■ベケット『勝負の終わり』(『エンドゲーム』)Endgameについて

 

"Understanding Endgame can only be understanding why it cannot be understood, concretely reconstructing the coherent meaning of its incoherence."   T. W. Adorno

 

■テキスト

ここでは『ベケット戯曲全集 2』(白水社、1967)所収のものを使用。

 

■質問

1 あなたは役者で、この劇の役を割り当てられたと仮定しよう。ネルかナッグを演じるとしたら2時間ほどドラム缶(棺桶?)のなかにいなければならない。物音を立てるもの厳禁だ。ハムを演じるとしたら、車椅子に座ったまま痛み・出血(鎮静剤)・尿意(カテーテル)が襲ってくるのを予感しなければならない。クロヴを演じるとしたら、あなたは自分の足で移動はできるが、足の不自由を忘れることはできない。その不自由な足で脚立になんども上らねばならない。このように劇のあいだ中、身体的な限界を絶えず意識していなければならないことはこの劇の内容や効果とどのように関係するのだろうか。

 

 

2 この劇で登場人物たちが用いる道具類、また劇の中で言及される道具類には、脚立、望遠鏡、車椅子、ドラム缶、縫いぐるみの犬、魚又(やす)、食器棚、鍵、ビスケット、お粥などがある。登場人物たちにとって、あるいは劇にとって、各々の道具類がもつ意味は何か。

 

 

3 この劇を理解しやすくするため、その「流れ」を分けようとすると、なかなかその分け目がはっきりしない。そもそも「流れ」と言えるものがあるのかどうか。物語のない劇と言うことが可能だろうか。進展する物語がないとすると、それは劇のタイトルにもなっている「終わり」への希求、また初めらしい「初め」がないことと関係があるように思われるが、何がこのような特徴を生み出しているのだろうか。芸術作品がもつ完結という観念に逆らっているようにも思えるが。また「終わり」感覚の希薄と希求は、劇中に頻出する「死」に対する言及がその補償となっているのか。

 

 

4 この劇に登場する介護が必要な老人や障害者にとって、彼らが動いたり話したりする舞台上の世界(閉塞感のある部屋、蓋で閉められるドラム缶)と、その世界を取り巻く環境(人類が滅びてしまった終末的世界を思わせる)はどのような関係をもつのか。

 

 

5 この劇には3世代の人間たちが登場する。ナッグとネルについては心理的な葛藤が一番少ないように感じられる。その証拠に彼らは自分たちの欲求をすなおに表明する。すなわち食欲、愛情表現、懐古。彼らとは異なり、ハムとクロヴは心理的葛藤に支配されているようであり、この二人の関係は壊れそうな様子であるがそれにもかかわらず続いている。とくにハムが他の人間(ナッグ、クロヴ)に求めるのは自分の話の聞き役になってくれることである。登場人物たちの人間関係についてさらに考えてみよう。

 

 

6 劇の冒頭のクロヴの身振りを初めとして、この劇のアクションを構成する主要な要素の一つは、繰り返しである。もう一つの目立つ要素は、登場人物の行動や発話が芝居じみていること、また彼ら自身それを意識しているけれども、その一方でやる気のない役者(あくび)である。この二つの要素はどのように関係しているのか。

 

 

7 劇中で役者は役を演じるが、通常、観客も舞台との関係において様々の機能を担っている。最初に『ロミオとジュリエット』を例にそのことを確認しておこう。登場人物に観客が寄せる共感(例 キャピュレットとその夫人に対して完全な弾劾はしない)、事件に関する登場人物以上の知識(恋人たちが結婚していることを知る数少ない人間)、主人公どうしの親密を支える彼らと観客との親密な関係、劇全体を基準にした登場人物の行動の評価などが指摘できる。「伝統的な」演劇についてはこのような観客機能は珍しいことではない。一方『勝負の終わり』については観客はそのような機能をもつことを拒否される。さらに親子関係に関する通念は判断基準になるのだろうか。クリスマス前夜の話に登場する父親とその子どもの場合はこの劇における親子関係の基準とみなされているようであるが、他の親子関係はすべてその基準からの逸脱である。我々の道徳観はこの作品に持ち込むことができるのか。何が事実で、何が真実なのか。劇の意味は何なのか。

 

 

8 次のハムとクロヴのやり取りを参考にして、この劇の笑いについて考えてみよう。

 

ハム:(クロヴ、笑う)どこがおかしいんだ?

クロヴ:庭師の職!

ハム:それで笑ったのかね?

クロヴ:だろうと思う。

ハム:むしろ、パンのほうじゃないかね?

クロヴ:うむ、でなけりゃ子供だな。

       間

ハム:確かにこりゃみんな実におかしい。ひとつ、いっしょに思いきって笑おうか?

クロヴ:(考えてみて)きょうはもう笑えそうにない。75

 

 


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