ケンブリッジ大学中央図書館における

インターネット利用の現況について



吉村正和


1.はじめに
 この報告は、1995年名古屋大学言語文化部において実施された特定研究「言語文化情報の電子化とインターネット」プロジェクトに参加し、そこで「インターネットを利用した文化情報研究の調査」を行った結果の報告である。その成果は、名古屋大学言語文化部のホームページ、および参加者各自の責任において作成されたホームページそのものにある。「インターネットを利用した文化情報研究の調査」は、1994年12月から1995年9月までは名古屋大学において実施し、さらに1995年10月からは在外研究員として滞在したイギリスのケンブリッジ大学において引き続いて行った。1995年9月までの調査の結果については、その時点で作成した筆者のホームページ(URL:http://lang.nagoya-u.ac.jp/~yoshimur/)にまとめてあり、ここでは、ケンブリッジ大学中央図書館におけるインターネット利用の現況と合わせて報告することにしたい。

2.図書検索および情報アクセスについて
 ケンブリッジ大学中央図書館に備えられているコンピューター端末では、University Library Catalogue (大学中央図書館の蔵書カタログ)、Union Catalogue of Departmental & College Libraries (ケンブリッジ大学のすべてのコレッジおよび部局所属の図書館の蔵書カタログ )、Cambridge Union List of Serials (カレント雑誌を含む定期刊行物のカタログ)などを利用することができる。大学中央図書館内での利用については、中心となる検索室(30ほどのコンピューター端末による図書検索だけのコーナーと、CD-ROMをあらかじめ組み込んだ端末が利用できるコーナーに分かれている)のほか、各フロアの至るところに配置された図書検索用の端末からも可能である。しかし、500万冊を超える蔵書のうち1977年以降の登録図書については電子化が終了しているが、それ以前の図書については現在でもまだ2〜3%しか電子化が進んでいないという問題は依然として残っている。
 ケンブリッジ大学の図書検索は、大学中央図書館だけでなく大学内のすべてのコレッジや部局からも行うことができる。それ以外に、University of Cambridge Computing Service (マッキントッシュ専用室およびマッキントッシュとPCの共同利用室の2つの独立した部屋をもつ)、Literary & Linguistics Computing Centre (マッキントッシュとPCの共同利用室)からも図書検索を行うことができる。ケンブリッジ大学のすべての教職員および学生は、希望すれば自分のuser identifier (login name) が与えられ、コンピューター端末から図書検索を行うことができるだけではなく、電子メールの利用(図書の貸出状況に関する問い合わせやリコール請求などの手続きは、電子メールでも行うことができる)、Microsoft Word (v 5.1)、Microsoft Excel(v 5.0)、Claris Works (v 4.0) などソフトウェアによる文書作成、インターネットへの接続が可能である。インターネットやソフトウェアの利用法については、初心者用にさまざまな講習プログラムが用意されており、だれでも無料で受講することができる。
 ケンブリッジ大学外からの接続については、World Wide Web のケンブリッジ大学ホームページ(http://www.cam.ac.uk/index.html )から直接ケンブリッジ大学中央図書館の検索プログラムに入って利用する方法のほかに、テルネットを利用することもできる(Telnet address: ul.cam.ac.uk )。ここ数年にわたりケンブリッジ大学中央図書館がもっとも精力的に整備を進めているのが、インターネットを利用した検索システムの開発であり、大学中央図書館はすでにそのホームページを公開している(http://www.cam.ac.uk/Library/index.html)。大学中央図書館と109に及ぶのすべてのコレッジおよび部局所属の図書館の所蔵図書は、統一検索リスト(Online Catalogue System )を通して一括検索ができるようになっている。
 ケンブリッジ大学以外の大学の蔵書検索については、大学中央図書館の検索室において、Hytelnet Online Library Catalogs がつねに参照できるようになっており、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの大学・研究所などの図書館の蔵書カタログにアクセスすることができる(http://www.cam.ac.uk/Hytelnet/sistes1.html)。

