『ギャスケルで読むヴィクトリア朝前半の社会と文化』

生誕二百年記念

溪水社、2010年09月、xxxvi+684頁、7,500円)

松 岡 光 治(編)

平成22年度科学研究費補助金(研究成果公開促進費)出版


巻頭言 (J・ヒリス・ミラー/松岡光治訳)

まえがきに代えて

序 章 歴史――ヴィクトリア朝前半の時代とギャスケル(村岡健次)
 第1節 十九世紀ヴィクトリア朝の概観
 第2節 初期ヴィクトリア朝の社会
 第3節 中期ヴィクトリア朝の社会
 第4節 ギャスケルと慈善

第1部【社会】

第1章 教育――その変革の波のなかで(アラン・シェルストン/猪熊恵子訳)
 第1節 ギャスケル一家と教育
 第2節 産業小説のなかの教育
 第3節 変わりゆく地方社会と知のあり方
 第4節 新しい時代に向かう大学

第2章 貧富――マンチェスターの〈二つの国民〉(松村昌家)
 第1節 マンチェスターの変容
 第2節 貧富のコントラスト
 第3節 製造業者批評家の反駁
 第4節 貧困と「大社会悪」

第3章 階級――理想と現実(新井潤美)
 第1節 複雑な階級制度
 第2節 さまざまなワーキング・クラス
 第3節 使用人という階級
 第4節 上昇志向のもたらす脅威

第4章 国家――自由貿易主義の帝国のなかで(玉井史絵)
 第1節 ギャスケルと帝国
 第2節 自由貿易主義のはてに
 第3節 移動する人々
 第4節 国家アイデンティティの構築

第5章 自然――牧歌から農耕詩へ(大田美和)
 第1節 ロマン主義と小説における自然描写
 第2節 旅とマンチェスターと自然描写
 第3節 牧歌とヴィクトリア朝前半の社会
 第4節 女性と労働者の農耕詩

第2部【時代】

第6章 科学――その光と陰(荻野昌利)
 第1節 科学信仰と科学教育
 第2節 科学技術の勝利
 第3節 もうひとつの世界
 第4節 「進歩」か「進化」か

第7章 宗教――なぜ宗教小説にならないのか(富山太佳夫)
 第1節 異種混在
 第2節 結ばない焦点
 第3節 宗教小説になりそこねて
 第4節 宗教は何処に

第8章 郵便――鉄道と郵政改革が見せた世界(宮丸裕二)
 第1節 鉄道普及と郵便改革の時代
 第2節 鉄道にみる区分けされゆく世界
 第3節 手紙にみる結びつけられゆく世界
 第4節 変わりゆく小説の関心と人間の関心

第9章 子供時代――天国と地獄の子供たち(石塚裕子)
 第1節 子供観の変遷
 第2節 ギャスケルと児童文学
 第3節 児童労働
 第4節 捨てられた子と、子を亡くした母と

第10章 レッセ・フェール――楽観主義には楽観主義を(松岡光治)
 第1節 自助の精神と相互扶助
 第2節 労働組合における個人と集団
 第3節 不作為の罪としての無関心
 第4節 現状の道徳的改善

第3部【生活】

第11章 衣――ワーキング・クラス女性の個性(坂井妙子) 
 第1節 衣服の観相学
 第2節 モラリティーの符牒としての女性服
 第3節 モラルとドレスコード
 第4節 ショールが示すキャラクター

第12章 食――書簡が語る食と生(宇田和子)
 第1節 生活習慣病と食生活
 第2節 飢えと渇望と
 第3節 足りてなお
 第4節 不足と過剰の結果

第13章 住――住環境にみる産業革命の痕跡(三宅敦子)
 第1節 光を遮断されて
 第2節 光を集めて
 第3節 コンフォートという概念
 第4節 「家具の備え付け」の文化的意味合い

