東アジア言語文化講座
大学院生・修了生エッセイ集


李穎麗(M2)
 「自分の本当の道」

  私は2000年に来日しました。母国での両親の庇護のもとに保障されていた不自由のない生活から一変し、異国に放り出された私は、借家探しに始まり、自活するためのアルバイトをはしごし、また食事や掃除などこまごまと煩わしい家事をする傍ら学んできました。この辛い生活が続く中、当時の私は将来を考え、自分はこれからどうすればいいか、どのようなことが自分に一番合っているのか分からず、暗中模索の状態でした。
 日本は経済大国であり、また今の世界経済は急速に発展しているので、私は今の時代に合うものを勉強しようと決心し、国際経営を学ぶために日本のある私立大学に入学しました。国際経営は時代の潮流に乗るモダンな分野です。しかし、大学3年次が終わる頃、これから経営の道で自分はどのような事ができるのかと疑問を抱き始め、盲目的に流行に追随するより、もっと自分にふさわしい、自分が本当に好きなことを学んだ方がいいと考え直し、再び将来の道を模索するようになりました。
 私は大学2年次からから、アルバイトで中国語を教えてきました。自分は中国人であるにもかかわらず、中国語を勉強する日本人の受講生からの質問に上手く答えることができないのが悔しくてたまりませんでした。しかしながら、中国語を教えることは自分にとって一番楽しく、やりがいを感じることだと気づき、教育の仕事に就きたいという希望が内から湧き上がってきました。やっと「自分の本当の道」を見つけた気がしました。そして大学3年次から1年間必死に独学で言語学を学び、名古屋大学国際言語文化研究科に入学を果たしました。自分の夢が少し見えてきたので、その喜びも一入でした。
 しかし、喜びと同時に不安も生じて来ました。自分の研究を如何に進めればいいか、どこから手をつければ良いのか見当もつかず、また、言語という専門は私にとって、全く触れたことのない分野であったため、専門的な知識も沢山身に付けなければなりませんし、本当に2年間で修士論文を書き上げることができるのだろうかと、“初生牛犢不怕虎”だった私は、心細くなってきました。そんな時、指導教員の先生は私の気持ちに気づき、様々な悩みに煩をいとわず相談に乗ってくださり、毎回の授業では専門的な知識を少しずつ丁寧に教えると共に、私達に研究発表の機会を与え、徐々に自分の研究テーマを掘り下げていくよう指導してくださいました。また、留学生の私にとって、日本語で論文を執筆することもひとつの難関でしたが、優秀な先輩にネイティブチェックをしていただいたおかげで、自分の考えを日本語でまとめることができました。このように、修士の2年間、構想発表、中間発表及び修士論文などの難関を順調に乗り越えてきました。
 修士2年間を終えた今、やっと研究のしんどさの後にある楽しさ、面白さが見えてきたところです。今年の4月からは博士課程に進学します。この博士課程の3年間を計画的に、時間を無駄にせず、一生懸命研究に励みたいと思います。もちろん研究だけではなく、自分自身の総合的な素質もますます高めていきたいと思っています。
 これからは、自分の本当の道でもっと輝く人生を送り、日中両国間の架け橋になるように自分の全ての力を尽くし、頑張りたいと思います。  最後に、この場を借り、いつも支えてくださった方々、お世話になった方々に心からお礼を申し上げます。
(2008年3月27日)