2.ゼロ初級(クラス1)

2.1. 学習者
 2000年度AET実習では、学習者の日本語能力に合わせて、4つのクラスを設けた。このうち、ゼロ初級クラス(クラス1)は、日本語の学習歴が皆無である学習者8名から成る。学習者の中には、来日前に多少日本語を勉強した経験を持つ学習者もいたが、事前インタビューでレベルを確認した結果と、本人たちがこのレベルで勉強したいという意向を示したということもあって、このクラスに配置した。
 学習者は20代の英語母語話者8名である。詳細は次の通り。
NZ 女性 日本語学習歴なし 
NZ 男性 日本語学習歴なし 
USA 男性 日本語学習歴なし
USA 男性 日本語学習歴なし 
CA 女性 日本語学習歴なし
UK 女性 日本語学習歴なし
UK 男性 日本語学習歴なし オリエンテーションを受けた。テキストで自習していた。
UK 男性 国で6週間だけ夜間のクラスで日本語を勉強した(2時間*6週間)

2.2 担当実習生
 前述のように、今回はどの実習生も基本的に全てのレベルで授業をすることにしたため、このレベルは7名の実習生が授業を行った(各課の担当については3.4 カリキュラムに記述)。

2.3 シラバス
2.3.1 学習目標

 コースの全日程が8日間、1コマ50分、1日2時間という極めて短い期間であることもあって教授内容は限られる。そこで、事前インタビューや実際に既に日本で生活しているAET(
1.3 事前アンケートを参照)や受け入れ側の英語教員からのアンケート結果をもとに、学習者であるAETが日本で生活する上で必要度が高いと思われる場面と表現を各課に盛り込み、当面の生活に活用できる言いまわしや応対ができるよう心がけた。

2.3.2 授業運営方針


1)教室内では基本的に日本語で指示や説明を行う。英語は必要以上に使わない。
 学習者の母語がいずれも英語であることから、英語の使用が可能ではあるが、今回は極力使用せずに授業を行うことにした。そこで、初日の1時限目にテキストのイントロダクション「教室用語」のページを開き、教室で使う日本語をテキスト(英訳付き)を見ながら確認した。
 また、学習者からの質問については英語を受け入れたが、それに対する教師からの説明は出来る限り日本語の例文、板書、絵、ジェスチャーを使って説明することにした。ただし、学生から質問が出た際、単語の訳や、理解を助けるキーワードを与えれば即理解できそうなものは、英語で意味を与えた(例:教師=teacher、や「こちらこそよろしくお願いします」のほうが「こちらこそよろしく」よりも丁寧である("more formal")、等)。
2)文字教育は行わない。但し、コース途中に1コマのみ大曾美恵子教授にひらがな講義を担当していただいた。教室内の表記は全てヘボン式ローマ字を用いることにした。そのため、教科書改訂に際してもローマ字表記が統一されるよう注意を払った。

2.3.3 教科書


 これまで、AETを対象とする日本語コースでここ数年にわたって改良を重ねながら使われていた教科書「あさがお」を、提示する文法項目、扱う場面、ダイアログの自然さ、表記、文法説明などを見直し、さらに改訂を加え、書名を「ひまわり」として使用した。全体的な構成は「あさがお」と同じだが、機能シラバスの構成を機軸にし、学習者が実際に遭遇することの多い場面を取り入れた。文法項目は最小限に留め、巻末には学習者が日本語の学習を継続する場合に役立つように、活用形や数詞、単語表などを載せた。

2.3.4 カリキュラム

実施日 場面 学習項目 担当者
8月 7日(月) Lesson 1 じこしょうかいSelf-introduction N +です〜ですか?、Nの N 深川
8月 8日(火) Lesson 2 ちゅうもんするOrdering これ/それ/あれ、なんですか?、N ください、 ありますか?、N と N 船津
8月 9日(水) Lesson 3 かいものするGoing Shopping イ形容詞、あります/ありません、いくらですか?
8月10日(木) Lesson 4 みちをきくAsking the Way N はどこにありますか?、ここ/そこ/あそこ/どこ、動詞 (masu-form)→L.6へ 佐藤
8月11日(金) Lesson 5 でんわするPhoning います、いつ、電話の表現 大津
8月16日(水) Lesson 6 不調をうったえる Explaining about Health and Wellness ナ形容詞、〜たいです、〜んです、〜たいんです 深川
8月17日(木) Lesson 7 さそいとことわりInviting, Declining V ませんか?、から(理由)、Vましょう 半谷
8月18日(金) Lesson 8 おれいをいうExpressing Thanks 動詞(past)、形容詞(past) 山田

