東アジア言語文化講座
大学院生・修了生エッセイ集


李海(平成20年度博士前期課程修了予定)
 「進学という選択」

  【進学の喜びよりも・・・】
 この3月に、修士課程を終え、博士課程へ進学することになりました。しかし、その進学の喜びより、これからの現実を考え、思い悩む日々が続きました。  中国の多くの修士課程が3年間なので、日本の2年間は本当に短く感じました。修士一年の段階では、単位の取得のため自分の研究が殆んどできず、また、二年の段階でも、論文の仕上げに追われ、落ち着いた研究時間を充分に持つことができませんでした。 従って、自分なりに価値があると思った幾つかの発見があっても、十分な展開と有力な論述ができたとは言い難いまま、修士課程が終わってしまいました。  この時点で、私の目の前に路が二つありました。進学するか、卒業して就職するかです。 ・・・人間は重要な選択に臨む時は最も真剣になります。選択の如何によっては、全く 異なる人生を歩むわけですから、自分の人生に責任を持って決断を下さなければなりません。その重要さゆえ人間は真剣に悩むのです。
 
【私の悩み】
 まず、日本語です。大学では法律を勉強していましたが、修士では、研究方向を日本言語文化へと大きく転換しました。無味乾燥かつ格式千篇一律の法律条文と比べ、文学の言語は多彩です。文学、文章及び翻訳の修業を経ていない私と、他の多くの日本言語を専攻してきた学生と比べて、私の日本語力の欠如は、明らかです。  その結果として、自分が書いたものは、中国語からの発想が多く、日本語としては論拠 に欠ける場合が多かったです。この問題は、既に修士論文の作成段階で先生から指摘されていました。これからの投稿論文や博士論文は日本語で作成しなければならないので、今後、更に日本語能力を高めることができるかどうか懸念しています。  また、周知のように、日本では文系博士号を取得するのに4〜5年はかかるのが普通です。周囲の国費留学生と違って、私費留学の私は、学業と並行してアルバイトもしなければなりません。果たして、両立できるでしょうか。

【向かう方向が見えてきた】
 普段タバコを吸わない私も、この重大な決断に迫られていたある日の深夜、いつしか口にタバコをくわえ、考え込んでいました・・・。 やがて、「2年間はあっという間に過ぎたが、実はこれからが本格的な研究の始まりではないだろうか。興奮して眠れなかったほどの新たな発見をした時の論述を、まだ論文という形で公開していないではないか。この研究を続けることに少しも苦痛はない。自分の好きなことをやれるということは、一番の幸せであり、更に頑張れば、いずれ憬れていた教職へと結びつくんだ」と、心の中の叫び声が次第に大きくなってきました。 また、自分の周りには私を支援してくれる人々もいます。指導教員、そして最近ある先生の誘いで参加している研究会の面々、両親はもちろん。また、中国語を教えている日本人生徒との間にも信頼関係が芽生え、特に日本語の面では応援してくれそうな生徒もいます。 そして、社会からの要求の如何にかかわらず、博士号は自分自身にとって単なる学位ではなく、自分の研究の足跡と成果の現れであるという潜在的認識もあって、「進学を選び更に努力しよう」という結論に達しました。

【幸運にも、竹を眺めて】
 さて、精神的な進学への準備ができたとはいえ、経済的な面も無視できません。今後数年間研究を続ける上で、贅沢な生活はできません。高額な賃貸マンションから引越ししようと考えていた矢先、思いもよらぬ幸運が・・・友達が学校の近くの庭付き一戸建てを紹介してくれました。しかも、賃貸料が信じられないほど安い。そして、その庭には竹が植えられていました。 日頃から明治文学を読み、日本の家屋の美しさに感銘していた私にとっては、明治時代の文人達が暮らしていた落ち着いた素朴な感じの生活環境を、自らが日々体感できるとは 夢にも思っていませんでした。  早速、畳の上にコタツを置き、谷崎の「陰翳礼賛」を想い出しながら庭へ目が・・・。一列の竹を眺めていると、周作人、郭沫若などの文芸大家のように、私も日本の美を味わい始めています。  故郷の四川省は竹の名産地として知られています。また、竹を愛する人と言えば、「たとえ食べ物は肉が無くてもいいが、住まいには竹が無くてはならない」という打油詩を作った蘇軾を思い出すでしょう。  長年故郷を離れた遊子にとって、故郷の草、木、人が恋しくなります。敬愛する故郷の文豪蘇軾との接点があってこの道を選び、これから進む博士課程に一抹の不安を抱きつつも、庭のこの強くて謙虚な竹に勇気付けられ、一日一日と、有益な生活を送って行きたいと思っています。

(2009年3月9日)