ソフォクレス『アンティゴネー』Antigoneについて

■テキスト

ここでは、『ギリシア悲劇全集第二巻』所収の『アンティゴネ』呉茂一訳(人文書院、昭和35)を使用。ほかにも、『ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス』所収の『アンティゴネ』呉茂一訳(ちくま文庫、1986)、ソポクレース作『アンティゴネー』呉茂一訳 (岩波文庫、1961)、、『ギリシア悲劇全集〈3〉』岡道男訳(岩波書店、1990)などに所収。

 

■主な登場人物の登場の順番

アンティゴネー、イスメーネー、クレオン、番人、アンティゴネー(2)、イスメーネー(2)、ハイモン、アンティゴネー(3)、テイレシアス、報せの男、エウリュディケー、クレオン+ハイモン(死体)、報せの男。

 

■質問

1 クレオンは都市共同体の秩序を乱す最大の要因は金銭的動機だと考えているようである。「いかにも、報いはそのとおりだ、が、金儲けは、昔から何度となく、人を望みに誘い込み、身を滅ぼさせた」(220行−135頁下段、また138頁)。だから、使者の埋葬を禁ずる命令を破る者の可能性として、血縁などの絆をもつ人間を第一には考えない。テイレシアスが王に向かって最悪の予言をしたときも、その動機を金銭的で反社会的な動機からだと決めつけている(160頁)。クレオンは、都市共同体は王の絶対的な権力によってのみ秩序保持できるというように、都市共同体「性悪説」を最初から持っているのではないか。

 

 

2 コロスは劇のその時々の市民たちの声と捉えられ、その発言に一貫性はない。君主であるクレオンに賛成したり、反対したりする世間の声のように聞こえ、彼らには顔がない。その点、劇の前半に登場する番人はその庶民性が際立つ。彼は単純な人間のようであるが、彼が果たしている機能は単純ではないように思える。どうして劇のこの段階でこの独特な雰囲気をもった人間が登場するのかその理由を考えてみよう。

 

 

3 この劇でアンティゴネーとクレオンはそれぞれに頑固である。クレオンに対し「不敬」「不従順」な態度を示すアンティゴネーはイスメーネーから「まあ、大それた」You are so headstrong50行‐130頁下)と言われ、クレオンは息子に「されば何とぞ、ただ一つの見方ばかりを固執などして下さいますな。父上の仰せばかりが正しいもので、ほかのはみな間違いだなど」(150頁)と言われる。テイレシアスにも「我意を張れば、その反対に、頑なで宣を弁えぬ者とそしられる」(1030行‐160頁上)と言われる。そのため、人とのやりとりがそれぞれが語る内容を無視すると、二人には類似点がある。ともに高慢で、自分の立場は他の権威など超越しているというような姿勢がみられる。この最大の敵対者どうしが似ている点をどのように捉えるべきか。

 

 

4 アンティゴネーの出番もセリフも多くはない。また彼女の関心事はほとんど兄弟の埋葬のみである。この「小さな点」から出発して、劇は社会的・コスモロジー的広がりをもった劇世界を展開している。彼女の最大関心事と社会観、宗教観とはどのように交差しているのか。

 

5 この劇が観客に要請する知的反応と感情的な反応とは別に、感覚的反応を要請しているのではないかと思われる箇所が二つある。それは見張り番が王への報告の中で、夏の熱い最中、彼とその仲間が死体の腐臭を避けるために風下に座っていたと述べる箇所、及び預言者テイレシアスが王とのやりとりのなかで神々への捧げものである鳥肉が異常な燃え方をしたと語る部分である。この二つの箇所はいずれも葬られることのない死体に係るもので、死体のリアリティを観客に喚起する。この死体のリアリズムは劇中どのように機能しているのか。

 

「死体のうえに被いかぶさった土をすっかり払い落として、そのぐだついた屍を十分露出しにしときました。そいで風上の丘のとっ先に座ってましたんで、そこからの臭いがかからないように避けましてね」(410行−141頁上)

 

「ところが、その贄の脂へも、ヘーパイストスの火は燃えうつらず、燃えた薪に、腿肉からじくじくと湧き出た汁が振りかかり、煙を立てて噴き上がって、胆の汁が空高くへ飛び散った、して真多腿骨は油を垂らし、包んだ脂肪から外へ露わに出てしまった。」(1010行−159頁下)

 

 

6 ラブダキダイ王家の結婚は第一世代及び第二世代と呪われていた。実子が父を殺害し、その母と結婚した。アンティゴネーはその王家の第三世代である。『アンティゴネー』の結末には結婚のタブローがある。この結婚は彼女の親たちの場合と同様に、呪いと捉えるべきなのか。

 

 

7 主要な登場人物たちはクレオンとのやり取りのなかで、最終的に激しい怒りを示すと同時に、彼らの退場の仕方は突然で、登場のときの儀礼的要素はない。これはこの劇の独特のリズムをつくっているように思われ、最終的には劇の結末において活用されている。すなわち、アンティゴネー、ハイモン、エウリュディケーたちの突然の死である。劇の結末が劇のそれまでのリズムを共有しているために、そこに一つの効果が生まれているように思う。目に見えないもの、すなわち神々の怒りである。この観察はどうだろうか。

 

 


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