書評
杉崎 和子 著『カリフォルニアを目指せ − 幌馬車隊三二〇〇キロの旅』
(彩流社 2004 年 1 月 pp. 269 ¥2,625)

 著者杉崎和子氏は, 本書の冒頭で, 自身がよく知る南カリフォルニア周辺での経験を語る。 「ロスアンゼルスのような大都会からでも車で二時間も走ると, 大地が乾ききった乾燥地帯に入る。 そして, なかなかその砂漠から抜け出せない。 つい最近, そんな乾燥地帯を走っていて, 古ぼけた大型トレーラーがポツンと一台だけ停まっているのを見た。 人が住んでいる様子である。 『あれはきっとホームステッドだ』 と西部の歴史に詳しい友人は言う。 政府所有地に入植して 5 年間住み続け, 土地を改善すれば, その土地が入植者に与えられるという 1862 年に成立した 『ホームステッド法』 がいまだに生きていて, こうして砂漠の真ん中に入植する人もいるらしい」 というのである。 アナイス・ニンの研究で知られたアメリカ文学研究者である著者が, なぜアメリカ合衆国が現在の国土となるずっと前のフロンティアの時代に, land of milk and honey を目指して西へと移動を続ける幌馬車隊の旅に興味を持たれたのか。 それは在米中のこのような経験と, それまでの氏の女性作家研究とがここで交差したのに違いない。 男たちの夢に同行した女たちの現実に向き合いたいという衝動の動機は次のように述べられる。 「現代の我々の生活は, あまりに便利になりすぎている。 原初の自然から, かけ離れすぎている。 たかだか一世紀半昔でしかないというのに, 1840 年代, 北米大陸を西へ, 西へと歩いていったパイオニアたちの旅には, 便利さのかけらもなかった。 そもそもが無鉄砲な旅のようであった。 が, 彼らはやり通した。 一体彼らの原動力はなんだったのか。 強靭な肉体と不屈な精神力を持った彼ら, フロンティアの男や女たちに, 出会ってみたいと思った。 出会って, できることなら, 親しく彼らの物語を聞いてみたいと思った。 それが, この本を書きたかった動機の一つである。」 (6)
 本書の構成は, 人びと (男たち) をカリフォルニアへと駆り立てた 19 世紀前半の歴史的背景を述べる第一部と, 1846 年にカリフォルニアを目指して幌馬車隊に加わった医者の妻 (実在の人物ではなく, 様々な手記や日記, 手紙などの断片を残した 「幾多の女性たちの分身が集まって誕生した人格であり, 1846 年の陸路を西へ旅した女たちの平均的な一人」) リン・カーストンによって語られる日記形式の第二部からなる。
 著者は, 1846 年という年にことのほかこだわる。 スペイン, メキシコ, アメリカと統治者を変えながらあらゆる人々にとって楽園であり続けるカリフォルニアが, 1849 年のゴールドラッシュに沸く前の時代, 即ち陸路では幌馬車隊でしか西へ行く手段のない時代である。 1837 年から 1840 年まで続いた経済恐慌のために農産物の価格が暴落し, 苦しい生活を強いられた農夫にとって, 四季を通じて温和な気候で肥沃な土地がほとんど無償で手に入るカリフォルニアは文字通り 「楽園」 であったし, ふるえ病 (マラリア) がないとか, 結核を病んでいた男が旅の途中ですっかり元気になってしまったとか, カリフォルニアの噂は人の口を介して伝えられる。 男たちはあてにならない話 (実際まことしやかに書かれたパンフレットもほとんどがほら話であったという) やいい加減な地図に夢とロマンを見出し, 6 ヶ月を超える長旅に妻や幼い子供たちを伴って無謀な旅に出る。 東部の法と秩序の届かない地域に行こうとする者, キリスト教布教活動, 医療奉仕, 僻地での教育活動などの高邁な理想が動機の移住者や, 結婚相手を探しに行く女性もいたが, 2000 マイルの陸路の旅に出た女たちの多くは 「自分の意思でというより, 夫, 父親, 兄, あるいは息子たちの意思に従った。」 そこで著者が最も興味を持った旅の途中の女たちの暮らしぶりが体験記や旅日誌を含むふんだんな資料をもとに実在の探検家や先住民を登場させながら平易なことばで綴られる。 毎日の炊事, 洗濯, 子供たちの世話, お産, 死……。 これは女性の存在なくしては実現できなかった旅の物語である。
 ところで 「リン・カーストン」 は 「西へ旅した平均的な一人」 を代表すると著者は言う。 しかし彼女のように幌馬車隊 2000 マイルの旅を歩いて 「完結」 させることは決して 「平均的」 な結末ではなかった。 一緒に旅した幌馬車隊の他の人々が, 病気やお産, 厳しい自然の前に次々に命を落としていく中, カリフォルニアに辿り着くこと自体が, むしろ奇跡に近かったとさえ思えてくる。 しかも当時 6 ヶ月の旅に耐えうる幌馬車に十分な装備と食料を詰め込み, 家畜や同行者を用意して挑む西海岸への旅に自ら参加できる者は限られた, 恵まれた人々であったのに違いない。 読後, リンの出自, 彼女の ethnic identity が妙に気になり始めた。 「リン」 の物語がさらに語られるとしたら興味深い。
(評者:佐々木裕美)

2005.3.29