中・上級クラスのコース・デザインに関して

広瀬香恵

 

0.    はじめに

 2004年2月〜3月に実施された春期実習では、実習生は全員が一つのクラスを担当した。これは初級コースを終えた学生を対象とした、集中コースのクラスであった。初級コースでは、『A Course in Modern Japanese-Revised Edition Vol.1,2』(2002名古屋大学出版会)の教科書を終えている。この集中コースは初級コースの復習を行うことを目的としており、既にコース・デザインがしっかりとなされたものであった。しかし2004年8月に実施した夏期実習では、「愛知県の中学校、高校に派遣されるAssistant English Teacher (AET) を対象とした短期日本語プログラム」(以下、本プログラム)ということだけが決まっており、その内容、全てのコース・デザインは実習生に任されていた。これは、日本語教師というものがただ教案を書き教壇に立つことだけではないということを実感させられる経験となった。

本稿では、まず筆者が担当した中・上級クラスのコース・デザインの作成について述べる。その後、毎回授業後に行ったアンケート(以下、授業後アンケートとする)とコース終了後に行ったアンケート(以下、事後アンケートとする)、学習者との雑談から得られた学習者からのフィードバックをもとにその問題点と改善点を指摘する。

 

1.    コース・デザインとは

 コース・デザインとは、一般的に教育の準備、実施、実施後にいたるまでの計画を作成すること(宮地・田中1988)、つまり教育を行う以前、コースを実施する以前に準備されるべきことの総体(日本語教育学会1991)を意味している。

日本語教育学会(1991)ではコース・デザインの概要を、4つの段階に分類し説明している。以下に段階ごとにまとめる。

 

1.1 第一段階

 コース・デザインをするための情報を得るために、学習者の背景調査を行う。この調査は3つの調査から成る。ひとつは学習目的調査(ニーズ分析)である。学習者が何のために日本語を学習するか、学習者のニーズを知るための調査で、ふつうアンケート形式かインタビュー形式で行われる。

次は学習適性調査である。学習者が学習を続けていくために必要な能力をどれだけ備えているかを知るための調査である。これには、学習のための時間や経費、使用可能な機材、これまでの外国語学習経験の有無などの外的条件と、学習能力に関する内的が含まれている。外的条件に関しては、ニーズ分析と同時にアンケートで行うことが可能である。

最後は条件既習能力調査(レディネス調査)である。学習対象となる言語(本稿では日本語)について、学習者が既に身につけている能力がどの程度であるかを知るための調査である。はじめて日本語を学習する者に対してはこの調査を行う必要はない。レディネス分析のためには、ペーパーテストないしインタビューテストが用いられる。

このニーズ分析の結果から、目標言語(ターゲット・ランゲージ)の領域を確定し、目標言語を日本語母語話者がどのように使用しているかを調査(目標言語調査)する必要がある。さらに、非母語話者がその目標言語をどのように使用しているかを調査(目標使用言語調査)し、そこで現れる誤用やコミュニケーション・ストラテジーを知ることもコース・デザインにおいて重要である。

 

1.2 第二段階

第一段階の調査で得られた情報を基にシラバスを確定し、カリキュラムを決定する段階である。まず、シラバス・デザインとは、学習項目の一覧表を作成することで、主として目標言語調査から得られた情報を基にしている。シラバスには、構造シラバス、機能シラバス、場面シラバス、話題シラバス、技能シラバス、タスクシラバスなどが挙げられる。一般的には、これらのうちひとつだけのシラバスで教育を行うことはほとんどなく、いくつかを組み合わせてカリキュラムを作成する。

シラバス・デザインが決まると、次はカリキュラム・デザインである。これは、シラバスを実際の教育の過程にあわせて配列し直すことである。この際、学習者の条件や教授法を考慮に入れることが重要となる。配列が終わったら、それを実現するための教材を選定する。カリキュラムに完全に合致する既存の教材があればそれを使用すればいいが、ないのがふつうであり、カリキュラムに合わせて作成されるのが理想的である。

 

1.3 第三段階、第四段階

第三段階では、実際に教育を実施し、必要に応じてコース・デザインの変更、改善を行う。そして第四段階は、教育効果の測定結果に基づき、学習者が教育の次の段階に進むときの指針を立てる。さらにコース終了後の学習者の追跡調査を行い、その情報を次回のコース・デザインに役立てる。