第14章 娯楽――明日も働くために(中田元子)
 第1節 都市労働者と娯楽
 第2節 学問・園芸
 第3節 散歩・ピクニック
 第4節 鉄道旅行

第15章 病気――工業都市の危険因子(武井暁子)
 第1節 貧困、不衛生、病の連鎖
 第2節 マンチェスター労働者階級の貧困と病
 第3節 大気汚染と病
 第4節 貧困と依存症

第4部【ジェンダー】

第16章 女同士の絆――連帯するスピンスターたち(田中孝信)
 第1節 女同士の間に友情は存在するのか?
 第2節 十九世紀半ばのスピンスター観
 第3節 女だけの町
 第4節 寄り添う女たち

第17章 女性虐待――監禁、凍死、餓死、抑圧的な女子教育(鈴木美津子)
 第1節 女性の女性による女性のための歴史小説
 第2節 不従順、監禁、狂気、凍死
 第3節 自己犠牲、忍従、餓死
 第4節 精神的虐待としての女子教育

第18章 売春――混迷のボディ・ポリティクス(市川千恵子)
 第1節 ドメスティック・イデオロギーの闇
 第2節 都市の迷宮
 第3節 「英国の母たち」の政治的欲望
 第4節 浮遊するセクシュアリティ

第19章 ミッション――女性の使命と作家の使命(田村真奈美)
 第1節 女性の使命
 第2節 作家とミッション
 第3節 宗教作家の影響
 第4節 芸術と聖なる仕事

第20章 父親的温情主義――レディー・パターナリストの変容(波多野葉子)
 第1節 父親的温情主義の復権
 第2節 女性の領域
 第3節 マーガレット・ヘイルとその変容
 第4節 ギャスケルの模索

第5部【ジャンル】

第21章 ゴシック小説――ヴィクトリア朝のシェヘラザード(木村晶子)
 第1節 ゴシック小説とは
 第2節 ヴィクトリアン・ゴシック
 第3節 女性のゴシック
 第4節 家庭という牢獄と幽霊物語

第22章 恋愛小説――牧師の娘たちの信仰告白(大野龍浩)
 第1節 信仰
 第2節 永続
 第3節 疑念
 第4節 ヴィクトリア朝小説の恋愛

第23章 歴史小説――歴史の時代への反応(矢次 綾)
 第1節 歴史の時代としての十九世紀
 第2節 ギャスケルの歴史への関心
 第3節 名もない個人が受容した歴史
 第4節 歴史を伝えるストーリー・テラー

第24章 推理小説――群衆の悪魔(梶山秀雄)
 第1節 センセーション・ノヴェルにおける眠り
 第2節 〈群衆の人〉ジョン・バートン
 第3節 収集家と秘密の部屋
 第4節 〈新しい女〉の系譜

第25章 演劇的要素――メアリ・スミスは何を観たのか(金山亮太)
 第1節 メロドラマの文法
 第2節 リスペクタブルとは何か
 第3節 メタ・シアターとしての『クランフォード』
 第4節 メアリ・スミスは何を観たのか

第6部【作家】

第26章 自己――「自伝」とその虚構化をめぐって(新野 緑)
 第1節 リアリズムと自伝
 第2節 虚構化の試み
 第3節 「見る人」ファニー
 第4節 ギャスケルにおける分裂する「自己」

第27章 言語――ギャスケルの方言使用とディケンズへの影響(パトリシア・インガム/松岡光治訳)
 第1節 ギャスケル以前の産業小説
 第2節 ギャスケルの方言使用における新リアリズム
 第3節 『ハード・タイムズ』の方言へのギャスケルの影響
 第4節 『ハード・タイムズ』でのリアリズムの試み

第28章 出版――女性の職業作家としての人生(ジョウアン・シャトック/小宮彩加訳)
 第1節 ジャーナリズムの寵児、M・オリファント
 第2節 エヴァンズから作家エリオットへ
 第3節 初期のギャスケルと大衆的ジャーナリズム
 第4節 後期のギャスケルと中産階級向け文芸誌

第29章 ユーモア――二つの系譜の継承と円熟(大島一彦)
 第1節 ギャスケル文学におけるユーモアの位置
 第2節 表に現れるユーモアと背後に潜むユーモア
 第3節 善意のユーモアと共鳴の笑いと涙
 第4節 円熟せるオースティン流のユーモア