3.CD-ROMによるデータベースの利用について
 大学中央図書館のデータベースの利用については、現在20種類以上のCD-ROMが用意されている。その何点かを紹介すると、次のようになる。
 18th Century Short Title Catalogue (STC) は、18世紀における政治・経済・社会・哲学・文学・宗教などすべての分野におよぶ英語刊行物をマイクロフィルムに収録したものの検索カタログである。STC については、1994年度の名古屋大学中央図書館の大型コレクションで購入を決定した経緯もあり、われわれの関心も深いものである。このカタログを利用すると、STCの分類番号が示されて、目的のマイクロフィルムを見ることができる。名古屋大学でも同じように利用は可能であるが、まだ検索段階での電子化が終わっていないうえに、STC本体についても、京都大学に続いてその一部を購入したにすぎないし、今後の継続購入の予定はまったく白紙の状態にある。ケンブリッジ大学中央図書館では既刊のマイクロフィルムはすべて所蔵しており、筆者自身、このカタログを利用したとき、マイクロフィルムを見るものだとばかり思っていた。しかし、ケンブリッジ大学のメリットは、この場合、マイクロフィルムを見ることにはない。利用者はさらに進んで、別に用意された大型カタログを参照しながら、マイクロフィルムではなく、18世紀に出版された書物そのもの(多くの場合、その初版本)を、Rare Books Room において簡単な手続きを経た後に、みずから手に取って参照することができる。ケンブリッジ大学は、イギリスではブリティッシュ・ライブラリー、オクスフォード大学図書館と並んで、イギリスで印刷・出版されたすべての図書・新聞を無料で受け取る資格が与えられた Copyright Library に指定されており、その蔵書の豊富さでは世界でも類例をみないと同時に、STCに収録された文献のかなりの部分が、この3つの図書館に所蔵されている原本を基にしているのである。
  English Poetry Full-Text Database は、主としてThe New Cambridge Bibliography of English Literature (Cambridge: Cambridge University Press,1969-1972) を電子化したものであり、アングロ・サクソン時代から19世紀に至るまで1350人の詩人の作品をデータベース化している。このデータベースは、教職員・学生がダウンロードしてみずからの論文にそのまま利用できるようになっている(価格は、3万ポンドほどとかなり高額ではあるが、STCと並ぶ代表的な資料であり、名古屋大学中央図書館においても設置が望まれる)。文学テキストの電子化は、オックスフォード、プリンストン、ラトガーズなどの諸大学において進められており、その成果はインターネット上において無料で公開されているが、読み出しの早さと利用の簡便さからはCD-ROM の利用が望ましいことはいうまでもない。
 さらに、1920年までにボドレアン図書館が収集した約130万冊の蔵書カタログ Bodleian Library Pre-1920 Catalogue of Printed Books、 1975年までにブリティッシュ・ライブラリーが収集した850万冊におよぶ蔵書カタログ British Library General Catalogue of Printed Books、後2世紀から13世紀までの1000人を超える作家の著作を収録した Patrologia Latina などのほかに、19th Century General Catalogue、 MLA International Bibliography、Microsoft Art Gallery などのCD-ROM が利用できる。こうした資料で検索した図書がケンブリッジ大学に所蔵されていなくても、Inter-Library Loans の制度を通してアクセスが可能である。大学所蔵のCD-ROM以外についても、BIDS (Bath Information and Data Services) あるいは、OCLC FirstSearch などのデータベースが大学中央図書館を通して無料で接続できるようになっている。
(なお、イギリス・ロマン主義に関係する文学テキストについては、筆者のホームページからも参照することができる。その中で有益なサイトとしては、たとえば、http://jefferson.village.virginia.edu/blake/blake.wip-1.html;ftp://ftp.std.com/obi/William.Blake/;http://library.utoronto.ca/www/utel/rp/authors/blake.html;http://www.cc.columbia.edu/acis/bartleby/wordsworth/wordchrono.html;http://www.lib.virginia.edu/etext/stc/Coleridge/stc.html;http://www.cc.columbia.edu/acis/bartleby/shelley/index.html;http://www.cc.columbia.edu/acis/bartleby/keats/;http://www.english.upenn.edu/~jlynch/18th.html;http://humanitas.ucsb.edu/liu/rombib95.html などがある。

