入門レベルにおける媒介語の使用について

奥村愛子

0はじめに

 本研究レポートでは、日本語を学んだことのない入門レベル(注1)の学習者に対して、授業でどう媒介語を使用することが効果的であるのかを、実習での試みとその反省から考察していきたい。今回の実習では、直接法と媒介語(英語)を使用する間接法の両方を用い、学習者に対しても媒介語の使用を禁じなかった。したがって、授業の中で教師側、学習者側の双方において媒介語が使われる割合は高かった。このような入門レベルにおける媒介語の使い方については、良かった点もあり悪かった点もあったと思われる。
 以下より、まず直接法、間接法についての特徴を比較し、その長所と短所を明らかにする。そして実習における媒介語の使用実態を考察し、その上で入門レベルの授業において媒介語を使用する際の注意点を述べる。

1直接法と間接法
 
 ここではまず、直接法と間接法のそれぞれの特徴、そして長所と短所についてまとめたい。

1-1直接法

 「直接法」とは、外国人に日本語を教える時、学習者の母語やその他の媒介語を使わずに日本語だけで教えるように、他の媒介語を用いず目標言語のみを使用する外国語教授法である。直接法の長所と短所は以下のようである。

長所:
・ 学習者の集中力を高め、学習項目が記憶に残りやすい。
・ 絵やジェスチャーなどを使った練習では、学習者が想像力を働かせ、能動的に理解しようとする学習姿勢を養うことができる。また、学習者は媒介語を使わず理解できたことにより、より大きな達成感を得ることができる。

短所:
・ 絵やジェスチャーなどを用いた場合、適切に提示しないと誤解を生じさせる危険性がある。
・ 学習者が、自分が学習項目を本当に理解しているかどうか、不安を感じることがある。また、媒介語を使えないという状況にプレッシャーを感じることがある。
・ 媒介語を使用する場合と比べて、説明に時間がかかる。

1-2間接法

 「間接法」とは、学習者の母語や他の媒介語を使用して目標言語を教える教授法である。間接法の長所と短所は以下のようである。

長所:
・ 学習者と教師との間に共通言語があると、学習者はリラックスして授業に望むことができる。
・ 学習者に曖昧な点や誤解を生じさせないことが多い。
・ より短い時間で授業を行うことができる。

短所:
・ 学習者が媒介語に頼りすぎてしまい、目標言語だけで練習するところにも媒介語を使用してしまいがちになる。
・ 学習者に緊張感を与えないため、授業での集中力が欠け、学習項目が記憶に残りにくい。

 以上のように、直接法と間接法にはそれぞれ長所と短所のあることが分かる。岡崎他(1992:34)は、「それぞれの長所を生かし、欠点を少なくする形での折衷方式が考えられれば、純粋な直接法に固執する必要はなく」、「実際に厳密な意味での純粋な直接法は少ないのではないか」と述べている。つまり、実際の授業では直接法、間接法のどちらか一方しか用いないのではなく、両方法を学習者や状況に応じて柔軟に用いていくことが重要であるといえる。

2本年度教育実習の入門クラスにおける媒介語の使用について

 今回の実習はAETに対して行うものであるため、授業で間接法を用いる際の媒介語は当然「英語」である。今年度筆者が担当した入門クラスでは直接法と媒介語(英語)を使用する間接法の折衷方式を用いたが、今回のクラスにおける英語の使用頻度は、例年に比べて高かったと思われる。ここではまず、過去の入門クラスでの媒介語の使用実態と学習者の反応について見ていきたい。その上で、本年度の使用実態とその反省点について述べる。

2-1過去4年間の入門クラスにおける媒介語の使用について

 媒介語に関して昨年度までの過去4年間の入門クラスにおける授業運営方針は、以下のようにまとめることができる。

・ 英語は必要以上に使わず、教室内では基本的に日本語で指示や説明を行う。ただし、文法説明の際など、どうしても学習者が理解できない場合においてのみ、英語を補助として用いる。

 つまり、直接法を基本としながらも、必要に応じて媒介語を用い、間接法との折衷方式で行われていたといえる。では、事後アンケートの媒介語に関する以下の項目において、学習者が授業でのこのような媒介語の使用についてどう評価していたかを見てみる。

