■イプセン『小さなエイヨルフ』Little Eyolfについて

■テキスト

『イプセン戯曲全集』第15巻、原千代海訳(未來社、1989)所収のものを使用。

 

■質問

1 作品のタイトルにもなっている「小さなエイヨルフ」には、どのような意味が込められているのか。登場人物としての機能よりも象徴的な意味づけが大きいと思われる。劇は、彼の外観に特別な注意を向ける。松葉杖、軍人のような制服、海の底に沈んでいる姿、その大きく見開いた不吉な目(325)など。子どものエイヨルフと、鼠ばあさんが退治するネズミの子との連想(家から排除されるべき)。エイヨルフの足の麻痺は父母の性生活が招いたものだと述べられる(328)。そのときアルメルスは、「エイヨルフ」がアスタの呼び名でもあると妻に話した(333)。アスタは小さいとき、兄の古い衣服を着て、「小さなエイヨルフ」のように振舞ったこと(319)。アスタは、「エイヨルフの代わりになって」とリータに頼まれること(344)。結局、登場人物としてのエイヨルフが舞台にいる時間は最少だが、死ぬことによって、その存在は、この劇に充満する。

 

2 シェイクスピアの『お気に召すまま』が、"And one man in his time plays many parts, / His acts being seven ages" (2.7.143-)と述べるように、人間のライフサイクルは、幾つかの段階としてイメージされる。段階と段階のあいだには敷居があり、以前の段階から新しい段階へと変化する一つの大きな契機となるのは、異性を知ることである。私は、『小さなエイヨルフ』を読むと、シェイクスピアの『冬物語』との「家族的類似性」(family resemblance)を感じる。後者においては(異)性を知らない時代が"We were as twinned lambs that did frisk i'th'sun, / And bleat the one at th'other; what we changed / Was innocence for innocence"(1.2.66-67)と語られ、その後の変化(新しい人生の段階)が"Temptations have since then been born to's"(76)と語られる。イプセンの作品においては、「変化の法則に支配されない」唯一の関係は「兄と妹の間の愛情」であり、「結婚生活」(334)における夫婦の関係はとてもむずかしいものと、アルメルスは語り、劇自体もそのような印象を与える。近代の家族の物語は、近代初期(ルネサンス期)のそれと、展開も解決も大きく異なっている。もしイプセンが近代家族の問題点を指摘しているとするなら、それはどのようなものか。

 

3 父親(リア王)から、お前たちのうち誰が最も余を愛するかと、問われた末娘は、次のように答える――"Why have my sisters husbands if they say / They love you all? / Haply when I shall wed / That lord whose hand must take my plight shall carry / Half my love with him, half my care and duty"(1.1.90-93)。『小さなエイヨルフ』では、「分ける」「分割する」という単語が繰り返し使われる(304309312327338339347)。この劇では、愛情を分けることについて、何が語られ、何が問題とされているのか。

 

 


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