「魂」の信仰――エマソンの

「超越的」神概念の形成と発展――

高梨 良夫

 

I. "The Divinity School Address" とその波紋

 Ralph Waldo Emerson (1803-82) は1832年10月、Boston の第二教会の牧師職を辞任し、新進の講演者、思想家、著術家としての道を歩み始めていた。しかしながらエマソンの牧師職辞任は、キリスト教の教義というよりは、むしろ形骸化し、宗教的情熱が薄れてしまった、教会制度及び牧師職に対する疑念に起因するものであった。彼はこの当時、自らの内面においては、Orthodox Christianityの教義と自らの思想とが一致するものではないことを意識してはいたが、彼の宗教的立場は正確には、 "orthodox" と "unorthodox," ユニテリアンと「超越主義者」(Transcendentalist) との間の中間的で曖昧なものであった1。彼の宗教思想が、正統的キリスト教の教義から離脱したものになっていることが、世間の人々の目にも明白なものになったのは、牧師職辞任から約6年後の1838年7月15日、Harvard の Divinity School の卒業予定者のクラスに対して行なった "The Divinity School Address" である。この講演の一部に、"The soul is not preached. The Church seems to totter to its fall, almost all life extinct." (CW, I, 84) という言葉に代表されるような、教会制度を忌憚なく批判した部分があったために、彼自身が当初は予想もしていなかったような、神学部教授達からの激しい反発を招く結果となり、これを契機にユニテリアンは、ユニテリアン正統派と「超越主義者」と称される一派とに分裂することが決定的となった。

 まず神学部元教授の Andrews Norton は、講演中の "man's life is a miracle." (CW, I, 81) という表現に代表される、「一般啓示」を認容し、超自然的な「特別啓示」を否定したものと解釈出来る、エマソンの異端的な「奇跡」観を激烈に批判した。彼はさらに、啓示自体が奇跡であり、また神によってただ一人特別に選ばれた神の子イエス・キリストの、救済者としての "miraculous" な権威を否定してしまうならば、キリスト教信仰の根底自体が崩壊してしまうと断言した2。彼は「神学部講演」において表明されている、神の「内在」と「遍在」を説き、さらに自然万物が神の「不断の啓示」であるとする、自然神秘主義思想、「心霊的」宗教に特徴的に見出される、"antinomian" な教義の持つ危険性にいち早く気づいていた。

 さらにノートンとは別の角度から、ユニテリアンにとっては奇跡よりも一層微妙な問題をめぐって、温厚な態度で批判を加えたのは、第二教会のエマソンの前任牧師で、当時神学部教授であり、ノートンと同様にユニテリアン教会を代表する人物の一人 Henry Ware, Jr. であった。ウェアはエマソンが第二教会の副牧師に就任した当時から既に、エマソンのリベラルな宗教観と異端的傾向に強い懸念を抱き、聖書に忠実に基づいた説教を心懸けるようにと忠告を与えていた (L, I, 273)。彼は講演のなかの次の一節に異議を唱えた。 

In thus contemplating Jesus, we become very sensible of the first defect of historical Christianity. Historical Christianity has fallen into the error that corrupts all attempts to communicate religion. As it appears to us, and as it has appeared for ages, it is not the doctrine of the soul, but an exaggeration of the personal, the positive, the ritual. It has dwelt, it dwells, with noxious exaggeration about the person of Jesus. The soul knows no persons. It invites every man to expand to the full circle of the universe.... (CW, I, 82) 

ウェアは1838年9月23日に神学部で, "The Personality of the Deity" と題する説教を試み、エマソンの "The soul knows no persons." という表現をめぐって批判を加え、神の「人格」性を否定することは無神論 (atheism) に通ずるものであると主張した (Cabot, I, 338-39)。ウェアの批判を通じて、エマソンが抱きつつあった神概念が、「歴史的キリスト教」の本源的基盤となっている「人格的」神概念から離脱した、"impersonal" な傾向を示すものに接近しつつあったことが理解できる。