4.電子メールによる情報交換について
 インターネットの大きな特徴は膨大な情報量にあるが、もうひとつの利点は情報の速報性にある。これまでの電話・FAX・郵便という通信手段でも充分に情報の伝達は可能であるが、その速報性と扱いやすさという点では電子メール(e-mail)が優れている。ケンブリッジ大学中央図書館でも、電子メールによって図書の貸出状況に関する問い合わせやリコール請求などの手続きを行うことができるようになっていることはすでに指摘したとおりである。筆者自身の最近の利用例として、ケンブリッジ大学の所蔵する錬金術写本に関する情報を電子メールによって入手することができた。筆者の電子メールによる問い合わせに対して、スコットランド在住のある研究者は、直ちにフィツウィリアム博物館、トリニティ・コレッジ、キングズ・コレッジなどケンブリッジ大学の所蔵する錬金術写本のすべてのデータを電子メールで回答してきた。
 ケンブリッジ大学は13世紀にまでさかのぼるイギリスでも有数の大学であり、所蔵されている貴重な写本も膨大な数にのぼる。わずか1年足らずの間に見ることのできる写本はかぎられており、情報の整理だけでもかなりの時間がかかったはずである。電子メールによる情報を通して時間の節約ができたのはありがたいことであった。ケンブリッジ大学の付属施設であるフィツウィリアム博物館には、「リプリー・スクロール」という錬金術写本が残されている(原本は2点しか現存しておらず、残る1点は大英博物館にある)。フィツウィリアム博物館の写本はいくぶん小さめであるが、現存する最古の錬金術写本であるとともに、16世紀における錬金術隆盛を実感できるみごとな写本である。トリニティ・コレッジのレン図書館にも、ロバート・フラッドの『哲学の鍵』の立派な自筆草稿をはじめとして錬金術写本がかなり大量に所蔵されており、必要な手続きを経て自由に参照することができる。ニュートンとトリニティ・コレッジとの関係からニュートンに関する写本も豊富である。とくにニュートンの錬金術草稿(「ケインズ・マニュスクリプト」と呼ばれる)は、ケインズ自身から寄贈を受けてキングズ・コレッジに保管されている。保存状態が悪く破損のおそれがあるということで、現在は残念ながら草稿そのものは見ることは許可されていないが、すべての資料はマイクロフィルムに収められており、大学中央図書館において自由に参照できるようになっている。

