エッセイ
  「私とブラジル」

             
   瀧藤千恵美(現代アメリカ表現科学講座 博士後期課程2年在学中)

 私は現代アメリカ表現科学講座の博士後期課程2年に在学しています。研究のフィールドはブラジルのアマゾン地域、対象としているのはアマゾンで行われている祭り「ボイブンバ(Boi-Bumba)」です。初めてこの祭りの名前を聞く人が大部分(知っている人はほぼいないと思いますが)だと思うので、簡単に説明しますと、ボイブンバは毎年6月の末にブラジルのアマゾナス州パリンチンス(Parintins)という人口約6万人の地方都市で行われます。インディオやアマゾンの自然、伝説などアマゾン要素をモチーフにした、カーニバルについでブラジルで二番目に大規模なフォークロア祭です。青チームと赤チームに分かれ、どちらのパレードが素晴らしいかを3日間競います。また祭りの中で用いられる音楽や踊りは、アマゾンの人々の娯楽として楽しまれています。

 
 修士論文では「Um Estudo sobre o Desenvolvimento do Boi-Bumba em Duas Cidades Amazonicas」(アマゾン二都市におけるボイブンバの発展についての一考察)と題し、元々は路上で踊られていた小規模な祭りであったボイブンバが、いかに現在のような大規模な祭りへとなりえたのか、その歴史的過程と発展に影響を与えた要因、現在の祭りの構造などについてまとめました。現在は引き続きボイブンバに焦点を当て、産業と祭りの関連性、相互関係に注目し、ボイブンバや祭りの中で用いられるアマゾンモチーフがどのように表象されているか、また「商品」として提供されているかについて検討していこうと思っています。

 
 そもそも、なぜブラジル(アマゾン)について研究しようと思ったのか。それは今から20年以上も前に遡ります。私とブラジルの最初の出会いは6歳の時でした。父親の仕事の都合で、何も分からないまま連れてこられた場所が、ブラジルのミナスジェライス州の州都ベロオリゾンチ市(Belo Horizonte)という町でした。住んでいたのは3年間で、日本人学校に通っていましたが、その間にポルトガル語も勉強しましたし、またブラジル各地を家族で旅行し、日本の23倍もの面積を誇るブラジルの多種多様な側面を子供心に垣間見ることができたわけです。人生の多感な時期にこのような経験をできたことが、今の自分が進んでいる道の根底にあると思います。

 
 その後日本に帰ってきてからは、ブラジルには興味はあるものの、だからといって何かしたわけでもなく、大学も経済学部でただ漫然と過ごしていました。次に私をブラジルと結びつけた契機は大学3年生の時、名大の文学部に貼ってあったポスターで「日本ブラジル交流協会」の存在を知りました。この団体は「日本とブラジルの掛け橋となる存在を育てる」ことを目指しており、毎年約40人の研修生を「働きながら学ぶ」ためにブラジルに派遣しています。私は第18期研修生として1998年から一年間アマゾナス州マナウス市(Manaus)にある「アマゾナス日系商工会議所」で働いていました。このマナウスで出会ったものが、現在研究の対象としている「ボイブンバ」でした。祭り自体は先ほども述べたようにパリンチンスという町で行われているのですが、その影響はアマゾナス州の州都であるマナウスにも広がっており、町の至る所でボイブンバの音楽が流され、週末になるとあちらこちらで踊りが娯楽として提供されています。私もその魅力に取り付かれ、在伯中はボイブンバの踊りを習い、踊り狂っていました。

 
 日本に戻ってきてからもその熱は冷めることなく、ボイブンバ以外にもサンバやカポエイラなどを習うことでブラジル文化に触れ、また何とか覚えた(覚え直した)ポルトガル語を用いて在日ブラジル人子弟のための語学指導助手の仕事をしたりしました。大学を卒業する際、こうして今まで触れてきたブラジルに対して何か「恩返し」的なものをできないか、ということで「大学院進学」の道を選択しました。というのも、ブラジル研究は日本においてはまだ発展途上段階であり、特に自分がやっている「ボイブンバ」に関する研究は日本においてはほぼ皆無ですし、「ブラジル文化」に枠を広げても、かなり限られている状況です。実際日本とブラジルの関係はかなり深いにも関わらず、ブラジルの情報は乏しく、日本ではブラジルに対する興味が薄いような気がします。私が魅了されている「ブラジル文化」をもっと多くの人に知ってもらいたいし、また学術的にも研究を幅広く展開していける余地があると思います。それで本研究科の門を叩きました。私は経済学部出身で、全く(というわけでもないですが)違う分野にいきなり入り込むことに少々抵抗はあったのですが、周りの学生を見回してみても、私のような外来者は少なからずいましたし、多くの先生たちの指導もあって、今までやってこれた次第です。

 
 最後に、私の場合は自分の好きなものや興味のあるものを追究したいという欲求から、博士後期課程まで進学するに至りました。ですから個人的には研究の対象というものは面白さや関心を感じなければ、研究をしていても苦痛になってしまうような気がします。動機はどうであれ、自分がいかに「対象」を研究したいか、という気持ちを持つことが大学院生活の原動力になるのではないかと思います。

 
 余談ですが、私は「ボイ・アマゾナス」というボイブンバのバンドを東京で組んで、そこでダンサーをしています。定期的にイベント(東京が主ですが)を行い、ボイブンバの普及に努めています。HP(下記)がありますのでぜひ見てください。

http://www.boiamazonas.com/  

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