻訳にあたるものは、日本語から英語に翻訳される場合でも存在する。夏目漱石の『こころ』の英訳は Kokoro だし、黒沢明の『乱』は Ranと訳されている。だから、片仮名翻訳そのものに目くじらを立てるのは公平を欠いているかもしれない。メリル・ストリープ主演の Out of Africaが「愛と哀しみの果て」というように原題と全く無関係に翻訳されるよりましであるとも言える。しかし、問題なく日本語訳出来るのにかかわら ず、安易に片仮名訳をするのは納得行かない。広島アニメーションフェスティバルは何度も書くがアニメーション映画祭として世界でトップレベルなので世界中 から人が来ているのだ。作品名がなまった英語で「日本語訳」されていることはその人たちにばればれなのである。日本語を知らない彼らの何割かは、日本語っ て語彙が少ない貧しい言語だと誤解してしまうかもしれないではないか。事実はその反対で日本語ほど語彙が豊かな言語はそれほどないと言うのに。誇りある日 本人としてそのような誤解は絶対に避けたい。

次に印象に残った作品について順不同で感想を書きたい。体が一つしかないので観たい作品をすべて観ることなど不可能。だから、私が観ることが出来なかった 作品の中にもすばらしいものがたくさんあったことだろう。プログラムを眺めていると自分のように第一日目の午後から最後の日までほぼ全日程にわたって鑑賞 することが出来た恵まれた者でも上映された全作品のほんの一部分しか実際には観ていないという事実に気付き愕然とする。

Instinct, Rao Heidmets:エストニアの作品によく見られる超現実的な状況が作り出す寓話。ドイツの作品の Balanceと状況設定が似ているが話は全然違う。音楽がすばらしい。フラメンコギターにディジデュー。このような作品はアニメーション以外の方法では 絶対に表現できない。グランプリ確実(と勝手に思っている。)

Taps, Mathew Gravelle: 水道の蛇口が音楽を作る。笑いを誘う。

L'homme sans ombre, Georges Schwizgebel: 絵がよい。プログラムの解説を読まずに作品を見たので無理に深読みをしようとした。原作のお話は機会があったら読みたい。

Adrift, Inger Lise Hansen: 自然をインターバル撮影して作ったこのような作品は二番煎じで新味がないという人がいるかもしれない。しかし、そういう人は自然を知らんのだと思う。自然 はリアルタイムで眺めていても飽きない。膨大な情報が刻々変化しているから。それを巧妙に編集したこのような作品は飽きることがない。

Footnote, Pia Borg: Brothers Quay の影響が濃厚。これまた二番煎じだとけなす人がいるかもしれない。でも音楽がいいし、ダンスが好きな私は大歓迎。

Ascio, Philippon-Aginski Mathilde: 2D砂アニメ。ロバは水によって溶解される。水に見えたものは一体何なのだろうと最初思ったが、本物の水に違いない。緩やかな動きがよい。鼻をすりつける 癖があるロバに親しみを感じる。コンペ入りしてほしかった。

Kichen's Season, Gregory Duroy: 男と女の話で久里洋二に似ている。絵のスタイルも似ている。

Notice, Roelof van den Berg: 人生についての鋭い考察が簡潔に表現できてしまうところがアニメーションの真骨頂。人生では後追いで機会を逃すことが多い。しかし、死は必至であり、後追 い出来ない。見事な結末で論理的にあれ以外の結末は考えられないが、作家が記者会見で語ったところによると、結末を考えずに作品を作り始めたらしい。人生 とはそんなもんだろう。

Apple Colored Water, Saeko Akagi: 作家の経験に基づいていて活字でも表現できそうだが、短編小説では表現できないような味わいがある。夏の熱気が伝わってくる。

small Land Jazz, Yoshinao Sato: 日本の住宅環境がかなり劣悪であると日頃考えているので共感するが音楽がまずい。まずい音楽を意図的に使ったとしたら余計にまずい気がする。

One Door, Maya Yonesho: 米正万也さんの作品は好きだけれど音楽が今少し。効果音の中には違和感を感じるものがある(音量が大き過ぎる。)後で米正さんの説明を聞くとドアに近づく 時の音は心臓の鼓動なのかもしれないと思う。きっとそうだ。

The Old Fools, Ruth Lingford: 朗読される文章がよくできているので、アニメーション作家のオリジナルであるはずがないと思っていたら、豈計らずや、Philip Larkinの詩でした。見つけて読んでみよう。

Guard Dog, Bill Plympton:Bill Plympton の作品の中では出色の出来。よくまとまっている。邦題は「ガード・ドッグ」ですか?