 

2. 夏期教育実習におけるコース・デザイン

今回の2004年度夏期実習では、以上に述べた日本語教育学会(1991)の段階にできるだけ基づき、中・上級クラスを担当した2名の実習生により、中・上級クラスのコース・デザインを行った。以下では、夏期実習で行ったコース・デザインを段階ごとに見ていく。

 

2.1      第一段階―学習者の背景調査

 まず、学習者の背景調査を行った。毎年本プログラムでは、プログラム参加者に対してニーズ分析、学習適性調査、レディネス調査を目的とした「事前アンケート」を行っている。本年度は、前年度に使用したアンケートを基に質問項目を練り直し、新たに事前アンケートを作成した。その結果、質問項目は以下の通りとなった。

 

1名前  2国籍・言語(母語・第二言語・第三言語)

3本プログラムに参加した経験の有無

4外国語学習歴 (言語・期間・場所・教授法) 

5経験したことのある学習方法(教室・自習)

6日本語学習経験(場所・期間・テキスト・教師・学習方法)

7来日経験(回数・期間・目的)

8国での日本語の使用(話す・聞く、見る・読む・書く)

9話すレベル(自己申告)

10日本語能力試験の受験経験の有無

11,12文字に関してどの程度知っているか(ひらがな・カタカナ)

13知っている漢字数(読み・書き)

14ひらがな、カタカナの使用の希望(又はローマ字のみ)

15漢字学習の希望

16コースで焦点を置いてほしい点

17日本への興味

18どのような時に日本語でのコミュニケーションに問題が生じるか。

19どのような時にもっと日本語を上手に話したいと思うか。

 

そしてこのアンケートを実施した結果、中・上級クラスに該当すると思われる学習者が2名いることが分かった。この2名はともに、日本語学習歴が3年以上で日本での留学経験を持ち、話すレベルでは、一人は中級、もう一人は中・上級と申告していた。さらに、両者ともに日本語以外の言語を2つ学習した経験を持っている上に、あらゆる学習方法(文法訳読法、テープ、ビデオ、テキスト、会話、文法ドリル)で学習した経験を持っていた。これらの結果から、この2名は言語を学習することに慣れており、特に日本語学習においてはレディネスが高いと判断することができた。

しかし、このアンケートからだけでは学習者のニーズを知ることは出来ない上、実際の言語能力を知ることはできなかったため、インタビューの機会が待たれた。ここで問題となったのは、学習者たちの来日日程が本コース開始直前であることと、あまり時間がとれないことであった。インタビューの時間がとれないということも考えられた。しかし幸いにも両学習者ともにインタビューを行う機会が得られた。そこでまず、簡単な自己紹介から始め、事前アンケートで得ていた情報から、日本で留学経験についての話などを聞いた。そして初級文法で復習したい項目と学習したい思う機能を以下に示す一覧表から選択してもらった。最後に、既習漢字がどれくらいかを調べるために、ある中級教科書から読解のページを2パターン用意し音読してもらった。これらの結果から、まず初級文法項目は学習済みであるが、きちんと定着はしておらずその復習が必要であること、学習者側もそれを望んでいることが分かった。そして会話だけでなく、書くことと新しい語彙を学習したいというニーズが明らかになった。漢字は、学習した記憶はあるが思い出せないというものが多かったが、一人は300字程度、もう一人は1000字程度学習していると予測できた。学習したいと思う機能に関しては、「ことづける・申し出る・文句を言う・賛成/反対する・考えを言う・助言する・感謝する・ほめる/けんそんする・なぐさめる」が挙げられた。学習者によって異なっていたがシラバス・デザインをする際に大変役に立った。

 

機能一覧(複数の中級教科書を参照して作成)

頼む

感謝する

誘う・受ける

ほめる・けんそんする

誘う・断る

文句を言う

許可をもらう・許可する

あやまる

ことづける

なぐさめる

頼まれたことを伝える

別れを告げる

考えを言う

賛成する・反対する

助言する

注文する

申し出る

 

 

