■エウリピデス『メデイア』Medeaについて

■テキスト

ここでは、エウリピデス『メデイア』、『ギリシア悲劇全集〈3〉』中村善也訳(人文書院、昭和35)所収を使用。他にも、『ギリシア悲劇 V エウリピデス〈上〉』(ちくま文庫)、『ギリシア悲劇全集〈5〉エウリーピデース』(岩波書店)などで読める。

 

■質問

1 メデイアは毒を用いて夫イアソンの花嫁を殺すのだが、この毒の効果はこの劇に独特のものであるように思われる。例えば、シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』の最後、クレオパトラは毒蛇に自分の体をかませて自死するが、その死体はまだ生きているように見える。一方、『メデイア』の姫の最期は残酷極まりないスペクタクルとして語られ、その死体が目鼻立ちをとどめないという他に、「うちかけを〜身にまとわれ、黄金の冠を御髪にのせられると」(109頁)、前者は「柔らかい肉に、喰い入」り、後者は「しっかりと喰いついて離れ」(110頁)ない。さらに、娘を助けようとするクレオンは「月桂樹の若枝に絡みつく常春藤さながら、うすぎぬのうちかけに、ぴたりとくっついて離れ」ない。この瞬間接着剤のような効果は、この劇を通してみられる「接触」のモチーフの変奏と考えることはできないだろうか。

 

 

2 アリストテレスの『詩学』によると、悲劇の主人公は「無知」(ignorance)から「発見」(anagnorisis, recognition)へと変化する。また悲劇においてしばしば「発見」は、運命の「急変」(peripeteia, reversal)が引き起こされる仕組みであるという。「発見」と「急変」は複雑な筋の中心となるもので、主人公の悲劇的行為に潜む過誤(hamartia, error)を暴露し、彼の苦しみを加速するという。ソフォクレスの『オイディプス王』はその典型例である。さて、『メデイア』について、1)この考え方はあてはまるだろうか。メデイアとイアソンは、彼らの悲劇的経験を通して、新しい発見に至ったか。2)劇の最後においても、妻にとって夫は、また夫にとって妻は、最悪の配偶者である。では劇の進展のなかで、観客の共感は二人に対してどのように配分され、またそれはどのように変化しているのだろうか。

 

 

 

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