 さらに上記の引用文中には「魂の教義」 (the doctrine of the soul) という注目に値する表現も見られ、エマソンの思想が、特別啓示(すなわち奇跡)の否定、人格的神概念からの離脱などといった、「歴史的キリスト教」の根本的教義と相対立する方向へ向かったのは、彼がイエス・キリスト、聖書、さらにユニテリアンの教会組織・教義よりは、むしろ「魂」に対する信仰を自らの宗教思想の本源的基盤としつつあったためであることが容易に理解出来る。実際「神学部講演」の顕著な特徴は、「魂」と「教会」とを対比させて語り、「魂」を宗教的活力の源泉として強調している点にある。

 本稿では、「魂」に関するエマソンの考えに焦点を当てることによって、彼独特の "Transcendental" な神概念の形成と展開について、主に講演と日記の記述に基づいて考察を試みる。講演と日記には、年月日が克明に記されていて、これらは彼の内面における思想形成の実相を追跡するのには格好の資料文献となっている。   

           

II. 「魂」の教義 

 1836年9月出版の『自然』(Nature) において一貫して表明されているエマソンの思想の根本的原理は、自然は精神の「象徴」(symbol) であり、「顕現」であるという "Transcendental" な考えである。これは本来異なる領域に属すると考えられている精神と自然、超感覚的世界と感覚的世界、創造主と被造物とが連続し、さらに宇宙の森羅万象が相互に「類似」(analogy)、「照応」(correspondence) の関係にあるという、二元論を克服した思想を基盤としている。精神と自然という異なる二つの領域を結び付けるためには、両者の中間に位置し、両者を媒介する働きを担う存在が必要となる。それがエマソンにおいては「魂」である。「魂」という概念はキリスト教のものではあるが、宇宙万物にまで拡大された「魂」という概念は、古代ギリシャ以来のものであり、エマソンがプラトン哲学や新プラトン主義から採用したものである。こうした宇宙を「マクロコスモス」、人間を「ミクロコスモス」とみなす考えは、言うまでもなく、精神と自然とを完全に異なる原理に属するとみなす二元論に基づいた、近世以来の自然科学の思想潮流とは背反するものである。また正統的なピューリタン・キリスト教の教義においては、超越的・天上的世界と世俗的・地上的世界とを結び付けるのは、神によって唯一人特別に選ばれ、超自然的な「救済者」としての権威を与えられた、神の子イエス・キリストの「恩寵」を通じてのみであり、救済は一方的に神の側から行われる。

 それに対して「魂」は、神性が顕現するための「場」や「器」としての役割を果たすものと考えられている。エマソンの原点は、神が自らの「魂」の内奥に顕れるという宗教的体験を持ったことにあり、それを彼は「内なる神」(God-within) と呼んだ3。これによってあくまでも人間を中心としながらも、神、自然とも協同する、制度的宗教に代わる人間道徳、倫理の領域が開かれる。正統的キリスト教の教義が、<霊魂>と<肉体>という異なる二元を基盤としているのに対して、エマソンの宗教観は、<精神>―<魂>―<自然>という連続していながらも異質の三相を基盤とする一元論に立脚し、そのなかでもとりわけ中間的な相である「魂」の領域を重視したものである。彼の超越主義とはすなわち、相矛盾する一神論と汎神論、啓示宗教と自然宗教、超自然主義と自然主義とを再統合しようとする、新たな思想上の試みであった、とも言えるであろう。

 ところでエマソンの「魂」とは、心身を備えた「自己」(Self) という人間存在の総体である。それは理性、意志、感情、意識、想像力、言語などのさまざまな人間の持つ精神的諸能力が働く内面的空間である。「魂」は神と人間、人間と自然とが相互に交流することの出来る場であり、そこでは "moral law" と "natural law" との「照応」という、エマソン思想の根本原理の実現が可能となる。"Man is the point wherein matter and spirit meet and marry." (JMN, V, 187) と彼が記しているように、人間の魂は、自然万物の中心に位置し、精神界と自然界の双方につながってゆく関係の「要」、「結節点」としての役割を果たしている。 

 