(1) 教師の指示は分かりやすかったですか。
→授業では教室用語を徹底することにより、教師の指示はほぼ明確であったようである。

(2) 授業では、できるだけ英語を使わないようにしましたが、よかったですか。
→日本語だけで授業を行うことを「よいチャレンジである」と評価する学習者もいたが、文法説明は英語で行って欲しかったという意見が多かった。

(3) 文法の説明は分かりやすかったですか。
→授業方針では、文法説明の際、どうしても必要な場合においてのみ英語を使用することとなっていた。したがって、可能な限り文法説明も日本語で行われていたようだが、各年度とも学習者の中には、その説明が不十分であり、英語による説明を求める意見が多く見られた。

(4)授業では、質問しやすい雰囲気でしたか。
→教師側は日本語を使用することを基本方針としているが、学習者には英語の使用をそれほど強く禁じてはおらず、質問しやすい雰囲気であったと思われる。

 以上の事後アンケートの結果から、学習者は日本語で授業を行うことについてはおおむねよい評価をしているが、文法説明は英語でして欲しかったと考えていたことが分かる。また、学習者に日本語の使用を強要しないことにより、授業全体の雰囲気がよくなり、授業をスムーズに進行することができたようである。

2-2本年度の入門クラスにおける媒介語の使用について

2-2-1授業方針

 上で見たような前年度までの媒介語の使用に関する学習者の評価を踏まえ、今年度は以下のような授業方針で実習に望んだ。

・ 前年度までの授業方針と同様に、授業において基本的には(注2)日本語を使用するが、英語も柔軟に使用していく。
・ 教室用語を徹底し、基本的な指示は必ず日本語で行う。
・ 文法説明や、アクティビティーの指示などが分かりにくい時には英語で説明する。
・ 配布するプリントには英語訳も載せる。
・ 学習者に対しては、教室用語の使用を徹底し、それ以外は英語を使用してよいこととする。

 前年度までの学習者の意見を見ると、文法説明を英語でして欲しかったというものが多く見られた。しかし、英語で行わなくとも、方法によっては日本語だけでも説明できる可能性はある。また、入門レベルは今後日本語の学習を続けていく上で基礎を作る重要な時期であり、そこでの教授法は学習者のその後の学習姿勢を決める上でも大きな影響力をもつと思われる。通常、レベルが上がるにつれて媒介語の使用は減っていく。したがって、入門レベルでは学習者の媒介語に頼らない姿勢を養うことが重要であるとも考えられる。
 しかしながら、本年度は例年に比べて、授業での英語の使用をそれほど制限しなかった。それには次のような理由がある。まず、母語が様々な学習者を対象とするのではなく、皆英語を母語にもつ学習者を対象とするため、学習者に共通言語がある。したがって、英語で説明しても、不平等なく学習者全員が理解することができる。そして、6日間という限られた短い期間で授業を行い多くの学習項目を集中して教えるため、授業時間を有効に使うことが必要とされる。また、英語の使用を強く禁じないことにより、学習者がリラックスし、楽しんで参加できる雰囲気作りを目指す。授業前に入門クラスの担当者間で媒介語について話し合いを行ったが、以上のような理由により授業では英語も柔軟に使用していくこととした。

2-2-2授業での実態

 上述したとおり、今回の入門クラスでは英語を使用することに厳しい制限を設けなかったが、そのかわり、教室用語は教師側と学習者側双方において徹底することとした。また、ダイアログを提示する時は最初から英語で意味を伝えるのではなく、まず日本語で提示し、学習者に内容を想像させる形をとった。実際の授業ではどう媒介語を使用したのか、それに対する学習者の反応、そして反省点を述べていく。

・教室用語

 教室用語は授業初日に導入し、また、その後は紙に大きく書いたものを教室に貼っておき学習者がいつでも見られるようにした。授業中、教師が指示する時によく使う「いってください」、「みてください」、「かいてください」はTPRを用い学習者の記憶に残るようにした。学習者側の教室用語は、「すみません」、「ゆっくりおねがいします」、「もういちどおねがいします」、「ってえいごで/にほんごでなんですか」、「はい/いいえ」、「わかりません」を導入した。これらの教室用語の使用を徹底させたのは、授業中以外でも日常生活においてよく使用する表現であると考えたため、そして限られた時間の中で多くのことを教え込むのではなく、少なくとも「これだけは覚えた」というものを学習者に持って欲しいと考えたからである。