5.インターネットと世界図書館
 インターネットとはネットワークのネットワークであり、世界におけるコンピューター・ネットワークに接続するすべての人々は、いわば「仮想共同体」すなわちヴァーチュアル・コミュニティを構築している。インターネットを流れる情報は人間の知識情報のほぼすべての分野に及んでおり、筆者にはインターネットが新しい形式の「エンサイクロペディア(百科事典)」であるように思われる。18世紀の啓蒙主義を象徴する百科事典はディドロによる『百科全書』であり、それが近代ヨーロッパそのものの形成を促す重要な知的源泉となったことはよく知られている。インターネットは、20世紀から21世紀にかけての情報化時代が生み出した新しい百科事典とはいえないだろうか。この新しい百科事典の特徴は、情報量がほとんど無限大といってよいほど膨大であるにもかかわらず、媒体が活字印刷ではなく電子であるために、ネットワークに接続したコンピューターの端末によって誰でも容易に必要な情報にアクセスできるという点にある。インターネットの利用者は、3000万人のコンサルタントを無料で抱えているのと等しい立場にある。必要な情報については、ブラウザーソフトの検索ボックスにその項目を打ち込むことにより瞬間的にアクセスすることができる。
 フランコ・ヴェントゥーリの『百科全書の起源』(法政大学出版局)によると、ディドロ以前のフランスにおいて『百科全書』のアイデアをもっとも明確に示したのは1737年に行われたアンドルー・マイケル・ラムジーの講演であるという。ラムジーは、「神学と政治だけを除いた他のあらゆるリベラル・アーツおよび実用科学を収録する」百科事典の編纂にヨーロッパの学者・芸術家が協力するように呼びかける。彼は、さらに「あらゆる国の知識をたった一冊にまとめる手筈になっている。それはあらゆる自然科学、あらゆる高尚な芸術のなかでとりわけて美しく偉大で、光に満ち溢れており、堅固にして有益なものを収めた一大倉庫、世界図書館として役立つことだろう。この作品は知識の増大に応じて世紀ごとに増加していくことだろう」(イタリック体は引用者)と述べている。ここには、人間が学問と技術において発見したすべての知識情報を数巻の書物に凝縮することを目指した『百科全書』の思想と響きあう内容が含まれている。「堅固にして有益なものを収めた一大倉庫、世界図書館」という発想には『百科全書』だけではなく、さらに現代のインターネットの思想の原型を読み取ることができるであろう。インターネットは、『百科全書』の思想をさらに地球規模にまで拡大して実践される巨大な情報ネットワークと考えられる。
 『百科全書』の背景にはヨーロッパ近代主義の潮流を見い出すことができるが、インターネットを突き動かしている原動力も同じようにヨーロッパ近代主義であると見て間違いがない。西垣通氏は『マルチメディア』(岩波書店)において、「パソコン、そしてハイパーメディアを支えるのは、何より理性をもった個人を絶対視するという思考である。あらゆる情報は個人の頭脳のなかでまとめあげられ、合理的・効率的に意思決定がなされる」(イタリック体は引用者)と述べ、パソコンが「アメリカ文化の申し子」そのものであると明言している。さらに、「神という崇高な存在が情報伝達の媒介項となる」として、インターネットなどのネットワークを通して個人と個人とが互いに情報を交換しあう前提がキリスト教という準拠枠であるとも指摘している。18世紀において分類やシステムという概念の思想的な根拠となったのも、ユダヤ=キリスト教的な世界観であることを想起すべきである。『百科全書』は人間の自由・平等を掲げる啓蒙主義という時代精神の産物であるが、インターネットには個人の神格化(この概念の近代的な表現がいわゆる人間形成である)を目指すヨーロッパ近代主義の影響が色濃く落ちているように思われる。

6.おわりに
 この在外研究のためにロンドン経由でケンブリッジに入ることになり、ロンドン到着時刻が夕方に設定された。そのため、どうしてロンドンにホテルを予約する必要が生じたが、旅行代理店のもってくるロンドンのホテルリストは高級ホテルばかりで(身分不相応として)断わらざるをえず、結局自分の研究室のコンピューター端末からインターネット経由で自分にふさわしい適切なホテルを探し、みずから予約してロンドンに入ったという事実もある。ケンブリッジ大学(Faculty of Oriental Studies)では朝日新聞の国際衛星版が寄贈されており、ほぼ日本と同じ情報をその翌日には得ることができるが、インターネットを通して朝日新聞(http://www.asahi.com)など代表的な新聞のヘッドラインを読むこともできるし、みずからもそうしていた。インターネットの利用は図書検索・情報収集・旅行だけではなく、国内・国外を問わずわれわれの生活全般に計り知れない恩恵を及ぼすことなると予想される。
 インターネットを利用した文化研究の可能性はまだ未知数である。グーテンべルクによる15世紀の印刷術の発明以来、文明社会における文化の創造と研究には活字印刷技術がその大前提となっていた。インターネットの登場によって500年の間暗黙の前提となっていた活字文化に電子文化が代わりうるのかどうか、その解答はここ数年間のインターネットの展開の仕方によって決まるといえよう。
(名古屋大学言語文化部教授)

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