■イプセン『棟梁ソルネス』について

■テキスト

ここでは、イプセン『棟梁ソルネス』、『イプセン戯曲全集 5』原千代海訳(未来社、1989)を使用。

 

■質問(2013年度前期授業にて使用)

1)アリーネは、『桜の園』のラネーフスカヤと同様、子どもを事故で亡くしている。また、自分の子どもが生きていた頃の彼女たちの思い出は、彼女たちが暮らしていた家とその土地(領地)の記憶と結びついている。このように表面的には類似性が観察される一方、事故以来のラネーフスカヤの人生は旅であり、アリーネは家の庭に出ることすらない(三幕冒頭)。このようなことがらを出発点として、これらの母親について考えてみよう。

 

2)ヒルデはこの劇世界で異色な印象がある。それはどのようなディテールから成立しているのか。ヒルデが異色な存在と観客の目に映るのは、この世界が不安と停滞と死の世界であるからと言えるかもしれない。そしてヒルデはソルネスを死へと導く。そうなると、彼女は神話学的視点からは、死への同伴者サイコポンプと言えるか。

 

参考:Psychopomps (from the Greek word ψυχοπομπός - psuchopompos, literally meaning the "guide of souls") are creatures, spirits, angels, or deities in many religions whose responsibility is to escort newly deceased souls to the afterlife. Their role is not to judge the deceased, but simply provide safe passage. Wikipediaから)

 

3)人々は自分たちどうしでは互いに打ち明けないような感情を、ヒルデには話す。またヒルデは人々に反感を抱かせない(という印象を与える)。カーヤに対してでさえ、ヒルデは「フォスリさん」と呼ぶのを嫌い、ファースト・ネームで呼ぼうとする。またカーヤ自身、突然現れた「恋のライバル」に警戒心や反感を漏らす箇所がない。ヒルデには人懐こさがある。ドクトル・ヘルダールの山の思い出にもヒルデのそのような側面がうかがわれる。このようなヒルデの人懐こさは、観客がこの劇作品に対して抱く親近感にも貢献していると思われる。どうだろうか。

 

4)Bert O. States, Great Reckonings in Little Rooms: On the Phenomenology of Theaterは、リアリズム演劇、とくにイプセンの舞台について、「その特徴的な背景は居間であり、来たるべき事件の予兆にもなる人工物を注意深く点在させる(例えば、ガーブラー将軍のピストル)」と述べる。Statesのこの観察をもとに、『棟梁ソルネス』における小道具の機能について、『ヘッダ・ガーブレル』のそれと比較しながら、考えてみよう。

 

5)ソルネスはヒルデしかいない所で言う。「もしラグナール・プローヴィクがチャンスをつかめば、あいつはわたしを蹴落とすだろう。私をたたきのめすだろう、――あいつの親父にわたしがやったようにね」(二幕)。ソルネスにとっては世代交代の現実は弱肉強食の世界である。もしヒルデもおなじ現実主義的な立場に立とうとするなら、自分の英雄像を、斜陽がうかがわれるソルネスからラグナールに乗り換えてもよさそうである。しかし、彼女は、親切な言葉をソルネスにラグナールの図面に書かせるとき、ラグナールの名前を正確に記憶してさえいない。すなわち、新世代の抬頭しつつある英雄には無関心である。これはどうしてか。

 

6)一幕冒頭、ソルネスはデスク・ワークをするカーヤに背後から「かぶさ」るようにして、「ささやく」。二幕で、ヒルデがソルネスに図面にコメントを書かせるとき、ト書きには、「ソルネスの後ろから椅子の背にかがみ込み」とある。これら二箇所の空間学(proxemics)は類似している。これにはどのような意味があると考えられるか。

 

7)上記の問いで触れたソルネスの動きと比較されるのが、アリーネの動きである。彼女のキネシクス(kinesics、動作学とも)を振り返ると、彼女が舞台に登場する回数は少ないとは言えないが、舞台に留まる時間は少ない印象である。彼女は繰り返し舞台を横切る印象が強い。また、彼女は人との身体的接触をさける。(そのことを象徴的に示すディテールが、彼女自身による人形についての語りである。人形たちを「胸に抱いていた」と言う。)このようなアリーネのキネシクスは、劇のどのようなほかの要素と関係しているか。

 

8)一幕から二幕へ、二幕から三幕へという劇の発展には、前幕での観客認識を次幕で修正させる構造になっているのではと考えるが、どうであろうか。例えば、一幕で医師はソルネスとカーヤとの関係について、夫人の体調を与かる立場から質問する。この時点までの劇の進展には、ソルネスとカーヤとのやり取り、ソルネスとプローヴィクのやりとりが既にあり、これらは、いま取り上げた医師とソルネスとのやりとりを聴く観客に、必要な情報提供をしているといった感じである。浮気の予感、若い才能の軽視、既得権益の固執などの要素とそれらの相互関係。つまりリアリズム演劇である。しかし、以後の劇の展開は、異なる次元へと観客をいざなう。

