教師が行う発音の訂正、非訂正行動

田中比呂美

 

1.  はじめに

夏季実習では、実習開始前にAETが仕事や日常生活において必要とする会話能力の向上を学習目標に掲げた。その目標に合わせて取り組み、場面別の日常会話を中心に会話練習を行った。私が担当したゼロ初級クラスでは、日本語学習歴がほとんどない人が対象であるため、日本語の音声に慣れていない人達である(事前調査によりクラス分けしている)。そのため、会話練習での教師と学習者の発話のやり取りは、教師が学習者にモデルになる発話を示した後、発話を促し練習を行うという練習形式が多くなる。この練習過程で、教師が学習者の音声面の問題を指摘していないことが言われている(松崎2004)。問題を指摘しないということは、学習者に誤りがあることを伝えないことになる。そのため、学習者が自分の音声上の問題を知る機会を失わせることになる。問題として現れてくるのは、学習者自身が自ら発音に注意して話そうとした場合に、正しく発音するにはどこに気をつけたらよいか、という情報を持てないことである。そのため、訂正されない発音が残り、後になって日本語母語話者から発音がよくないという評価を受ける原因を作ってしまうのではないかと考えられる。
 本稿では実習の会話練習を振り返り、学習者の音声面の問題点とその時の私自身の教師としての訂正、非訂正行動を見直し、実際にどのような問題をどう対応していたかを分析する。分析には、教師の非訂正の談話構造(加藤1997)を用い、段階的に行動を見直す。その結果から今後の指導でどのような発話に注意が必要か、訂正行動はどうしたらよいか、改善策を考察する。


2.  教師の発音の訂正、非訂正行動

2.1            発音の問題を見逃す理由

学習者の誤用に対し教師が訂正を行わないことを訂正回避という(村岡1999)。訂正回避には誤用に気付かない場合、わざと訂正を避ける場合がある。発音の問題を見逃す行動は、訂正回避であり、前述の二つの場合になる。ある一人の日本語教師に発音の問題を見逃す行動を取っているか尋ねてみたところ、教えているときに発音の訂正まで手がまわらないという答えであった。理由として時間の問題を挙げ、気付いていても訂正を避けていることが考えられた。
 日本語母語話者の大学生が非母語話者の日本語を聞いたとき、アクセントやイントネーションなどの韻律の諸要素よりも子音やリズムの誤りの指摘をしている(松崎2004)。指摘をする側の能力(何が変か説明できない)と状況(キリがないから説明しない)が関係してこうした傾向になっていると推測されている。

2.2            教師の非訂正の談話構造

教師の訂正、非訂正行動の分析に、加藤(1997)の教師の非訂正行動を説明するためのモデルである、教師の非訂正の談話構造を用いる。これは接触場面における言語管理プロセス・モデル(Neustupny 1985)を基にしたものである。教師の非訂正の談話構造は、教師の発問、学習者の反応、学習者の反応に対する教師の反応の順で成り立っている。教師の反応の部分は、時間順に探求ステージ、調整ステージ、実施ステージと3つに分けられ、各ステージでの判断の結果によって非訂正行動になる。図1に教師の非訂正の談話構造を表す。

      T 発問(elicitation) 
            

L 学習者の誤用を含んだ反応           

     ↓────────────↓

  留意されない        留意される(違反)

T  │              ↓

     評価されない    否定的評価(不適切)       探求的ステージ

      or           

     肯定的評価    ↓────────↓

            無視される  訂正決定

   │    │      │        ↓

   │    │      │    調整手段の決定     調整ステージ

   │    │      │        ↓

   ↓    ↓      ↓        実行        実施ステージ

非訂正

 

        図1 教師の非訂正の談話構造(加藤1997, T=教師・L=学習者)
 

2.3            発音の訂正、非訂正行動

松崎(2004)は、教師の非訂正の談話構造での「訂正」はそのまま評価行動に置き換えられると述べ、発音の評価者が評価するとき、同じように段階を踏むとしている。留意される(違反)は「逸脱した学習者の日本語の特徴に気付くこと」、評価は「それが悪いか良いかを判定すること」、訂正決定は「コメントするかしないか決定すること」である。学習者の応答に対し、私の踏んだ段階を追って分析し、私の教師としての行動を見直す。

 

