上級クラスにおける方言指導授業・名古屋弁の場合

山田 薫

0.序

今年度の夏期AETAssistant English Teacher)日本語教育実習では、中級・上級クラス受講生に対し名古屋方言の授業を行った。これから名古屋で暮らしていくAETは多くの場面で名古屋方言に触れる機会があると考え、方言授業の実施を決定した。よりAETにとって有益な知識になるよう、今回の実習ではリスニング・文法を中心にした授業を行った。AET自身は名古屋方言を話す必要がなく、それよりも必要とされるのは聞き取りおよびその理解である。これが聞き取りを中心に授業を展開した理由である。またこの授業のため独自のテキスト・リスニング教材も作成した。今回のレポートではこの方言授業のための準備・授業計画・実施報告・授業後の反省などをまとめる。

1.授業準備

授業を行う上で一番重要なのはAETの実際の生活で有益であるということである。このことを念頭に置き、いわゆる日本人が誇張して使う名古屋弁ではなく、実際の会話などでよく使われるが名古屋NSは気がつきにくい東京方言との差異に着目した。

1.1 実際の生活での名古屋弁調査

名古屋弁調査は二つの方法で行った。一つ目は名古屋出身ではない院生にインタビューで名古屋のNSとの会話で気になった点・わからなかった表現を挙げてもらった。二つ目は次に挙げる3組の会話を録音し、その中で頻出する表現を抜き出した。録音調査の対象は1.食事の時の会話(50代男&40代女)2.休憩中の会話(20代男&女×2)3.電話での会話(70代女&40代女)で行った。年齢・立場・親疎関係などにより使用する表現に差はあるが、どの場合にも共通して多く見受けられた特徴は以下のようになった。

     特徴1 文末表現について

        「テ形+いる→とる」を基本とするパターン。

     特徴2 弱めの命令

         「たべる→たべやー」

     特徴3 独自の敬語

        「知っていらっしゃる(東京方言)→知ってみえる」

特に特徴1についてはどの組においても用いられていたため、使用価値は高いと考えられる。これらの調査を基に教案・教材作りに取り組んだ。

1.2 教材作成

1.1での調査をふまえ、文法事項では文末表現・命令形・敬語について取り上げることを決定した。今回の授業では聞き取りを中心にするという前提があったため、これらの文法事 項を含んだダイアログおよびそれに基づく音声資料を作成することにした。既存のものでは見当たらなかったため、独自のものを作成した。ダイアログは名古屋大学大学院国際言語文化研究科日本言語文化専攻で1998年に作成されたインターネット教材の名古屋弁の教材に手を加えたものを使用した。また音声資料については東京方言部分を東京地区出身の院生と東京地区に4年間在住した院生にお願いした。名古屋方言部分については在名古屋歴20年以上のNSが担当した。実際授業で用いたダイアログは以下のようなものである。

東京方言

名古屋弁

A:あ、ごとうさん、おはよう。

B:おはよう。ああ、つかれた。

A:なにいそいでるの。

B:山田先生のテスト、もうはじまってるよねえ。わたしたち、ちこくじゃん。

A:なに言ってるの。山田先生、テストはらいしゅうにするっていってたじゃん。

B:うそ。聞いてなかった。

A:しっかりしなよ。あ、くつのひもほどけてるよ。

B:ほんとだ。ごめん。さきいってて。

A:あ、ごとうさん、おはよう。

B:おはよう。ああ、えらー

A:なにいそいどるの。

B:山田先生のテスト、もうはじまっとるでしょう。うちらちこくだが

A:なに言っとるの。山田先生、テストはらいしゅうにするっていってみえたね。

B:うそ。聞いとらんかった。

A:しっかりしやあ。あ、くつのひも、ほどけとるよ。

B:ほんとだ。ごめん。さきいっとって。

東京方言

名古屋弁

A:あ、がんばってるね。

B:うん。木曜日にテストがあるんだけど、じゅぎょうあんまり聞いてなかったから、たいへん なんだよ。それにアルバイトもやすめないしさ。ごとうさん、テストないの。

A:うん、テストはないけど、レポートをかかなきゃいけないんだよ。

B:いいじゃん。レポートのほうがかんたんだから。

A:でも、こんなあつい本よまなきゃいけないんだよ。信じられないでしょう。

B:まあ、おたがいにがんばろうよ。

A:そうだ。こんどパソコンかしてくれない。わたしの、いまこわれてるのよ。

B:いつでもいいからうちにきなよ。

A:ありがとう。

A:あ、がんばっとるね。

B:うん。木曜日にテストがあるんだけど、じゅぎょうあんまり聞いとらんかったもんで、たいへんなんだ。それにアルバイトもやすめれんしさ。ごとうさん、テストないの。

A:うん。テストはないけど、レポートをかかないかんのだわ。

B:なに、いいがね。レポートのほうがかんたんだで

A:でもこんなあつい本よまないかんのだよ。信じれんでしょう。

B:まあ、おたがいにがんばろまい

A:そうだ。こんどパソコンかしてくれ?わたしのいまこわけとるんだって

B:いつでもいい、うちにこやー

A:ありがとう。

さらにこのダイアログをもとに文法事項を下記のようにテキストに掲載した。

☆名古屋弁の文法(Nagoya-ben’s Grammar)