以上、事前アンケートとインタビューから学習者のニーズ分析、学習適性調査、レディネス調査を行い、コース・デザインに必要な学習者の情報を得ることが出来た。さらに、目標言語使用調査として、本プログラムで毎年実施している、前年度参加者を対象とした1年後アンケートを用いた。本年度は2001年から2003年に本プログラムに参加した者たちからの回答が得られた。その結果、日常生活に必要で密接した表現やフレーズをもっと学習したいという声が多く、特にこれからの職場である学校で必要な機能、例えば許可をもらう、考えを言う、頼む・断る、電話での会話、道をたずねるなどを学習して役に立ったことが分かった。これらの結果もシラバス・デザインの際に役に立つ情報であった。

 

2.2      第二段階―シラバス・デザインとカリキュラム・デザイン

 第一段階で得た情報を基に、まずコースの学習目標を立てた。ここで最も留意した点は、中・上級のコースであるということである。宮地・田中(1988)は、初級教育と中・上級教育の特徴は明らかにちがう面を持っていると指摘している。初級では、なめらかさ(fluency)の教育よりも正確さ(accuracy)の教育に比重がかけられるが、中級から上級にかけては、正確さの教育となめらかさの教育の比率が逆転するとしている。この指摘と学習者の情報をふまえ、本年度中・上級コースの目標は「既習の文法項目、語彙を用いていかなる場面においても伝えたいことを伝えることができるためのストラテジーを身に付けること」とした。これは既習項目の補強を重視するという目的である。

そしてシラバスは機能シラバスと場面シラバスだけでなく、会話・読解・聴解・作文の技能の補強も含めた技能シラバスをも含めることにした。これは学習者の書く練習をしたいというニーズと、毎日メリハリのある授業を行うことを考慮に入れた結果である。しかし、本プログラムは短期日本語プログラムということから、1日3時間で7日間、21コマしかないが、そのうち全クラスで合同に行うアクティビティとしてオリエンテーションで0.5コマ、日本文化の日で2コマ、送別会で1コマを使用すると決めていた。そのため、各学習項目の時間配分を考える必要があった。そして以下の通りとなった。

 


    初級文法の復習−1.5コマ

    会話−6コマ

    読解−2コマ

    聴解−1コマ

    プロジェクト・ワーク−3コマ

    アクティビティ−2コマ

    予備−2コマ          

17.5コマ


 

この時間配分に合わせて、各授業における学習項目を設定した。第一段階で得た情報を基に行った学習者のニーズ分析と、教師として必要だと思う項目を挙げた。そして同時にカリキュラム・デザインを行った結果、以下のようになった。

 

8月12日(木)

会話−自己紹介

     ほめ・けんそん

初級文法復習

オリエンテーション

8月13日(金)

会話−意見を言う

読解−女性の生き方

プロジェクト・ワーク

日本文化に関する作文

8月16日(月)

会話−許可を得る・

許可する

聴解−ビデオを見る

   ニュース・歌

プロジェクト・ワーク

日本文化に関する作文

8月17日(火)

プロジェクト・ワーク

作文発表

日本文化の日

8月18日(水)

会話−伝言

アクティビティ

お店に注文に行く

アクティビティの

フィードバック

8月19日(木)

会話−申し出

読解−日本の外国人

会話練習−ゲストと話す

8月20日(金)

会話−感謝

会話練習−感想など

送別会

 

 そして、最後にこのカリキュラムに合わせて教科書を作成した。中・上級のための教科書は前年作成された「ふうりん」という教科書があったが、分析、検討した結果、本コースでは会話の場面・機能の項目、順番を変更したうえ、読解のための資料が必要であったため新しく作成することにした。作成には、以下の教材を参考にした。

 

    A Course in Modern Japanese-Revised Edition Vol.1,2(2002)名古屋大学出版会

    AN INTEGRATED APPROACH TO INTERMEDIATE JAPANESE 中級の日本語』(1994)ジャパンタイムズ

    『現代日本語コース 中級T,U』(2002)名古屋大学出版会

    『新日本語の中級』(2002)スリーエーネットワーク

    『<日本語>作文とスピーチのレッスン』(1998)アルク

    『日本への招待』(2001)東京大学出版会

 

