■マザー・テレサ(Mother Teresa)の言葉:「愛について」(拙訳版)

■テキスト

Mother Teresa, No Greater Love (Novato, Calif.: New World Library, 1989)を使用。

 


■「愛について」On Loveの章から


(1)私たちに必要なのは倦まずに愛することです。ランプが燃えるのはどのようにして? 小さな油のしずくをたえず吸い上げるからです。私たちにとって、ランプの小さな油のしずくとは何でしょう。それは毎日の生活の小さな事柄なのです。誠実、ちょっとした親切な言葉、他人への配慮、私たちのやり方で黙すること、見ること、話すこと、行動すること。自分から離れたところにイエスを探してはなりません。彼はそこにはいません。彼はあなたのなかにいます。あなたの灯を燃やし続けなさい。そうすれば彼がわかります。

 


(2)神の愛の優しさを理解しましょう。なぜなら彼は聖書の中で次のように語っています、「たとえ母親が子どもを忘れることがあっても、私はあなたを忘れない。私はあなたを私の手のひらに刻んだ」(イザヤ書4915-16節)。自分を孤独と感じるとき、不必要な者と感じるとき、気が滅入って人に忘れられたと感じるとき、あなたは神にとって大切であることを思い出しなさい。彼はあなたを愛しています。その愛を互いに示しあいなさい。これこそが、イエスが私たちを教えに来られたすべてなのですから。

 


(3)私たちは神の目には大きな価値があります。神は私たちを愛していると、私は繰り返し、倦まずに言い続けます。神ご自身が私をやさしく愛しておられるということは素晴らしいことです。だから私たちは勇気、喜び、そしてキリストの愛からなにものも私たちを引き離すものはないという確信をもつべきなのです。

 


(4)私たちは、人生の否定的な局面、悪いことに目を向けすぎると思います。もし私たちが自ら進んで、自分たちのまわりの良いこと、美しいことを見ようとすれば、私たちの家族を変えることができるでしょう。そこから出発して、私たちは隣家の人々、次に近所や同じ町の人々を変えることができるでしょう。この世界が渇望しているもの、すなわち、平安と愛をもたらすことができるでしょう。

 


(5)遠くに住む人々を愛するのはたやすいけれど、わたしたちのすぐ隣に住む人を愛するのはいつも簡単というわけではありません。貧しい人々の飢えを満たすためにご飯を差し出すのは簡単でも、自分は愛されていないと感じている家族の孤独と苦悶を慰めることはそれほど簡単ではありません。

 


(6)私たちが創造されたのはもっと偉大なことのためです。たんに世界のなかのひとりであるためではなく、たんに卒業証書や学位をとるためではありません。あれこれの仕事をするためだけでもありません。私たちは愛するため、愛されるために創られたのです。

 


(7)輝かしい行いを追い求めてはなりません。私たちはできる限りのことをしつつも、その結果を見たいという欲求を放棄しなければなりません。あとは神の手に預けるのです。重要なのは、あなた自身の贈り物、あなたが自分の行動に注ぎいれた愛の大きさなのです。

 


(8)私たちが愛せるためには、信仰をもつ必要があります。なぜなら、信仰は活動する愛だからです。また活動する愛は奉仕でもあります。私たちが愛せるためには、見て触れる必要があります。祈りによる活動する信仰、奉仕による活動する信仰、そのどちらも同じもの、同じ愛、同じ憐みの心です。

 


(9)復活の喜びを失ってしまうくらいに、心を騒がしたり、悲しみや失望に包まれたりすることがないように。喜びは、神と人々への奉仕のなかでのたんなる気分の問題ではないのです。それはつねに困難です。それだけに、私たちはそれを得るように努め、心の中に育てねばならないのです。私たちは多くを与えられないかもしれませんが、しかし、つねに神を愛する心から沸き起こる喜びを与えることはできるのです。

 


 

 

 


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