書評
古口 博之 著 Essays on Wallace Stevens

(三恵社 2003 年 12 月 pp. 146 ¥2,500)


 本書のタイトルが示すとおり, ここには Wallace Stevens の作品についての筆者の英文でのエッセー 5 つがおさめられている。 エッセーのタイトルとして取り上げられている詩集は第一詩集 Harmonium (1931) から, Ideas of Order (1936), The Man with the Blue Guitar (1937), そして第 4 詩集の Parts of the World (1942) にわたる。
 実際のエッセーのタイトルは, 第 1 章から第 4 章までが "'A scholar of darkness': Dark Stevens in Harmonium", "Stevens's Vision of Order in Ideas of Order", "Stevens' Thrush Song in The Man with the Blue Guitar", "Human and Inhuman Worlds in Parts of a World" である。 第 5 章では詩人の創作の根底にあった詩の形式について概観して, タイトルを "The Development of Pure Poetry" とし, Transport to Summer (1947) や The Auroras of Autumn (1950) におさめられた作品までを論じている。 詩人が亡くなったのは 1955 年なので, 本書では詩集を出版年順に生涯にわたりほぼ網羅していることになる。
 Stevens の作品は非論理的で難解なことで有名なのだが, その難解さにどのように対処すべきなのかが本書の出だしに明示されている。 それは作品のテーマとして取り上げられることばと同時に, もう一方の極にあることばや意味に注意を向けることである。 たとえば, 光が取り上げられれば闇の存在を, 地上が取り上げられていれば天上の存在を意識することで, 作品の非論理性の中に論理を見いだすことができるのである。
 第 1 章では, 詩人の闇の世界を光の世界との対象によって浮き上がらせている。 筆者は写真術の比喩を使って詩人の闇を位置づける。 日常世界は光となって, カメラ内の暗部へ達し, そこでの化学反応によりフィルムに焼き付けられる。 おなじように, 詩人の日常を光=ポジの世界とすると, それが詩人の心の闇=ネガへ達して, そこに詩人のイマジネーションが加わり化学反応をおこし作品となる。 この光と闇の関係はイマジネーションにより常に変化する。 Stevens のイマジネーションにより, 日常世界が焼き付けられたネガ的作品を読者は鑑賞するのだ。
 第 2 章で取り上げられた "order" は, "disorder" と対照される。 日常の人間世界の 「混沌」 を, 詩人のイマジネーションが 「秩序」 へと移し替える。 日常の混沌が豊穣であるほど, 詩的秩序を生み出すエネルギーが高まる。 ところで, この二つのテーマも光と闇とおなじように二項対立する考えで, 一方が存在するために他方の存在を必要とする。 筆者はこの二項対立する概念を円環的関係として捉えようとする。 例えば, 混沌が秩序になっても, その秩序は混沌へと再び変わってしまうような関係なのだ。 絶えざる変化があるからこそ詩人は創作し続けるのだ。
 第 3 章では, 詩人のイマジネーションの源泉を過去, 現在の文化のなかに位置づける。 ヨーロッパのダンテ, シェークスピア, シェリー, キーツの影響を作品に見いだす。 また, Stevens をアメリカ詩人として, エマソンを祖父に, ホイットマンとディキンソンを父母にする系譜の中に位置づけている。 あまり多くふれられないが, 詩人がアフリカのプリミティブな死のイメージを作品に持ち込むことで, 手垢の付いていない生のイメージを生み出そうとすることが指摘されている。 この点については今後の筆者の研究でより詳しく紹介していただけることを期待する。
 第 4 章でも対立概念である "physical" と "metaphysical" な概念が取り上げられる。 ここでも結局日常世界と心の世界が対比され, 詩作=イマジネーションが日常世界に意義深い提案をできることが例証される。
 第 5 章はフランス象徴派詩人達が生み出した理想の詩, 「純粋詩」 を, Stevens も追求したことが語られる。 これは詩に具体的な意味や教訓を見いだす必要はなく, 抽象絵画や音楽のような気分や雰囲気を, ことばによって表現しようとする姿勢のことでもあろう。 筆者はことばの意味的な解釈を論理的に連ね, 「純粋詩」 を語る。 しかし, その作業によって作品から美を抽出することは難しいように思えた。 フランスの画家, クロード・ロランの作品と Stevens の作品との関係への言及もあったが, 絵画の美をことばで表現し得ているのかどうかを, Stevens 作品の音, リズム, 意味の連想の広がりなどを融合し, その思いがけない到達点も示していただきたかった。 この点を存分に明らかにした筆者の論を次回に待ちたい。
(評者:坂本季詩雄)

2005.3.29