■シェイクスピア『十二夜』The Twelfth Nightについて

 

■テキスト

 

 

■質問(161125

1 この劇世界には、船長と海賊という生業の人々もいるが、特権階級(オーシーノ、オリヴィア、トービー、ヴァイオラ、セバスチャン)と、彼らに仕える比較的身分の低い階級の二種類がある。ヴァイオラは紳士の娘でありながら、オーシーノに召使として奉公に入る。召使は、主人から重用され、愛顧を受けねばならない。主人から目を掛けられないというのは、身分の安定と出世は見込めないということである。シザーリオ(実はヴァイオラ)は、奉公するようになってすぐ主人の寵愛を受ける。シザーリオとしての働きぶりと特徴に注目し、議論してみよう。

 

参考:公爵 (セバスチャンについて)「うろたえることはない、これは立派な血筋の男だ。」(五幕一場)

 

2 一幕三場のトービーとアンドルーとの会話、また一幕五場の道化とマライアとの会話は、冗談や言葉遊びや、すぐには意味が通りにくい表現やらで、なっている。これらは、恋のプロットにも、懲らしめのプロットにも関係がない。むしろ、それらから注意を逸らせ、それらの進展のスピードを鈍らせる。このようなシークエンスはどのように捉えるべきなのか

 

3 シザーリオはオーシーノへの愛を直接告白することができない。またマライアの計画では、オリヴィアはマルヴォーリオへの愛を直接には告白することができない前提になっている。ところが、三幕一場で、オリヴィアはシザーリオに愛を告白する。「告白できない」とする規範はどのようなものとして想定されているのか。

 

4 二つのプロット、すなわち、シザーリオを中心にしたプロットと、トービーらのプロットはどのように関係するのか。例えば、マルヴォーリオいじめとアンドルーの決闘は、<身分差婚>と<男性性>のテーマをもち、シザーリオのプロットに別の視点を与える。また、それらを画策する者たちの動機の背景には、主人のもとにある被庇護者(使用人や親族として)の立場にありながら、被庇護者どうしの複雑な感情があるように思える。この点も、シザーリオのプロットが扱う内容と重なるのではないか。

 

5 トービー、アンドルー、マライア、フェイビアン、道化について――

トービーとアンドルーは、いまの彼らの生活ぶりのなかに耽溺している人々である。アンドルーは、トービーの性格を表わす象徴的存在とも思え、彼の言葉はロジックが進展することはないし、彼のオリヴィアとの結婚話しはまったく非現実的である。だから、彼ら二人から、マルヴォーリオいじめの計画が発案されるはずもなく、だからこそ、それはマライアに託されているのである(と、考える)。マライアの計画では、手紙を読むマルヴォーリオを観察する会には、道化も参加する可能性もあったが、これは実現せず、フェイビアンが参加することになる。道化が不参加である理由は、道化が参加すると、言葉の世界が別方向に膨らんでゆくからである(と、考える)。フェイビアンの参加は、彼らの執事に対する反感を強調することになる。また、劇の最後では、マルヴォーリオの一件を決着させるのに、フェイビアンの提案が功を奏する。その場には、トービーとアンドルーとマライアはおらず、彼はこの二人とは異なる性格であることを示す(と、考える)。みなさんはこれらの登場人物の性格について、どのように考えますか。

 

6 五幕一場、オーシーノは、オリヴィアから、初めて、直接に面と向かって、愛を拒絶される。これまで幾度となく拒絶の言葉を、使者を通して聴きながら、なぜこの場において、自分の愛が決して報われることはないと思い知ることができたのか。また、オーシーノは、その自分の愛が受け入れられないことの仕返しとして、シザーリオを独占するという。どのようにして彼は、シザーリオがオリヴィアの愛を受けていることを知ったのか。

 

 

 

 


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