 

9)劇の最後、ヒルデの願望をソルネスが実現する。それは彼らの目指すところが一致したということか。この劇は、人は人に対し間違ったイメージしか抱くことがないと告げる。劇の終り、塔の先端に花輪を掛けるというソルネスの英雄的行為が成就するが、彼らの心がそこに至る軌跡はそれぞれに異なっている。英雄ソルネスの熱狂的なファンであるヒルデは、パフォーマンス実践者としてのソルネスを見る観客、そしてソルネス自身が必要とした唯ひとりの理想の観客である。互いを必要とし合った二人にはそれぞれの動機と理由があった。そのことについて議論してみよう。

 

10)『タイタス・アンドロニカス』と『棟梁ソルネス』をともに考える。『タイタス』のタモーラの特徴は、性的放縦と欺瞞(嘘つき)と子殺しである。これは意外なことに、『棟梁』では主人公ソルネスの特徴でもある。タモーラはシェイクスピアの時代の悪女の典型である。ソルネスは男性が悪的存在として、これらの要素を引き継いだ感がある。女性が秩序破壊者であったときは、男性は秩序守護者の立場に立つことができた。では、秩序維持者ではない登場人物ソルネスを、劇作家はどのような方向に発展させているのだろうか。

 

11)『タイタス・アンドロニカス』と『棟梁ソルネス』における劇作家の想像力の働いている方向性を考えてみた。『タイタス』では、ステージの下方(魔女、子宮、地獄)に向けて働き、『棟梁』では上方(山、塔の先端、空)に向けて働いているのではないか。そしてステージは観客が肉眼で見る世界だが、上方・下方はともに観客の想像力の視線が導かれるところである。ここから議論を発展させてみよう。

 

12)ヒルデがソルネスの家に到着するまでの経路についてどのように考えるべきか。自分の父親の元から家出し、山を越えソルネス家に来た。この答えは正しいだろうか。あるいはこの問いそのものが間違っているだろうか。

 

13)一幕後半のヒルデの登場は、それがあたかもソルネスが呼び出したかのような印象がある――「あなたの予言が的中したんですからな」。私には、以後のソルネスとヒルデの関係の中にある大きな要素は、一幕でソルネスがドクトルに打ち明けたカーヤとの関係、「わたしが内緒で考えていた、その通りのことを」の拡大版のように思える。すなわち、カーヤとヒルデはソルネスの内言を発話する。というか、彼女たちが発話することでソルネスは自分の中にそのような思いがあったことを追認する。なぜソルネスはヒルデを「最も必要な人」(一幕終盤)と思うのか。ソルネスはヒルデの言葉を聞き、自分の欲望を明らかにされるプロセスがあると考えてよいか。それならば、ヒルデはソルネスにとって彼の魂の姿を映す鏡のような存在と考えてよいか。

 

14)『棟梁ソルネス』は老いについての作品のように思える。主人公は自分の老いを受け入れることができない。同時に若い力の抬頭を受け入れることができない。彼は、妻に対しても、若い使用人に対しても、よい関係を築くことができない。それらは不可能だと信じ込んでいる。そのような男が自分の老いを感じるときに、どのようにして意味のある最期を迎えることができるのか。彼は老いという方向をファンタジーのなかで逆転させる。現実と手を切り、壮年期へと「退行」する。それがこの劇のリアリズムからの離脱ともなっているのではあるまいか。

 

15)人格を完成させるためには、自律性と関係性のふたつを養い育てることが大切だと言われる。前者は仕事や業績と、後者は結婚生活や家族生活とにかかわる。ソルネスは自分の人生について語るとき、棟梁としての仕事という観点から語ることが多い。しかし、ソルネスにとって建築という仕事は、関係性の要素を完全に排除したものではない。教会建築は神の栄光のため、住宅建築はそこに住む人々の幸福のため。劇中、その種の最後の言葉が次のものである。

 

ヒルデ じゃ、これからは、もう何も建てないの?

ソルネス (生き生きして)いやいや、これから建てるのさ!

ヒルデ 何をよ? 何を建てるの? 早く言って!

ソルネス 人間の幸福がそこならきっと宿りそうな建物が一つだけある――そいつをこれから建てるのさ。

ヒルデ (相手の顔をじっと見て)棟梁さん、――あたしたちのお城ね、空中の。

 

ソルネスに特徴的な仕事観のなかでこのやりとりをどのように受けとめるべきか。

 

 

 


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