 事後アンケートの中で、「教師の指示は明確であったか」という質問項目に対し、ほぼ全員がよい評価をしていたことから、教師側の教室用語が徹底できており、日本語による指示もほぼ明確であったといってよい。また、「質問しやすい雰囲気でしたか」という質問に対しては全員が「教師に話しかけやすかった」などというように答えており、教師と学習者との間に「英語」という共通言語があったことにより、学習者はリラックスして授業に望むことができたと思われる。授業の中では、学習者が質問したい時は必ず最初に「すみません」といい、その後は英語で話してもよいという形態をとらせ、教室用語以外は日本語を強要しなかったことも今回の学習者には有効であったようである。

・ダイアログの提示

 授業でその日に学習するダイアログを導入する時は、担当者それぞれが工夫し、最初から英語で意味を与えることは避け、まず日本語で提示し、学習者に内容を想像させることとした。これは日本語で提示することによって学習者の集中力を高め、能動的に理解しようとする姿勢を持たせたかったからである。
ダイアログを提示する際には、教師同士でまずロールプレイを行い、どういう場面設定であるのか、どのような会話がなされたのかについて学習者に英語で質問し、内容を答えさせた。ロールプレイでは、動作だけでなく買い物の場面であれば実際に買う商品を用意したり、また、道を聞く場面であれば、パワーポイントで郵便局の映像を写したりして、言葉に頼らなくとも場面設定が学習者に容易に分かるよう、より視覚に訴える工夫をした。

 上述したように、媒介語を使わない場合に注意しなければならないのは、絵やジェスチャーなどを用いた場合、適切に提示しないと誤解を生じさせる危険性があることである。今回筆者が担当した授業において、提示の仕方が的確でなかったため、学習者を混乱させてしまった時があった。存在をあらわす「〜があります」を導入する時に、筆者は「教室にいすがあります」、「机があります」といった文を使って、まず「教室に」という時に教室全体を指差し、その後「いすがあります」という時にいすを指差した。学習者は、教師が教室全体を漠然と指していても結局何を指しているのかは理解できず、この導入は失敗であった。日本語だけで導入する場合は、日本語の全く分からない学習者の立場に立ってどう提示するのが一番適切であるのか、どう工夫すれば学習者が理解できるのかをもっと考える必要があった。

・文法説明

 今回の実習では、教科書のダイアログをそのまま使用するのではなく、さらに簡単にし、毎回の導入項目を必要最小限にした。日本語を勉強したことのない学習者に対し、短い期間で授業をするため、その中で日常生活で最低限必要な表現だけは定着を図りたいと考えたからである。したがって、導入した文法項目はそれほど多くなく、また、多くは文法としてでなく一つの表現として、語彙の一つとして導入した。
 授業では英語による文法説明を行うことを出来るだけ避けるため、学習者には授業前に教科書の文法説明を読んでくるよう指示した。しかし、実際の授業では、学習者から文法に関する質問がかなりあり、その際には英語による説明を行った。また、簡単に説明できないものについては、後に英語で説明の書かれたプリントを渡すなどしてフォローをした。
 
 事後アンケートの「文法説明は分かりやすかったか」という質問項目に対して、学習者のほぼ全員が分かりやすかったと答えているが、これは導入した文法項目がそれほど多くなかったからとも考えられる。英語で説明する際には、正確な英語を用いて説明できることが必要であるが、今回の授業での英語による説明が必ずしも正確であったとはいい難い。学習者のとっさの質問に対し、英語で的確な説明を行うことの難しさを痛感した。

・今回の授業における英語の使い方について

 ダイアログや語彙などを日本語だけで導入した際に、教師の方が学習者が理解しているかどうか不安になり、英語で確認する場面が多く見られた。また、筆者は語彙を絵で提示した際にまず英語で何かを確認し、それから日本語でその名前を導入することがしばしばあった。しかし、誤解を生じさせる可能性の低い絵(服の絵など)を提示している時には、英語を使用せず日本だけで導入するべきであったと思う。
 英語を使うことを厳しく制限しないというのが今回の授業方針であったが、学習者側よりも、むしろ教師の側が時に英語に頼ってしまい、日本語だけでも学習者が理解できたところにも英語を使用してしまったことが多かったと考えられる。また、英語で説明する際にも、正確な説明がいつもできたわけではない。英語を使用することで、授業進行がスムーズになり、効率よく学習事項を導入できることも多いにあるが、どう英語を使用することが一番的確であるのかを教師間でさらに話し合い、統一をはかる必要があったと考える。
 