第30章 同時代作家――ギャスケルとの交流を通して(長瀬久子)
 第1節 強き父なる編集長ディケンズ
 第2節 C・ブロンテと挑戦するヒロイン
 第3節 描かれたC・ブロンテ
 第4節 G・エリオットの正体をめぐって

あとがき

年表

文献一覧

図版一覧

執筆者一覧

索引

本書では、序章でヴィクトリア朝前半の時代を「歴史」の観点から概説し、「社会」、「時代」、「生活」、「ジェンダー」、「ジャンル」、「作家」という六つの枠組の中で、それぞれに関連する五つのテーマを章として配置した。

第1部の「社会」では、ギャスケルの作品に反映されたヴィクトリア朝の教育の成果や歪み、新興産業都市マンチェスターの貧富を代表する〈二つの国民〉の現実性と真実性、ヴィクトリア朝社会における階級観(特に労働者階級と中産階級)の理想と現実、自由貿易主義の国家と帝国に潜む問題とその解決法、農耕詩としてのギャスケルの牧歌的な小説におけるロマン主義と労働者詩人の伝統の継承が、それぞれ論考の対象となっている。

第2部の「時代」が分析しているのは、科学技術の未来永劫の進歩と神不在への存在論的不安という科学の光と影、随処に散種された宗教的言説が相互につながったギャスケル作品の多方向性・多面性、鉄道の発展と郵便改革によって当時の社会が経験した世界認識の変化、親の愛を受けて幸せに子供時代を過ごした中産階級と悲惨な環境下で生活した貧民層の子供たち、レッセ・フェールという楽観主義的なイデオロギーが生み出す社会問題に提示された解決策の楽観性である。

第3部の「生活」では、労働者階級女性の衣服の役割と効果および作中人物のキャラクター構築における衣服の活用、ギャスケル書簡に見られる不足・充足・過剰へと富裕化した時代の食事情と生活、十九世紀前半のイギリス社会における住環境にまつわる文化的意味、労働者の娯楽に関する議論とギャスケル作品の労働者が選び取った楽しみ、貧困・不衛生・病に関する言説とマンチェスターに住む労働者の病の諸相が、各章で分析されている。

第4部の「ジェンダー」で明らかにされているのは、スピンスターの増加が社会問題化した時代における女同士の絆に対するギャスケルの姿勢、父権制社会において女性たちに対してなされた残酷な虐待・抑圧とその抑圧に抵抗する女性の姿、J・バトラーの活動とギャスケルの堕ちた女の表象や性の二重規範に対する抵抗の様相、女性作家の仕事を正当化するための戦略的な概念としてのミッション、父親的温情主義を信条とする主人公が公的領域での経験による変容を通して労使関係を改善するプロセスである。

第5章の「ジャンル」では、ゴシック小説の成立と批評および短篇小説における語りの特質と女性のゴシックの手法、他の作家の恋愛小説との(キリスト教道徳を視点にした)比較とギャスケルが描く恋愛の特徴、ヨーロッパで歴史意識が喚起された十九世紀前半におけるギャスケルの歴史認識とその表象、ヴィクトリア朝の人々の殺人事件への異常な関心を通して見たギャスケル作品の推理小説的要素、ヴィクトリア朝特有の演劇的特徴に乏しいギャスケル作品における現代のメタ・シアター的な要素が、それぞれの章で考察されている。

最後の第6部「作家」が解明しているのは、ギャスケルがオースティン小説の枠組を介在させることで逆説的にリアリスティックな自伝を書くに至った過程、彼女の方言使用における「新」リアリズムとディケンズへの影響、ギャスケルを含む三人の女性小説家に見られる作家とジャーナリズムとの関係の変化、多面的なギャスケル文学の伝統的な位置づけと本質的な魅力としてのユーモア、ギャスケルと三人の同時代作家との交流や交渉を通して炙り出される時代の特性である。

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