シェイクスピア『真夏の世の夢』A Midsummer Night's Dreamについて

 

■テキスト

 

 

■質問文(160715

1 この劇においては、場面としての宮廷と森はどのような世界として立ち現れているか。宮廷では、シーシアスの権威、法律の定め、父親イジーアスの意思などが提示される。一方、ライサンダーは彼の叔母である未亡人の屋敷へ駆け落ちすることを提案し、森はその途中にあるらしい。また、森の中に現れる妖精の女王ヒポリタは母親代わりとしての側面が強調されているように思われる。大雑把に言って、宮廷(都市アテネ)は男性的権威の場所、森は母性的な場所と考えてよいか。

 

2 職人たちは公爵たちに献上する芝居を練習するにあたり、彼らなりに様々に心を砕く。その主要なものは、彼らの芝居を見る「ご婦人方」への配慮・慇懃である。彼らの考える貴族女性は舞台に提示される「危険」(例 ライオン)に対して、すぐに怯える人々である。Studying Playsによると、劇は観客の身体と脳のなかにあるものに働きかけるという。そのなかには観客の先入観や価値観が含まれる。職人たちの慇懃さに接する観客はどのような反応を示すだろうか。またそれはどうしてだろうか。

 

3 三幕一場で、職人たちのリハーサルを見物していたパックは言う――「こんな変てこなピラマスにはお目にかかったことがない!」"A stranger Pyramus than e'er played here!"(3.1.88)。妖精から発せられるにしては意外な言葉である。妖精もまた演劇文化に触れていて、その教養があるということか。次のパックの言葉も、職人たちと彼との近親性を示していないか。「へえ、芝居が始まるのか?よし、見物してやろう。/事と次第では役者になってもいい」"What, a play toward? I'll be an auditor; / An actor too perhaps, if I see cause"(3.1.74-75)

 

4 一幕二場で職人たちが森の中で芝居のリハーサルを行うとき、舞台上にはその目撃者はいない。三幕一場でさらにリハーサルがあるが、その場面の目撃者は妖精のパックである。そして五幕一場で彼らの芝居上演が行われるとき、舞台上での観客は王侯貴族たちである。このような構成はこの劇の観客にとってどのような効果を及ぼすのだろうか。

 

5 四幕二場で、ボトムは「俺たちの芝居がお取り上げになったんだ」"Our play is preferred"と言う。ところが、彼らの演し物が選ばれるプロセスが提示されるのは、次の五幕一場なのである。ボトムの言葉にかかわらず、彼らの演し物は四幕二場では選ばれていないのだ。しかし、観客はおそらく、ボトムの言葉になんの疑問も抱かないだろう。これはどのように考えればよいのだろう。

 

 

 


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