III. "impersonal" な神概念の形成

 エマソンの講演や日記の文章を綿密に読んでみると、神の「人格」性に対する独自の考えは、「神学部講演」以前から既に形成されつつあったことが読みとれる。まず「神学部講演」が行われる直前の1837年12月から38年2月にかけて、ボストンで行われた連続講演「人間の教養」("Human Culture") のなかの「神聖さ」('Holiness,' EL, II, 340-56) と題する講演に注目してみたい。「英雄的資質」('Heroism') と二つで一組となっているこの講演のなかでエマソンは、"holiness" と "heroism" との相違を明確にしようと試みている。まず彼は "heroism" とは "the life of souls of great activity" であり、"a concentration and exaltation of the Individual" であって、人間の持っている "individual nature" に最大限に依存するものであるのに対して、"holiness" は "individual nature" の限界を強く自覚し、人間のもう一つの側面である "universal nature" と一体化しようとする、より高次元で、本質的な「自己」に近づいた「魂」の状態である、と述べる。

 この時期のエマソンの思想の特質は、「自己信頼」(Self-Reliance) と「内なる神」(God-within) という彼独特の二つの教義に代表的に示されている。そして "Self-Reliance" が "heroism" に通じ、個人の主観性を極限まで追求するものであるのに対して、 "God-within" は "holiness" に通じ、個人を越えた「魂」に本源的に備わる、普遍的な神性を志向するものとして定義されている。それ故 "holiness" に通ずる「内なる神」という神概念には、明確な「個人性」(Individuality) の自覚から出発しながらも、個人的特性を超克した普遍的、統一的な神的原理を希求しようとする、エマソンの思想に独特の二重構造が存在している。したがって "impersonal" は「非人格的」というよりは、「超人格的」または「超個人的」と解されるべきである4。 "holiness" とは普遍的、根源的存在が、有限の存在である人間の魂のなかに流入した道徳的完成を示す心的状態であり、普遍者と一体化するために必要なことは、「道徳感覚」(moral sense) に基づき、"personal" な次元を越えた "universal" な次元を志向しつつ、「自己」を「放棄」することによって、個人性から脱却してゆくことになる。このようにエマソンは、"heroism" と "self-trust" とを結び付けるのに対し、"holiness" と "self-surrender" とを結び付けている。

 ところでエマソンがいつ頃からこうした "impersonal" な神概念を自覚し始めたのかを探ってみると、『自然』出版直前の1836年6月17日の日記に、次のような記述を見出す。 

A fact we said was the terminus of spirit. A man, I, am the remote circumference, the skirt, the thin suburb or frontier post of God but go inward & I find the ocean; I lose my individuality in its waves. God is Unity, but always works in variety. I go inward until I find Unity universal, that Is before the World was; I come outward to this body a point of variety. (JMN, V,177) 

この引用文は『自然』において、 "I become a transparent eye-ball." (CW, I, 10) という表現で語られている、有名な神との合一体験とも呼応している。それ故エマソンが "individuality," "personality" から脱却した神概念を明白な形で表明し始めるのは、『自然』出版前後からであると考えられる。日記の記述を探ってゆくと、この頃から1838年の「神学部講演」にかけての期間中には、彼の "impersonal" な神概念がさらに明白な形で述べられているのに気がつく。 

The victory is won as soon as any soul has learned always to take sides with Reason against himself; to translate his Me from his person, his name, his interests, back upon Truth & Justice... (JMN, V, 391, 1837年10月8日) 

I deny Personality to God because it is too little not too much. Life, personal life is faint & cold to the energy of God. For Reason & Love & Beauty, or, that which is all these, is the life of life, the reason of reason, the love of love. (Ibid., 467, 1838年3月24日) 

 神概念が「超人格的」なものになってゆくということは、神を「主」(Lord) ではなく「法」(Law) としてとらえ始めたことを意味している。エマソンは1838年3月26日の日記に、 