 事後アンケートにおいて授業での英語の使用がどうであったかをたずねる質問項目に対しては、ほぼ全員がよかったと評価している。また前年度までのように、文法の説明が不明確だったというコメントも見られない。したがって、これらの学習者の評価を見る限り、今回の授業における英語の使い方はそれほど悪くはなかったのではないかと思われる。ただし、「もっと日本語を使っても自分たちは大丈夫だったのではないか」とコメントしている学習者もいることから、今回の英語の使い方は、日本語を積極的に使おうと考えている学習者には少し物足りなさを感じさせ、そうでない学習者には安心感を与えるものであったと考えられる。
 また、授業で実際にお店に行って日本語で注文したり、郵便局に行って手紙を出すといったアクティビティーを行ったところ、学習者は皆実際の場面で日本語を使用したということにとても充実感を感じていたことが分かった。また、日本語で葉書を書くというアクティビティーにおいても、学習者は皆見よう見まねであっても「日本語で書いた」ということに喜びを感じていたようである。つまり、学習者は「実際に日本語を使い、コミュニケーションをすることができた」ということに大きな充実感を感じている。これは、直接法の長所である、「媒介語を使わずに理解できたことにより、より大きな達成感を得ることができる」ということとつながるのではないだろうか。授業では必要な時に臨機応変に英語を使用することも大切であるが、教師側にも、学習者側にももう少し日本語を使う場面を作るよう工夫すべきであったと考える。

3おわりに

 今回の実習では直接法と媒介語となる英語を使用する間接法の折衷方式を用い、授業を行った。上述したように、直接法と間接法にはそれぞれ長所と短所があり、どちらか一方しか用いないというのは逆に効率的でないともいえる。特に今回のような短期間で日本語学習歴のない学習者に対して日本語授業を行う場合に、学習者に共通言語がある時は、媒介語を使用することは授業をスムーズに進めていく上で有効であると思われる。ただし、媒介語を使用するにあたっては、以下のような点に十分に注意しなければならないと考える。

・ 基本的には授業は日本語で行い、媒介語は補助として用いるということを心がけ、必要以上に媒介語を使いすぎないようにする。
・ 媒介語で説明する際は、日本語では曖昧な点を補うわけであるから、必ず正確に行う。したがって、教師にはその媒介語となる言語を十分に使いこなせる能力が必要となる。
・ 教師と学習者との間に共通言語があるということで、学習者がリラックスして授業に望めるようにすることを目指す。ただし、教師も学習者も媒介語に頼り過ぎないよう教師がコントロールし、どういう場合に日本語だけを使うのか、また媒介語を使用していいのかを明確にする。

 入門クラスにおいて、直接法の「学習者の集中力を高め、学習項目が記憶に残りやすい」という利点を生かし、日本語で授業を行うことはもちろん有効である。しかし、それだけに固執することなく、学習者のニーズや授業期間などに応じて媒介語を柔軟に取り入れていく姿勢が大切であろう。そしてその際には、日本語がまったく分からないという学習者の立場に立って、どういう方法が一番効果的であるのかを考慮し、媒介語の使い方を考えていくことが必要である。
 今回の授業における媒介語の使い方は、事後アンケートの学習者の評価だけを見れば、よかったといえる。しかしそれは導入した項目がそれほど多くなかったことや、学習者が厳しく評価しなかったからであるとも考えられ、実際には上述したように反省すべき点が多々あった。授業を行ってみて、日本語だけを使う時も、媒介語を使う時も、その両方を的確に使用することがいかに難しいかということを実感した。今後はさらに媒介語の効果的な使用法について、また直接法による日本語授業の行い方について考えていきたい。


1)昨年度まで「0初級」と呼んでいたものを、今回の実習では「入門レベル」と呼ぶこととしたため、本レポートにおいても「入門レベル」という言葉を使用した。
2)事前アンケートの結果から、学習者の多くが授業でひらがなを使用して欲しいと考えていることが分かったので、配布するプリント、パワーポイントの画面ではひらがな、ローマ字、英語を載せることとした。板書はローマ字のみで行った。

参考文献
石田敏子(2000)『改訂新版 日本語教授法』大修館書店
岡崎敏雄他編(1992)『ケーススタディ日本語教育』おうふう
木村宗男他編(1989)『日本語教授法』おうふう

 

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