長くもあり、短くもあり:私の4年間

曽根 素子(多元文化論講座 2004年3月博士前期課程修了)

私は私立大学の職員として仕事をするかたわら、本大学院の国際多元文化専攻多元文化論講座に在籍し、この春、本専攻を修了しました。「社会人学生」として過ごしたその4年間を振り返りたいと思います。

4年半前、突然、本研究科を受験しようと思い立ち、慌ただしく受験の準備をしました。勤め始めて12年目の夏でした。受験しようと考えたのは、勤務先での業務にも慣れ、「何か知的な満足感を得たい」、「キャリアアップしたい」という希望からでした。その希望を集約した思いが、「これまで独学で行ってきた研究を、きちんと系統立てて学びたい」ということでした。そして、この4年間で、私が考えたことは、1)大学院という「場」で学ぶ意義と、2)自分らしい修士論文を書くことができたのだろうかということでした。

仕事を持っていることもあり、当初から修了年限を3年と考え、1、2年の間に科目を履修し、3年目に本格的に修士論文に専念する計画を立てました。受験時には、それまで独学で研究していたカナダ児童文学を研究テーマとし、修士論文もこのテーマで書き上げるつもりでしたが、1年目に、指導教官である長畑先生の「多元文化表象論」を履修し、研究テーマを変更しました。この授業は私のその後の3年間を変える大きな意味のある授業であり、得るものも非常に多く、また、やりがいと楽しみに満ちていました。私が研究テーマを変えるに至ったこの年の授業のテーマは、アジア系アメリカ文学でした。

アジア系アメリカ文学――私にはまったく新しい世界でした。大学時代、英米文学を学びましたが、その時には一度も耳にしなかったジャンルで、とても興味を持ちました。特に、日系アメリカ人の文学を知ることができたことは、大きな収穫でした。その年の夏、アジア系アメリカ文学をテーマにしたレポートが課せられ、児童文学を自分のフィールドにしたかった私は、日系アメリカ人児童文学作家であるヨシコ・ウチダの作品を取り上げることにしました。そして、これが私の修士論文のテーマとなりました。

「多元文化表象論」は、その年のテーマに沿ってあらかじめ指定されているテキストを、1冊につき1名ないしは2名の担当者が割り当てられ、1週あるいは2週に1冊のペースで発表を行う演習形式の授業です。他の授業同様、担当者は担当するテキストから自分なりの視点でテーマを見つけ、そのテーマを論じ、分析した結果を発表します。必ずしもテキストの本題にスポットを当てることは求められず、自分が興味を持ったポイントについて発表する形式でした。授業には、テキストを読んできていることが前提であり、担当者以外の受講者は、必ず1回は発言することが原則でした。大学生活からのブランクもあり、また、大学時代もゼミ以外ではこうした授業の経験がなかった私には、発表のみならず、授業中の発言も大きなプレッシャーでした。

自分が担当するテキストを読み、テーマを決め、発表の準備をすることと、担当以外の本来の授業のテキストを読んでいくことが同時に求められましたので、それをこなすことで精一杯でした。他の授業の予習も加わりますので、社会人学生にとって、勉強する時間を確保することは非常に困難でした。

しかし、この授業の内容は、修士論文作成の大きな糧となりました。発表者の視点、切り口の面白さに驚かされたり、その論を展開する際の論拠やその資料の選択が参考になりました。また、他の受講生のコメントには「読み手」の独自性が見え、新しい刺激でした。

発表の際、自分では自信を持って発表した論が、先生からはただの思いつきと指摘されることもあり、また別の論については面白い視点として評価されることもありました。発表とその準備、予習は苦しくもあり、楽しくもあり、また、喜びであり、やりがいとなりました。他の発表者に対する先生の質問、コメントや批評は、テキストを読み解くポイントやテーマ探しの重要なヒントとなり、研究の進め方を学修することができました。「授業に参加する」ということは、先生、他の院生からの知識の教授をもたらしました。自分だけの判断で選択した本を読み、考えるという独学による研究では決して得ることのできない貴重な時間でした。大学院の授業という「場」での学修の意義がここにありました。

こうした授業を経て、修士論文を書き上げることになりました。論文のテーマは、ヨシコ・ウチダのアイデンティティの獲得についてです。「Dual Identity」をキーワードに、ウチダが確立した彼女独自のアイデンティティについて仮説を立て、論じました。アジア系アメリカ人など、2つの異なった文化的背景を持つ者、2つ以上の帰属性――民族と国家(日系アメリカ人の場合は、日本人とアメリカ人)――を持つ者は、自らのアイデンティティを確立することが困難です。その確立の過程は、段階的に、両者のいずれかをそれぞれ選択した後、最終的には両方の狭間にあらたなアイデンティティを確立することが先行研究で明らかになっていました。しかし、ウチダは、それとは異なるアイデンティティ、すなわち、異なる2つの文化、民族、国家を同時に持ちうる、「日本人でありアメリカ人」としてのアイデンティティを持っていると考えました。

自分はどこに帰属するのか。自分とは何者か、日本人か、アメリカ人か。そうした疑問を自問自答し、苦悩している日系アメリカ人がステレオタイプとして表象されがちですが、ウチダの場合は、アメリカ人としてのアイデンティティを持ち続けた後、日本への留学によって、幼少期に抱いていた日本、日本人に対する嫌悪感をそれらへの尊敬と誇りに変えました。この考え方の変化が、ステレオタイプではない日系アメリカ人としての自己を確立していきます。ウチダは二つの文化的背景をミックスしたのではなく、それぞれを同時に持ちえたアイデンティティ、つまり「Dual Identity」を確立したという仮説を立て、ウチダの児童文学作品と自伝的小説、そしてウチダが残した日記を中心とした草稿からこの論を展開しました。

日記と手紙には、作品には表れていないウチダの感情が表現されており、これらを分析できたことが、修士論文を自分なりの観点で論じ、書き上げられた要因であると考えています。先行研究ではほとんど触れられていない論拠として、これらの草稿を提示できたことが私の修士論文の成果です。

前半2年間の授業の中での訓練と、仲間とのコミュニケーションが学修の上でもプライベートでも、様々なプラス面を与えてくれました。そして、何より、長畑先生との出会いが、大学院で得られた宝の一つです。困り者の院生であった私を、修士論文完成まで指導していただいたことに本当に感謝しています。長畑先生との面談は、私を勇気付け、最後までやり通す意思を保たせてくれた、楽しいひと時であり、無力さを思い知らされ続けた時間でもありました。そして、そんな私の4年間を支えた大切な時間でした。

今、ようやく学位記を手にして思うことは、大学院という「場」を体験できた4年間は、人との出会いと知的喜びを感じられる時間の集積です。

(2004.4.22)