The Demon, Shin Hosokawa:日本語の朗読がついた映画をこの国際アニメーション祭で見るのは嬉しい。話がよくできている(効果音には少し違和感を感じるものがあ る。)。山村さんの「頭山」が証明したように、世界に出ていくために日本語を捨てる必要はない。ことばが必要なら使えばいいのだ。その場合片仮名英語に侵 食されたのではない美しい日本語を聞きたい。

The Simpsons "Treehouse of Horror XIV": 余りにも有名なので広島のコンテストで見るのは違和感があるが、よく考えてみると日本では余り見る機会がないし、子ども大人も同時に楽しめるテレビシリー ズだ。どうして日本語に翻訳されて広く放映されないのだろうか。考えてみると不思議だ。

Jurannesic, Yann Avenati, et al.: アイデアが奇抜。

The Life, Jun-Ki Kim: トーテムポールを登り続けることが生きること。見ているだけで高所恐怖に襲われる。

Everyday by itself, Never together, Goran Trbuljak: ペン画と実写。世界には数え切れない出来事が同時に起こっているが互いに無関係に起こっている。

Platform, Jun Aoki, Atsushi Edo, Yusuke Koyanagi, Kenji Hachiyama: 抑圧されたサラリーマンがあんなちゃんばらごっこで鬱憤を晴らすことが出来ると面白いけれど世の中はそうなっていない。何故だろうと考えさせる。名刺が手 裏剣に使われるのは笑ってしまう。掃除のおばちゃんがサラリーマンをやっつけるのも楽しい。この作品は人形アニメ以外の方法では表現できないだろう。コン ペ最後を飾るだけの実力作。

Ryan, Chris Landreth: ノーマン・マクラレンに才能を見いだされ鮮烈なデビュを果たした、早熟のアニメーターRyan Larkinの人生に基づいている。酒と麻薬で廃人同様まで落ぶれ今は乞食をやって生活している(らしい。)実写に細工して強烈な映像を作っている。 Ryan Larkinの伝説化がこの映画によってさらに深められるのがいいのか悪いのか分からないが、強い印象を残す映画だ。Ryanがぶちまける不平不満は大な れ小なれすべてのアニメーターがこころの片隅に持っているもので、あのような形で彼に代弁してもらってカタルシスを感じる人もいると思う。

Mt. Head, Koji Yamamura: これは何度もビデオで観た。2002年の広島でみるチャンスがあったのにあまり面白くないギリシアの作家と一緒のプログラムだったので出てしまった。グラ ンプリ候補になるのは間違いない出来で、まあ広島という日本での映画祭なのだから審査員もこれに決めるのだろうと予想したら、その通りになった。この作品 の強みは語りがよく出来ていることだと思う。話は面白いし、映像もすばらしいが、それだけならグランプリを取るだけの作品にならなかったかもしれない。

Fish Never Sleep, Gaelle Denis:不眠症に悩む人が多いと新聞で読んだ。私はたまたまその問題を抱えていないけれどこの作品を観ると何となくわかる。それだけでなく今日の寿司 産業が世界的に巨大化しているという事実にも目を向けさせる。天然と養殖のネタの違いなんて普通の人は分からないくらいなのに、天然ものしか使わない高級 店はやたら高い。そのため、乱獲だけではなく、地下経済がからんで来ていると新聞でも報道されている。そんなやっかいな問題についても考えさせてしまう力 をこの作品は持っている。私は寿司が大好きだけれど、ここまで世界的に世界的に広まってしまうと、養殖技術に頼らざるを得ないと思う。

Oio, Simon Goulet:これは実は最後の3分ほどしか観ていないが色と模様に圧倒された。こういう抽象アニメは好きなので出来るだけ見逃さないようにしているのだ が、プログラムのスチル写真だけではどのような作品なのか予測できないことが多いので時々見逃すのは避けられない。
Karl and Marilyn, Priit Parn:この作家は大好きなので期待してみたが、今一つという感じがした。しかし、一回の上映では見逃す部分も多いと思うので、別の機会に観てみたい。

The Man without a Head, Juan Solanas: デートのために頭を新調する男。白人の醜男を黒人の美男子に。だが、問題が、、、結末は何となく奇妙だけれどある程度納得。

Lorenzo, Mike Gabriel: ディズニー作品。筆のタッチを3DCGに取り込むソフトをこの作品のためにプログラマと共同で作ったのだという。さすが、ディズニーは金があるなと思って しまう。しかし、市販されているソフトでは絶対実現できないのだろうか?ちょっと疑問だが技術的な知識に欠けるので何にも言えない。

Destino, Dominique Monfery: ダリがディズニーと共同製作したとは知らなかった。なかなかいい作品。

The Birdcage King, Christopher Magee: Bill PlymptonのGuard Dog とちょっと似ている権力者をめぐる寓話。

The Way, Min-Young Jung: 人形アニメ。コンペに残ってもいい位の出来。自殺。老年。重いテーマ。

Birthday Boy, Sejong Park: 三次元CG。戦争の無意味さと少年の無垢が対比されている。これもコンペに残すべきだったと思う。

The Animated Century, Adam Snyder, Irina Margolina: 世界のアニメーションの歴史を描いた93 分のアニメーション作品。勉強になる。ビデオを手に入れたい。

「冬の日」:これはビデオですでに観ているのでノルシュテインと川本さんの作品を観て外に出た。後ろの方で観るとスクリーンが小さくビデオで観ているのと 変わらないなという印象を持った。




copyrights Takashi Wakui