3.  実施内容

3.1 実習での発音の誤用と教師の行動
実習時のビデオから担当授業中の学習者の発話を聞き、学習者の発話と私の訂正、非訂正行動を確認した。

学習者の音声上の誤用は、大きく分けて2種類現れた。一つは「ともだち」を「ともらち」と言ってしまうような語の意味を表す単位のもので、分節音の誤りが原因である。もう一つは文末が上がり調子になるような文の意味を表す単位のもので韻律が原因である。
 私の教師としての行動は、語の単位の誤りには訂正行動を取っているが、文の単位の誤りには非訂正行動を取っていた。表1に会話場面別に誤用の内容と教師の行動を表す。但し、ここで挙げるものは、担当授業の内容のうちビデオで音声が聞き取れたものに限定している。
 

1 会話場面別誤用の内容

会話場面

誤用の種類

誤用の内容

教師の行動

(1)学校での自己紹介

語(拍の長さ)

 

文(文末の上昇)

どうぞよろしく
→「どぞ」になる。

はじめまして、○○(名前)です。
 →「です」の部分が
  上昇する。

△△(出身国名)から来ました。
 →「から来ました」の
  部分が上昇する。

英語の教師です。

→「です」の部分が
上昇する。

 

訂正

 

 

非訂正

 

 

 

非訂正

 

 

非訂正

(2)買い物

文(文末の上昇)

はい、あります。

→「ます」の部分が
上昇する。

 

非訂正

(3)勤務先(学校)へ
電話

文(文末の上昇)

栄中学校の○○(名前)ですが。

→「ですが」の部分が「ですがぁ」になり、「ぁ」が上昇する。

英語の先生をお願いします。

→「ます」の部分が
上昇する。

 

 

非訂正−A

 

 

 

 

非訂正

(4)パーティーでの
自己紹介

語(アクセント)

 

 

 

 

 

文(文末の上昇)

 

 

 

 

 

すみません

→「すみ」の部分が高低のアクセントになる。

こちらは

→高高低高のアクセントになる。

(名前)です。
→「です」の部分が
 上昇する。

シアトルでやっています。

→「やっています」の部分が上昇する。

 

非訂正

 

 

非訂正

 

 

非訂正

 

 

訂正

 

授業を振り返り、各誤用が起きた時の判断、行動を教師の非訂正の談話構造に当てはめてみると次のようになった。

教師の行動はほとんどの場合に非訂正であり、訂正は2点だけであった。非訂正の場合は、探求ステージで逸脱した学習者の日本語の特徴に気付き「留意される(違反)」とした場合とその時は気付かず「留意されない」になった場合があった。「留意される(違反)」の場合は、表中の教師の行動欄で「非訂正−A」としたもので、その時、「否定的評価(不適切)」であると判断していた。次に「無視される」に進み、「非訂正」となった。その時の学習者の発話「栄中学校の○○(名前)ですがぁ。」がふざけているように聞こえ、その通りふざけているのかなと思ったことを覚えている。

訂正の場合は、表中の教師の行動欄で「訂正」としたものである。2つあるが2つとも同じ過程であった。「訂正」では、探求ステージで学習者の日本語の特徴に気付き「留意される(違反)」とし「否定的評価(不適切)」であると判断し、次に訂正決定に進んだ。調整ステージに入り、「調整手段の決定」として同じ文を繰り返すことにし、実施ステージで適切な発音の繰り返しを「実施」した。
 

3.2            教師の行動と原因

訂正が少なく、ほとんどが訂正だったことは、教師としての行動で学習者の反応に対し、探求ステージで逸脱した学習者の日本語の特徴に気付かず「留意されない」になったためである。学習者の発話文の文末が上昇していたが留意していなかった。原因は、教師として学習者に対し学習目標を低く持っていたためと、練習のさせ方が悪く発話させる回数が少なかったためである。学習目標が低いと言うのは、教師の発問に対し学習者がある程度反応を示せばよいとしていたのではないかと思う。授業中、学習者のリピートがあまり行われないことがあり無意識のうちに目標を低くしてしまっていた。もう一つの非訂正(非訂正−A)では、発話された音声から誤解したためと、訂正が必要であるという注意点として前もって準備していなかったためである。
 訂正をした場合の原因は、学習者が言い辛そうな様子だったためと特徴が私にとって気付き易いものであり非訂正の場合のような誤解がなかったためである。

