東アジア言語文化講座
大学院生・修了生エッセイ集


徐陽(平成27年度博士前期課程修了)
 「知識以外のもの」
 日本での長い留学生活が数日後の修了式をもって終了します。今までの経験を振り返るのは、
まさに自分が大人に成長する過程を思い出すことです。名古屋大学での学習生活はこの過程の
最後の段階に相当します。
 当時、現代中国語文法を専門として選んだのは興味本位でした。大学院に入ったらより専門的
な知識を身につけ、自分が興味を持っている分野に打ち込むことができると思いました。しかし、
時間が経つにつれて、知識のみならず研究者としての学問に対する考え方も大切だと感じるよう
になりました。むしろ知識よりさらに重要だと言っても過言ではありません。
 研究対象である中国語の表現は母語話者にとってはありふれたものでしたが、それらを外国語と
して改めて捉え、なぜそのような表現が存在するのかについて追究してきました。その背後には
中国の文化や中国人なりのユニークな考え方が潜んでいます。自分の頭の中でいつも「なぜ」と
問題提起をすることは研究の道の第一歩だと思います。複雑な言語事象を解釈する際に、いろい
ろな角度から考察し、論理的に結論を出すことが大切です。このとき、自分一人ではなく、先生
や先輩と議論する過程で問題解決のキーが見つかるかもしれません。時として、ようやく出した
結論が必ずしも正しいとは限らないため、何度もその結論を考え直すことは不可欠です。そのよ
うな過程ではいろいろ苦労するでしょうが、論文を書き上げた瞬間にきっと達成感が得られるこ
とと信じています。
 ありふれた現象に対して問題提起を行い、いろいろな角度から考察して解決方法を探し、結論を
出し、再びそれが正しいことを裏付けるためにいろいろな根拠を収集し、何度も考え直すことは
私たちの今後の人生において非常に重要です。今後、たとえ研究者の道を歩むことはなくても、
これは私たちにとって貴重な宝ではないかと思います。
 皆さんが大学院を修了する際に、知識だけではなく、それ以外の、先生方からいただいたものを
持って新しい道を歩んでいくことを願います。




                           


                                                        (2016年3月23日)