2.4 担当実習生の反省
 コース全体としては、コースシラバスと教材の準備が早くからできていたことから、毎回の授業が比較的円滑に進んだといえる。そうした余裕があることで、コース途中にいろいろ目配りができたと思う。例えば学習項目の調整などは、担当者間で連絡を密にしたり、必要に応じて、新出語彙の復習を兼ねた練習プリントを用意したりすることができた。
 毎回の授業は、1日1課ごとに進行した。1時限目に必要な課の項目を導入、2時限目には主に会話練習を中心に授業を運営した。その際、教科書のダイアログ以外にレアリア(実物)を積極的に活用したりして、どの実習担当者もできるだけ現実に近い場面設定での発話練習を意識した教室活動を取り入れる試みをしていた。

2.4.1  教科書について
ゼロ初級で扱った教科書「ひまわり」は、実習前の前期の授業時間内に全員で分担して分析・改訂し、印刷までを済ませることができた。また、各課の教案についても分担して作成し、授業時間内で全員で検討をすることができたこともあり、他のクラスに比べ、比較的余裕をもって授業に臨むことができた。ここまでの準備を授業開始前にすることができたことが大きな利点であったと思う。

2.4.2  学習項目について
 各課ごとに学習項目を上記のように設定したが、実際に授業に入ると、この予定通りに全てを導入することはできなかったので、前日の授業で扱えなかったことや、もう少し練習/復習が必要と思われるものを次の授業に持ち越したりしたため、実際の教授内容は当初の予定と若干変わった課もあった。こうした変更については、各担当者が自分が担当する日の前日に、見学に入って学習者の様子を見たり、連絡ノートと口頭での引継ぎを行うなどして調整した。今回のコースのように8名という少数の学習者を対象とする極めて短い期間においても、学習者間で個人差が出てきたため、学習者の理解度や状態を見ながら授業を進めていく必要があった。こうしたいわば「必要な調整」以外の原因としては、学習項目がやや多すぎたことが考えられる。日常生活に必要な表現を身につけることが目標であったため、ついいろいろな内容を入れたくなるが、学習者の許容量や理解の度合いをみながら調整でき、さらに調整したことによって以後の必要な学習項目を割愛しすぎないようにするためにも、学習項目の中で最低限これだけはこの日に導入するという項目を予め決めておけば、それ以後の授業の変更も最小限にできたと思う。また、実習であることを活かして、事前に互いの教案をチェックしあうなどして、教授内容や練習方法をはじめ時間配分などにも気を配ることで、より授業内容を充実させることも可能であろう。

2.4.3 教師の指示・説明について
 日本語が全くわからない学習者に対して、日本語を媒介語として授業を進めるということで、実習担当者それぞれが自分の発話や指示の仕方について、そして自身の発話の特徴について再考するよいきっかけになった。
・まったく生徒達は日本語がわからないにもかかわらず、少し早口で話してしまい、最初生徒達は戸惑いぎみだった。(L2 船津)
・授業中の話し方についてもっと気をつけるべきであった。全体的に話すスピードが速かったし、ときどき助詞を省略してしまうこともあった。(L5 大津)
・板書する際に、ローマ字表記を、テキストで用いた表記法が統一できていなかった。(L3佐藤)
・次に何をするかという明確な指示がない場合、かなり唐突に次の活動に移る場面があった。この対策としては、今後は言葉による指示、学習者にわかる話し方、フレーズとして先に入れておく、黒板の利用、声に強弱をつけるなどして工夫したい(L1、L6 深川)。

2.4.4 媒介語で英語を使うことについて
 基本的に教師の指示や説明は日本語で行うという方針で授業を進めたが、練習の指示やタスクの仕方についての指示が込み入ったものであったり、学習者がよくわかっていないような反応を示した場合は英語を使った。実習生の指示の出し方を工夫したり、テキストの説明や語彙リストを活用するなどすれば英語で訳をわざわざ言ったり、解説する必要もなかったのではないかという指摘もあった。また、媒介語を学習者に与える際に、語レベルであれば板書するなども一つの方法であるという助言を先生からいただいた。これは、学生が「日本語」を聞こうとする体勢にある時に、教師が突然英語をいっても「日本語だと思って聞いているために理解できないことがあるため、板書することで意味を提示したほうがスムーズに理解してもらえるからである。コース後半ではこのような点にも留意して授業を進めた。

2.4.5 各課の授業について
 以下は、各課の担当実習生による、特に学習項目に関連のある反省点である。(授業全体に関わる個人の反省は上記にまとめて載せた。)

Lesson 1 じこしょうかい (深川)
学習項目 : N +です、〜ですか、Nの N
反省; 媒介語をなるべく使わずにやるという方針だったので、初日もそのようにしたが、いきなり日本語だけで始めたので、学習者にとっても、少し苦しかったのではないかと思う。その分理解しやすいような導入や緊張をほぐすような工夫を入れるべきだったと思う。
 2時限目は、ロールプレイを取り入れて自己紹介の練習をしたが、学習者は積極的に学習した表現を駆使して活動に取り組んでいた。この日は授業後に歓迎パーティーを行ったのだが、その場でも一人ずつ日本語で自己紹介ができていた。学んだことをその日実際の場面で試すことができたのはよかったと思う。