 

3.3            学習者の行動

学習者の中には国名、名前をきちんと言いたいという発言を休憩時間にしている人があった。そのため、国名、名前の練習では私も注意を払っていた。学習者によっては、言いづらいときは、自分で復唱したりしていたし、他の人が言うのをじっと聞いていたりしていた。教師の発話が聞き取れなかったときは、期間の後半では他の学習者に聞く場合もあった。しかし、非訂正の箇所では学習者自身で言い直しをすることはなく、問題ないと思われているようだった。
 

    

4.  反省点、改善案

自分自身の教師としての学習者への行動を振り返り、学習者の応答に誤用が含まれているにも関わらず訂正行動が少なすぎることが分かった。準備の段階で英語母語話者の特徴を調べ分かっていたはずだったが、授業では意識できていなかった。学習者のリピートをうまくさせられなかったことで、容易に学習目標が低くなってしまっていた。そのため、学習者は十分な練習をしていなかったことに気付いた。今回、このことから、発音練習では学習者は表現が言えるようになるためにリピートする必要があると自分自身が考えていたことが分かった。教発音練習について経験から教師としての私の持っている考え、フォークペダゴジー(Bruner 2004)があり、学習者にリピートをなんとかさせようと思っていたのだった。うまく実践できないとなぜだろうと思い動揺していたように思う。そのことも積極的に訂正することができなかった一つの原因としてあるように思われる。

非訂正の行動の中で、勤務先への電話の場面では訂正すべきところで訂正できていなかったことが特に問題を感じている。最も反省している点である。学習者の発話は、ふざけているように聞こえたが、もし、学習者がふざけていたのでなく、そのように言うことに問題ないと思っていたら、と考えると訂正しなければいけなかったと思う。学習者に確認する行動が必要であった。学習者が気にしている点だけでなく、気を付けなければならない点を教師として押さえ、授業の中で行動がとれるように意識していなければ、訂正行動はとれないことが分かった。今後は、まず、問題に留意できるように準備し訂正行動ができるようにすることと、学習者をよく観察し学習者の発話に合った訂正ができるようにすることを改善しなければならない。

 

5.  まとめ

春季実習では、学習目標が文法の規則を理解してもらえるように指導することになったが、どのように発話できたらいいかという到達点があいまいで、発話の内容の指導でなく文法上のルールの指導に従事してしまっていた。その反省から夏季実習ではニーズに合わせて会話練習を考え準備していた。しかし、練習で学習者のリピートが少なくなってしまい、学習者の発話に適切な訂正行動が行うことができていなかった。先行研究で指摘されているように学習者の発音への注意が薄れ、単に学習者が教師の発問に答えたら、良しとしていたことが分かった。今後の指導で訂正行動を意識的に行えるように指導方法を改善していきたい。今回のようにリピートの発話が少ない場合には、学習者の行動の様子から学習者どうしで会話場面のやりとりをする活動をした方がよいように思われた。学習者間の訂正行動も意義があると思われる。学習者に合った活動を展開し、学習者の誤用を訂正しつつも楽しく有意義な授業ができるよう今後も日本語教育に取り組んでいく。

 

《 参考文献 》

加藤好崇(1997) 「日本語学習者の誤用訂正に対する教師の非訂正行動」『日本語教育』93日本語教育学会

椎名美子(2002) 「発音の指導について」『日本語・日本文化実習報告』13:9-13 筑波大学

中林律子(1999) 「実習での音声指導についての一考察 −ゼロ初級クラスの場合−」名古屋大学

http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/menu5_folder/jisshu/1999/kaki/kerituko.html日暮嘉子(1996) 『海外で教える日本語』 アルク

松崎寛(2004)  「話しことば教育における音声的項目」平成16年度国立国語研究所日本語教育短期研修資料『話しことば教育における学習項目』

国立国語研究31-40

村岡英裕(1999) 『日本語教師の方法論』 凡人社

渡辺麻美(2001)「誤用の訂正について」『日本語・日本文化実習報告』12:1-8 筑波大学

J.S.Bruner(2004) 岡本夏木 池上貴美子 岡村佳子訳『教育という文化』岩波書店

Neustupny.J.V.(1985) “Problems in Australian-Japanese contact situation”. In JB Pride(ed.) Cross-cultural Encounters,Melbourne,RiverSeine.

 

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