■イプセン『幽霊』について

■テキスト

ここでは、イプセン『幽霊』、『イプセン戯曲全集 4』原千代海訳(未来社、1989)所収を使用。

 

■登場人物

ヘレーネ・アルヴィング 陸軍大尉兼侍従アルヴィングの未亡人

オスヴァル・アルヴィング 彼女の息子、画家

マンデルス 牧師

エングストラン 指物師

レギーネ・エングストラン アルヴィング夫人の召使い、指物師の娘

 

■質問(2014年度後期授業にて使用)

1 この劇空間には広がりがある。オンステージは、舞台右手に二つのドア(手前のドアは食堂に、奥のドアはホール(玄関)へと続く)、舞台左手に一つのドア(二階への階段)、舞台中央に丸テーブルと椅子、舞台奥に温室(壁はガラス製)、温室の右手にドア(庭に出る)、さらにガラス壁を通してフィヨルドが見えるという構成である。オフステージには、食堂、ホール、二階がある。バーチャルな空間として、エングストランが宿屋を始めるという港町、アルヴィング夫妻が結婚当初に住んでいた町、オスヴァルが画家として活動していたパリがある。そしてこの劇空間は複数の焦点をもつ。それぞれの焦点は劇のどのような事柄と結びつけられているか。また複数の焦点の中に主要な焦点はあるか。

 

2 この劇にはメイン・プロットとサブ・プロットがある。アルヴィング夫人とオスヴァルに係るプロットは、エングストランとレギーネに係るプロットと、相似形をつくっている。その具体例の一つは、前者ではアルヴィング夫人によって孤児院の創設が推進されようとしているのに対して、後者ではエングストランによって宿屋事業が計画されている。さらに孤児院は「陸軍大尉アルヴィング記念ホーム」という名前、宿屋は「侍従アルヴィングの家」という名前が考えられている。この二つの事業の相似形を通して、この劇のダブルプロットの機能について考えてみよう。

 

3 過去の秘密が開示されてくるという点では、この劇は、ソフォクレスの『オイディプス王』に似ている。ギリシア悲劇では、舞台上のドラマ(今)と、開示されてくる過去との関係は複雑ではない(そもそも神話や伝説を素材とするギリシア悲劇では物語は既知である)。一方、『幽霊』においては、過去の秘密が開示されてくるにつれて、観客は自分たちが登場人物の振舞いや発言の動機を十分理解せずに見たり聞いたりしていたのではないかということに気づく。十分に咀嚼しないうちにドラマは進展してゆく。舞台と観客の関係は、観客が登場人物よりも認識の程度において優位に立つことが多いのだが、この劇では観客はそのような特権的な立場は与えられない。時間の建築士としてのイプセンはタイミングを見計らって、ひとつひとつ秘密を開示することで、たんに劇の展開のみならず、また観客受容の操作をも、そのプロジェクトにくわえているのであろうか。

 

4 登場人物と観客にとって、身体的インパクトを与えるのは、レギーネとオスヴァルである。レギーネの女性としての(性的)成熟に関しては他の登場人物がすべて言及する。オスヴァルの病気の正体は繰返し母と息子の間で話題になる。世間体を取り繕い、また事実を隠ぺいすることが支配的なこの劇世界において、身体的要因もまた多様な解釈・反応に取り巻かれる一方で、それは取り繕うことが困難である。解釈や取り繕いを超えてあふれでる身体的要因をどのように捉えればよいか。

 

 

 


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