東アジア言語文化講座
大学院生・修了生エッセイ集


鄭芝淑(平成16年度博士後期課程修了:文学博士)
 「千里の道も一歩から」

  私と名古屋大学との最初の出会いは今から13年前、1995年のことです。当時私が通っていた韓国の大学と名古屋大学との間に交流協定が結ばれその一環として、大学2年生の時、夏休みに一ヶ月間日本語の研修に参加しました。そして、その翌年の1997年にNUPACEの第1期交換学生として1年間名古屋大学で勉強できるチャンスを得ました。まさに棚からぼたもちのような気持ちでした。1年間の留学生活を終えて韓国に戻り大学を卒業し、ソウルに上京して大学院修士課程を終えました。大学院修了後母校で非常勤講師として日本語を教えることになりましたが、本格的な勉強のために再度日本に留学したいと思っていました。善は急げと半年間で日本語教師を辞め、2001年3月に名古屋大学大学院国際言語文化研究科国際多元文化専攻、東アジア言語文化講座に入学しました。運よく博士後期課程に合格でき天にも昇るような思いでしたが、その喜びもつかの間、すぐに大きな壁にぶつかりました。「日本語と韓国語のことわざの比較」という研究テーマは決まっていたものの、論文執筆の手がかりがまったくつかめないまま二年近くが過ぎてしまいました。自分だけが取り残されたようで、針の筵の日々でした。しかし、捨てる神あれば拾う神あり、その時、研究の糸口を得たのは指導教授の担当する「日韓英対照言語学」の講義においてでした。その講義の間、先生は次のようなことを繰り返し力説されました。


  「対照言語学という名称があるからといってそのような学問分野があると安易に考えてはならない。1つの学問分野が確立するため絶対に欠かせない条件として、研究対象と研究目的、そして方法論が明確になっていなければならない。研究対象と研究目的は比較的容易に規定できるが、方法論の確立ははるかに難しい。学問研究が個人の趣味や好奇心に留まらず他人の説得を目指すものである以上、科学的な方法論によって支えられなければならない。  明確な方法論の確立がなされていないという点で、対照言語学はまだ一人前の学問分野になっていないといっても過言ではない。学問分野に限らず、個々の研究についても同じだ。少なくとも博士学位論文のレベルの研究を目指すのであれば、対象・目的・方法論のすべてを明確にしなければならない。」


 科学的研究の条件について考えてみたこともなかった私にとっては、まさに寝耳に水のような話で大きなショックでした。先生の言われたことを自分の研究テーマである日韓のことわざに関する対照研究に当てはめてみると、研究対象は日本と韓国のことわざで、研究目的は両国のことわざの類似点と相違点を明らかにすることである、ということまではすぐに思い至りました。しかし、どのような方法論でアプローチするかということになると、まったく見当が付きませんでした。いろいろと先行研究を読んでみましたが、個別言語のことわざ研究については様々なアプローチ法が試みられていても、私が関心を寄せている「比較ことわざ研究」については方法論と言えるものを見つけられませんでした。その頃、新聞記事で「ことわざ研究会」があることを知り、藁にもすがる思いで明治大学で開かれる月例会に出席したりもしました。
 手がかりをつかむまでに長い時間がかかりましたが、答えは意外なほど簡単でコロンブスの卵のようなことした。先生に、方法論が見つからなくて困っていると話すと、それでは発想を変えてわからないのは方法論だけかという視点から考え直してみてはどうかとおっしゃいました。すると、それまでまったく疑いもしなかった研究対象そのものが明確にされていないということに気付きました。何か具体的な作業から始めないと前に進むことができないので、ことわざがどの程度知られているかをアンケート調査しようとしたのですが、適当に選んだことわざで調査してみたところ、信頼できる結果が得られなかったことがきっかけでした。韓国にも日本にもたくさんのことわざがありますが、その全部を比較の対象にすることはできないので、比較することわざを選択しなければなりません。その選択が客観的になされていない限り、有意義な結果を得られないということに気付いたのです。方法論にばかり気を取られていて比較の対象を規定することの重要さについて考えませんでした。もう少し正確な言い方をすれば、対象・方法論・目的が互いに密接に関連しあっていることに気付きませんでした。目的によって方法論が異なるように、対象に規定のしかたに応じて方法論が異なる、あるいは対象の規定が方法論の重要な部分でもあり得るということを考えませんでした。同時に、ことわざにはよく知られよく使われるものから、ほとんど知られておらずほとんど使われることのないものまで様々なものがあるという、考えてみれば当たり前のことに注目しなければならないことにも気付きました。頭で考えているだけではだめで、やはり行動して見なければ道は開けない、犬も歩けば棒に当たることを実感しました。
 それからの道のりも、辞典調査、アンケート調査、調査の結果の分析など大変だったのですが、一歩一歩進めばやがて目的地が見えてくるという安心感から、苦労しながらも楽しい毎日でした。それまで目も合わせられなかった先生の顔が地獄で会った仏の顔のように見えてきました。そのころから先生の薦めで研究日誌を書くようになりました。これはとても役に立ちました。日に日に変化していく自分が感じられるようでした。毎日、一行でも書きたい気持ちから毎日少しでも作業をしなければならないと思うようになりました。そうやって書き続けた研究日誌も今年で6年目を迎えます。本当に塵も積れば山となるということを実感します。
 2005年3月に満期退学をしてから名古屋大学で韓国語を教えながら論文を執筆しました。そして昨年3月に博士の学位を授与されました。授与式の日には喜びの涙とともに6年間の苦労をしみじみと思い起こし、励まし支えてくださった先生を初めとする周囲の方々への感謝の気持ちで一杯でした。苦あれば楽ありでしょうか、幸運なことに学位をいただいてすぐ、昨年の4月から名古屋大学大学院国際言語文化研究科国際多元文化専攻の助教として勤めることになりました。自分を育ててもらった母校で仕事ができることは本当に光栄なことです。助教に就いてから1年が過ぎましたが、若い後輩達をみると学生の時の自分のことを思い出します。後輩達からパワーをもらいまたエールを送りつつ、自分自身も一所懸命に頑張らなければと思いながら日々を送っています。

(2008年5月19日)