I tell men when I find in my consciousness.... I report to them from my thought how little we know of God, and they reply "We think you have no Father. We love to address the Father." Yes, I say, but the Father is a convenient name & image to the affections; but drop all images if you wish to come at the elements of your thought & use as mathematical words as you can.... We must come back to our initial stage & see & own that we have yet beheld but the first ray of Being. (Ibid., 468)  

と記しており、自らの抱いていた本源的、普遍的な神概念を "Father" という名称を用いて示すことは、必ずしも適当ではないことを明言している。エマソンの神概念の特徴は、 "It is ... God only within that worships God of the Universe." (JMN, III, 213, 1830年12月10日) という日記の記述に代表されるように、「内なる神」に対する信仰が「宇宙の神」に対する信仰と同一化してゆくことにある。そして精神界と自然界の双方に統一的、普遍的に適用出来るものとして見い出した "Unity universal" としての神的原理は、人格的な "Father" ではなく、超人格的な "Law" であった5。「神学部講演」を注意深く読むと、エマソンが繰り返し述べていることは、究極的原理が、万物に内在しているロゴス (logos) 的原理としての「法」である、ということに容易に気がつく。 

But the moment the mind opens, and reveals the laws which traverse the universe, and make things what they are ... (CW, I, 76) 

Having seen that the law in us is commanding, he (Jesus) would not suffer it to be commanded. Boldly, with hand, and heart, and life, he declared it was God. (Ibid., 81) 

彼の説く「法」とは、精神界とは明確に区別される無機的、機械的な自然界を支配している、力学上の因果の法則に基づく自然法則のことではない。ロゴスの元来の意味は「束ねるもの」であり、それはストア哲学におけるように、宇宙を支配し、自然とも調和する普遍的な理性であり、また同時に永久的な道徳的原理でもある。そして正統的キリスト教の神概念から離脱した「法」としての超人格的な神概念は、「償い」(Compensation) という彼独特の概念に発展してゆく。またこれは「徳性」(moral) をも含包する、「理性」(Reason) というコウルリッジから採用した概念とも、直接的に結び付いてゆくことになる。

 

IV. "The Over-Soul"  

 エマソン独特の「魂」に対する信仰と「超人格的」な神概念は、「大霊」という日本語訳が与えられている、 "the Over-Soul" という彼の神に対する呼称に最も象徴的に示されている。「大霊」論が展開されているのは、1841年3月に出版された Essays: First Series に収録された "The Over-Soul" というエッセイにおいてであることは言うまでもない。しかし例えば1836年から37年にかけて行われた「歴史の哲学」("Philosophy of History") についての連続講演のなかの「宗教」('Religion')、さらに1838年から39年にかけて行われた「人間生活」("Human Life") についての連続講演のなかの、「魂の教義」('The Doctrine of the Soul')、「修養」('The School') などの講演原稿を注意深く読んでみると、エッセイ "The Over-Soul" の内容の核心的な部分は既に提示されていることが解る。したがって "impersonal" な神概念の形成と同時平行して、『自然』出版から「神学部講演」を試みる頃までの期間中に、"the Over-Soul" という呼称はまだ使用されてはいなかったとはいえ、エマソン独特の超越的神概念は既に形成されていたと考えることが出来る。

 F. I. Carpenterは、"the Over-Soul" という呼称は、『バガヴァッド・ギータ』のなかで使われている、"superior soul" 又は "above soul" を意味する "Adhyaman" からエマソンが採用したと一般には考えられていて、ヒンズー哲学が彼に与えた大きな影響について述べられることが多いが、彼が実際に『バガヴァッド・ギータ』を読んだのは1845年になってからのことで、『エッセイ集:第一集』が出版されたのは1841年であるから、"the Over-Soul" という呼称はエマソンが自ら造ったものと考えられる、と述べている (Carpenter 77, 122, さらに Christy 63-183)。それ故 "the Over-Soul" は、エマソンが思想形成期において強い影響下にあった、プラトン哲学や、魂の流出 (emanation) 説を根本的教義とする新プラトン主義の「世界霊」(World Soul) 又は「普遍霊」(Universal Soul) からの造語であると考えられる。もっとも流出説は元来インド思想に起源を持つものであるから、詩 "Brahma" (W, IX, 195) に代表されるように、彼が後年ヒンズー哲学に親近感を抱き、自らの思想との類似性を自覚するようになっていったのも自然のなりゆきであった。

