UIROT研9月例会のお知らせ

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シンポジウム
『語るもの/語りえぬもの
知鮖砲竜憶と文学叩

日時:9月24日(木)午後5時から
場所:名大言語文化部棟31番教室
提題者:鵜殿えりか氏(愛知県立大学)
    武田悠一氏(愛知学院大学)
    長畑明利氏(名古屋大学)
題:『語るもの/語りえぬもの知鮖砲竜憶と文学叩



《提題者レジュメ》

 1989年の Hayden White と Carlo Ginzburg との歴史認識論争を経て、1990年代のアメリカでは、Shoshana Felman と D. Laub 著 Testimony (1992)、M. Cooke 他編 Gendering War Talk (1993)、C Caruth 編 Trauma (1995)、PMLA の証言特集 (1996) など、歴史・記憶・証言・人種・ジェンダーをキーワードとする議論がさかんに展開されました。同じ時期、日本でも、従軍慰安婦問題、SHOAH 公開とユダヤ人問題の再考、「歴史主体論争」、「自由主義史観」の登場などを背景に、小森・高橋編『ナショナル・ヒストリーを超えて』(1998) をはじめ、上記の問題への関心を示す著書・論文が数多く出版されています。

 このような90年代の状況を踏まえ、このシンポジウムでは、アメリカ文学を研究対象とする3人が、歴史の記憶と文学における表象について考察します。絶滅収容所に送られたユダヤ人、ヒロシマ・ナガサキの被爆者、海に沈んだ黒人奴隷、従軍慰安婦 -- これら歴史の記憶に包含されない者たちの声、物語ることの絶対的不可能性の故につねに徹頭徹尾私たちの現在からすり抜けてゆく声、つまり歴史の他者たちの声を、文学・批評がどのように現前化することができるのか、あるいはできないのか、講師がそれぞれの立場から論じます。具体的には、鵜殿が、Toni Morrison の Beloved を軸に、民族・国家に収斂しない、奴隷制の衝撃につねに立ち戻る語りの可能性について、武田が、脱構築批評の中心的存在であった Paul de Man のナチ関与事件と上記 Felman の SHOAH 論を手がかりに、「証言の不可能性」と「証言の必要性」について、長畑が、ヒロシマ・ナガサキ後50年に相前後して起こった架空の被爆者詩人 Araki Yasusada の hoax を題材に、「他者としての」証言可能性について語る予定です。

 なおこのシンポジウムは、今年10月の日本アメリカ文学会全国大会において高橋哲哉氏を交えて行われる同名のシンポジウムのいわば前哨戦です。専門を異にする多くの方々と有意義な意見交換ができますよう期待しています。

《事務室より》



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