Lesson 2 ちゅうもんする (船津)
学習項目 : こそあど、〜(を)ください、おねがいします、数の数え方(ひとつ、ふたつ、...)
反省; 1時限に「こそあど」の導入と練習を行った。後半にはマクドナルドで注文するという場面設定で、会話の練習を行った。語句説明の後に、注文する品物と数を書いた紙をランダムに配り、書かれてあるものを数どおりに注文するというタスクである。ファーストフード店で注文するのは多分彼らにとって切実であり、そしてすぐに活用できる会話だったので皆真剣に取り組んでいた。
・教師が発話内容をコントロールするような練習が多かったので、もっと学習者が自由に話したり、できるような雰囲気作りがあるとよかった。
・もっと絵カード、写真などを活用したほうが生徒達の飲み込みが早かったかもしれない。
・マクドナルド以外のシチュエーションも用意しておいていろいろ練習すれば、学習者も飽きずに同じ表現の練習を続けることができるかもしれない。
・生徒同士の発話練習が少なかった。

Lesson 3 かいものする (李)
学習項目 : 教室用語(復習)、イ形容詞、あります/ありません、いくらですか?、数字(1-10、11、101,1000、10000)終助詞(よ、ね)、助数詞
 教室用語をジェスチャーを使って練習し、定着を図った。また助数詞の練習でも色カードなどの視覚情報を使って覚えられるように練習を工夫した。学習者の不安をほぐすために、次に何をするかという指示を板書してから練習に入るようにした。また、少しクラスの雰囲気が静かだったので、途中の文型練習では個人の持っている情報を引き出すような質問を入れ、学習者の発話量を増やすように工夫した。

Lesson 4 みちをきく (佐藤)
学習項目 : タスク・買い物する(前日の復習)、ここ/そこ/あそこ/どこ、会話(L4)
4日目であり、前日の学習者の様子から、新規の内容を導入する前に少し復習の時間が必要と思われたので、1時限目は新しいことは入れず、前日学習した買物をする場面での表現の復習のつもりで、「買い物」のタスク活動を行った。学習者が楽しんで積極的にしていたと見受けられたので、その点に関してもよかったと言える。しかし、現実場面で彼等は日本で店員として会話することはないのに、学習者に店員と客のどちらの立場も練習したが、もしかしたら、客側のみの練習でもいいのかもしれない。同じことが道聞きにおいても言えるだろう。2時限目は第4課のダイアログを練習した。語彙の導入の際、右/左の提示の仕方を、学習者の側からではなく、教師の側から提示したため、学習者を混乱させてしまった。

Lesson 5 でんわする (大津)
学習項目 : あります/います、時間を表す表現の練習(「−時」)、会話(L.5)
1時限目は(1)「あります、います」の練習と(2)時間を表す表現の練習(「−時」)を導入した。場所の表現を導入する際、「−は(場所)にあります・います」の文型を用いた。しかし前日に「−はーの(場所)です」の文型も習っていたため、混乱した学習者もいた。「−はーの(場所)です」の文型だけを使って教えたほうが、学習者の負担を減らすことができたであろう。2時限目は5課のダイアログにある電話会話の練習をした。ピザ屋に注文するという場面設定で、実際の注文シートと電話を使って練習した。他の院生に依頼して学習者の練習の相手をしてもらったが、授業の前に打ち合わせをする時間があまり取れなかったため、指示が分かりやすくできず、練習をスムーズに始めることができなかった。

Lesson 6 不調をうったえる (深川)
学習項目 : 動詞導入、〜たいです、Na-形容詞、動詞、V-たい、んです、体の部位、体の具合を言う
基本的な動詞の導入はこの日が初めてだったので、1時限目は動詞の導入、と「〜たいです」の文型を導入し、2時限目は体調についての述べ方と、ダイアログ(職場に自分の体調を説明し、休ませてもらう)の練習をした。前半は新出の動詞の定着と「〜たいです」の形を作る練習が多かった。学習者の発話からもっと話を広げるような工夫をすれば、練習にも変化をつけられたと思う。

Lesson 7 さそいとことわり (半谷)
学習項目 : V ませんか?、Vましょう、日付、曜日の表現
・モデル会話をあらかじめ大きい紙に書いておくことで、板書の時間を節約することができた。
・反復練習や変換練習などが非常に単調になりがちである。おもしろく、興味を持ってできるような練習方法を考えるべきである。
・学習者の集中力が少し低下しているように見受けられた。

Lesson 8 おれいをいう (山田)
学習項目 : 動詞(過去形)、形容詞(過去形) 
・形容詞の導入など、語彙を増やす方に授業が傾きがちであった。もっと学習者が考えてやりとりができる練習なども取り入れるべきであった。
・ 実際にこの課の前に学習者がいろいろと買物をしていたということもあって、買い物についての質問や練習を活発に行えた。

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名古屋大学大学院国際言語文化研究科
日本言語文化専攻