 エマソンは絶対的、超絶的な存在としての人格以前の「神性」であることを示すために "Godhead" (EL, II, 90)という語を用い、"Father" を暗示する人格的な神 "God" とは区別するようになっていった。彼は "God" を見失い、"Godhead" を見出したのである。そして彼は "Godhead" と人間の魂との間に "the Over-Soul" という「超人格的」な神概念を置いた。 "the Over-Soul" という呼称には、それが人間、さらには自然から「超絶」して存在する超自然的な絶対者ではなく、人間の自己意識の頂点が神となり得る可能性が意図的に示されている。したがって有限の人間個人の魂である "soul" と、個々の魂を「超越」した "the Over-Soul" との間には、本源的な断絶は存在しない。それはピューリタニズムの教義におけるような、創造主と被造物との関係ではない。

 "the Over-Soul" の "over" を「超越する」という意味に解したが、それは「自己」からの超越ではなく、「自己」の中への超越である。彼の神概念の基盤はあくまでも「人格」を備えた「自己」にある。既に述べたように、エマソンの神概念の特徴は、「自己」から超絶するのではなく、「自己」を基盤としつつ「自己」を超克してゆく、という二重構造を持っている点にある。すなわち彼の神は、「内在」する神であると同時に「超越」する神でもある、と言えるであろう。 

 

V. "A Beneficent Tendency"  

 エマソンの超人格的な神概念は、彼の後期の思想においては、「一筋の偉大な慈愛に満ちた動き」("a great and beneficent tendency") と呼ばれるものに発展していった。 "the Over-Soul" は、エマソンが超越主義思想を展開していた時期に到達した、超人格的神概念を象徴的に示すものであるが、"the sources of nature are in his own mind..." (W, II, 294) とあるように、「自己」中心的な思想が色濃く投影されていた。「自己」を超越した「宇宙の神」を希求しながらも、「自己」の精神に内在する「内なる神」に対する信仰が中心的な位意を占めていた。しかしながら "Beneficent Tendency" という神概念は、「内なる神」よりはむしろ「宇宙の神」の善意と慈愛に対する信仰に立脚している。"Beneficent Tendency" という表現が最初に現われるのは、1849年12月に出版された『代表的人物』(Representative Men) に収録された「懐疑に生きる人――モンテーニュ」("Montaigne, or the Skeptic") というエッセイの結末の次の部分であるが、これは実際には1846年1月1日に行われた講演の内容に基づいている。 

The expansive nature of truth comes to our succor, elastic, not to be surrounded. Man helps himself by larger generalizations.... Things seem to say one thing, and say the reverse. The appearance is immoral; the result is moral. Things seem to tend downward, to justify despondency, to promote rogues, to defeat the just; and by knaves as by martyrs the just cause is carried forward.... But the world-spirit is a good swimmer, and storms and waves cannot drown him. He snaps his fingers at laws: and so, throughout history, heaven seems to affect low and poor means. Through the years and the centuries, through evil agents, through toys and atoms, a great beneficent tendency irresistibly streams. (W, IV, 185-86) 

 このようにエマソンの神概念が、個人的なものから全体的なものに信仰の基盤を置くように変化したのは、彼の自然観の変化と密接に関係している。彼の超越主義的自然観は、1836年出版の『自然』に始まり、1841年出版の『エッセイ集:第一集』で頂点に達した。その後進化思想の影響を受けることによって、彼の自然観は次第に進化論的な傾向を顕著に示すようになってゆく。それは1841年8月11日に行われた講演「自然の方法」("The Method of Nature") と、1844年出版の『エッセイ集:第二集』に収録されたエッセイ「自然」("Nature") に示されている。超越主義的自然観においては、「魂」は「自己」に内在し、自然は「自己」の精神が具体的な形態をとって現われ出たものとさえ考えられていた。しかしながら進化論的自然観においては、「魂」はむしろ自然に内在し、人間は自然の一部として「魂」に関与すると考えられるようになった (Whicher 141)。