さらに、教科書作成にあたっては、中・上級コースであるということから、自らが学習したいものを教科書の中からピックアップすることができるような教科書を目的とした。教科書はあくまでも学習者の学習の補助となるものであると考え、授業では取り扱わない文法や語彙を自分で学習することが出来るように、会話の後に語彙リスト、(表現練習)、文法リストを作成し、英訳を加えたり、読解では文章にある漢字を自分で学習できるように、ワークシートを入れたりするなどの工夫を行った。そのため、短期プログラムのための教科書としては量の多い教科書となった。

 

3.コース・デザインにおける問題点と改善点

3段階として、コース・デザインをもとに実際に教育をおこなった。そしてこのコース・デザインに関する学習者からのフィードバックをもらうため、授業後に毎回アンケートを行い、さらにコース終了後に再びアンケートを実施した。

まず授業後アンケートから考察する。このアンケートは教師と授業の2つの観点に分類して質問をしている。コース・デザインに関しては授業に関する質問の回答から見る。質問は5つである。

1)満足できたか。

2)内容は理解しやすかったか。

3)学習したという実感はあるか。

  →ある場合 何を学習したか。(語彙・文法・コミュニカティブ方略・その他)

  →ない場合 何を学習したかったか。(語彙・文法・コミュニカティブ方略・その他)

4)話す機会は十分にあったか。

5)考える時間十分にあったか。

 これらの回答を分析した結果、学習者は全ての授業において満足感と何らかを学習したという実感を得ている。教師はこのアンケート結果を毎日参考にしていたため、コース・デザインに関しても満足感を得ていると思っていた。しかし、これはあくまでも毎回の授業の評価であり、決して全体の評価ではなかった。コース・デザインの問題点に気付いたのは授業最終日であった。学習者は確かに毎回の授業には満足していたが、全体を振り返ったとき、中・上級学習者として何か物足りなさを感じていたようであった。これはコー

ス終了後の事後アンケートにも現れていた。

 事後アンケートでコース・デザインの問題点が最も顕著にみられたのは、「クラスのレベルは適していたか。」という質問に対する回答である。その学習者は「私にとって復習が必要であった、たくさんの基本的なことや会話の構造を習いました。しかし、同時に語彙や漢字が少し簡単すぎると感じました。全体的にみると、新出語彙や文法を学ぶことが出来たけれども、より既習項目の補強ができたと思います。」(筆者訳)というコメントをくれた。これは、コース・デザインの第一段階でのニーズ分析を間違えたといえるかもしれない。この学習者が言うとおり、コースの目標は新出項目の習得より既習項目の補強、強化を重視したものであったからである。また、日本語教育学会(1991)は、「ニーズ分析あるいは学習者のストラテジーの調査は準備段階で終了するものだけではなく、コースが展開するにつれて何度か繰り返し行われるべきである。」と指摘している。初めの事前アンケートとインタビューで得られた「復習をしたい」というニーズが、変化したとも考えられる。実際に授業が始まり、感覚を取り戻したとき、新しいことを学びたいとニーズが変わるのは当然であるからである。そのニーズの変化に気付くことができなかったことが最も反省すべき点であろう。もし気付いていれば、授業内容を変更することは可能だったと考ええられる。さらに、筆者が教師として中・上級を担当するのは初めてであり、学習者の言語レベルに対する理解が甘かったことも反省すべき点である。

 今回のコース・デザインの改善点は、学習者のニーズの変化に気付き、それに対応していくことであったが、改善することなく終わってしまったのが残念である。

 

4. おわりに

 以上、2004年夏期実習で行った中・上級コースのコース・デザインについて述べた。今回コース・デザインを自ら行うことで、その重要性について学ぶことができた。特に本プログラムのような短期日本語プログラムにおいては、途中でコース・デザインを大きく変更することは困難であるため、慎重に行う必要がある。さらに、学習者のニーズが変化することを考慮にいれ、柔軟に対応していく力を身に付ける必要性を痛感した。今回のこの経験は、今後日本語教師として経験を積んでいく上で大変貴重な経験となったことは間違いない。

 

<参考文献>

宮地 裕・田中 望(1988)『日本語教授法』放送大学教育振興会

岡崎敏雄・岡崎 眸(1997)『日本語教育の実習−理論と実践−』アルク

岡崎敏雄(1989)『日本語教育の教材』アルク

日本語教育学会(1991)『日本語教育機関におけるコース・デザイン』凡人社

 

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