  "Tendency" という語は、エマソンが神を、成長発展し、流動変化する「生命」、「力」としてとらえていることを象徴的に示している。進化思想を受け入れつつあった彼の自然観は、『自然』においてみられるように、自然を万物の階梯とみる「照応」の教義に基づいた静的な自然観から、自然はより高次な段階をめざす不断の進化であり、「変移」(metamorphosis)、「流動」(flux) であると考える、より動的な自然観に推移していた。既に超越主義思想を展開した時期からエマソンは、「魂」を生命的原理としてとらえ、それ故 "the Over-Soul" は、精神と自然、主体と客体とが包括され、統一された、偉大な「力」の根源、すなわち根源的「生命」として考えられていた。進化論的自然観を抱くに至った彼は、人間の精神よりもむしろ自然の最奥部に、生命の不断の流れと永遠に尽きることのない活力をみてとった。こうした永遠に生成し、流動を続ける神は、「河」や「瀑布」のイメージでとらえられている (W, IX, 248)。

 このようにして "Father" としての人格的神概念から脱却し、"the Over-Soul" という超人格的な神概念を抱くようになったエマソンは、さらにミクロコスモスとしての人間の「魂」の領域を越えて、マクロコスモス(=大人間)としての「魂」、すなわち宇宙的大自然と同一化してゆく神概念に接近する傾向を示すようになり、超越主義的な「自己」中心的思想からも脱却してゆくのである。 

*本稿の構想は、日本英文学会中部地方支部第46回大会(1994年10月)での口頭発表「エマソンの神概念」を機会に生まれたが、その後大幅に修正、加筆を施した。
 また本稿執筆に際して、平成11年度文部省科学研究費補助金[基盤研究(C)(2)]を受けている。
 

 

Notes

1  エマソンの牧師時代における思想形成、また牧師職辞任については、Bishop, Robinson, Whicherなど、さらに拙論「牧師から講演者へ――エマソンの説教を中心とした考察――」『アメリカ研究』33号 (1999年)、115−33頁を参照。

2 ノートンは、1838年8月27日付の The Boston Daily Advertiser 紙に匿名の論文を掲げ、さらに翌39年7月19日には、Divinity Schoolの同窓会において、 "A Discourse on the Latest Form of Infidelity" と題する講演を試み、エマソンを批判した (Miller 193-96, 210-13)。

3  JMN, III, 186 (1830年6月2日); "Trust Yourself," Sermon No. 90, CS, II, 263-67 (1830年10月3日講演); 1831年7月6日に記された「汝自らを知れ」("Gnothi Seauton")と題された詩 (JMN, III, 290-95) などには、エマソンが神との合一体験を持ったことを示唆する記述がみられる。さらに1833年7月13日の日記 (JMN, IV, 199−200) には、彼がパリの動植物園で、自然界と人間精神との「照応」についての啓示を得、神秘的な体験を持ったという有名な記述がみられる。

4 キャボットは、 "Emerson's denial of God's personality was only an affirmation of the infinitude of his nature, transcending all the efforts of human imagination and understanding to compass and express it." (Memoir, I, 343) と述べ、エマソンが用いる "impersonal" は、"superpersonal" とほとんど同義であることを示唆している。さらに1860年に出版されたThe Conduct of Life の中の一篇 "Worship" の結びで、エマソンは自らの究極の拠所とすべき存在を "the nameless Thought, the nameless Power, the super-personal Heart" と表現している (W, VI, 241)。

5  エマソンは、1828年7月28日の日記に、"a child is connected to the womb of its mother by a cord from the naval. So it seems to me is man connected to God by his conscience." (JMN, III, 139) と記しており、人間の魂を胎児、神を子宮のイメージでとらえている。このようにエマソンの神概念は早い時期から、父性的なものから母性的なもの、あるいは後に「極性」(Polarity) という概念と結びついてゆくことによって、男女両性的なものへと転換しつつあった。 

 

Works Cited

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