1._とる:means “be ~ing”

標準語
         ~ te iru = ~ teru ex. 何をたべてるの。
名古屋弁
         ~ teru = ~toru ex. 何をたべとるの。

     *past form totta ex. 何をたべとったの。

2._とらん:means “be not ~ing”

 標準語
    ~ te inai = ~tenai ex. たべてないよ。
 名古屋弁
    ~ toran   ex. たべとらんよ。

3._てかん:means “must not”

 標準語
     ~tewa ikenai ex.たべる → たべてはいけない
 名古屋弁
     ~ tekan ex.たべる → たべてかん

4.._なかん:means “must”

 標準語
     ~ nakutewa ikenai  ex.行く → 行かなくてはいけない
 名古屋弁
     ~ nakan ex. 行く → 行かなかん

5._やー:means “Why don’t you?”

 標準語
     ex.たべる → はやくたべなよ
 名古屋弁
      ex.たべる → はよたべやー
    
     *はよ=はやく



☆名古屋弁の敬語(Nagoya-ben’s polite form)
  

  みえる:_Someone has arrived or come

   標準語
    ex.いる → 先生がいらっしゃる
   名古屋弁
    ex.いる → 先生がみえる 

 
   また教材には名古屋の名物といわれる食べ物など文化に関するもののコラムも掲載した。教材作りで参考にしたインターネットのホームページ・書籍を以下に挙げておく。


《インターネット上のホームページ》

2.教案作成

何度も述べたように今回の方言授業では聞き取り・理解を一番の目的とした。そのため教案もダイアログを中心に、それに伴う文法・語彙という順序で作成していくことにした。始めから名古屋方言を導入するのは唐突であるため、まず学習者側が一番なじんでいる東京方言でのダイアログからはじめ、同じものを名古屋方言にするとどうなるかという順序で計画をした。教案は下記のように作成した。

3. 実施報告

3.1 授業内容について

 授業自体はほぼ教案どおりに進められた。今回授業に参加したAETの中には以前にも名古屋や日本のほかの地域に留学・就職していた人も多い。そのため方言について知識・興味を持っているAETも多く導入部分がスムーズに進んだ。

3.2 学習者の反応について

東京方言ダイアログはほぼ全員が聞き取ることができた。ただしナチュラルスピードのテープだったため、一度で全部を聞き取ることはできなかった。それに対し、名古屋方言についてはテープスピードなどほぼ同じだったにもかかわらず、かなりの戸惑いがみられた。あらかじめ東京方言で同じ内容の聞き取りを行っていたが、名古屋方言になるとアクセントなどが異なることもあってまるで別の言葉のように聞こえ、なかなか聞き取りが難しかったようである。

3.3 授業の反省

今回は聞き取り・理解を学習の中心に据えたため、ダイアログを扱っていた前半部分は学習者主体の学習ができた。しかし、後半そのダイアログでの文法事項を扱うときにはどうしても説明事項が多くなり、教師側からの一方通行的な授業展開となってしまった。

4. 学習者からの事後評価と全体の問題点

4.1学習者からの事後評価

実習プログラム最終日にAETに対して授業に関する評価アンケートを行った。今回の名古屋方言の授業に対する評価は以下のようであった。

 今回の評価からは「理解はできたが役に立つかはわからない」という傾向がみられた。しかしこの評価は実習後すぐに行われたものであるので、名古屋での生活が半年経った今ではこの評価にも変化がある可能性もある。

4.2 まとめと問題点

現在日本語教育では東京方言が中心になっているが、地方で生活していく学習者には方言の習得も重要な要素である。そのためこれからはより地域に密着した方言授業や教材作成などが必要になると考えられる。

今回の実習では「学習者は方言を自ら使えるようにするよりも、理解できることのほうが必要になる」と考え、聴覚教材を中心にした授業を行った。ダイアログを中心にしたプログラムは理解の点では学習者側から一定の評価を得ることができた。しかし内容では文法事項などの解説で、学習者主体の形態をとることができず教師側からの一方的な解説となってしまった。東京方言であれば、表現の定着を目指したリピート練習・ロールプレイ練習などを行うことができるが、方言授業ではそうした練習の有益性が少ない。文法事項などの授業を学習者主体の形で行うためのプログラムがこれからの課題である。

参考文献

佐々木史(2000)「日本語学習者の方言習得_生活語とての山口方言の習得について_」平成11年度第8回日本語教育研究集会研究発表要旨:日本語教育106号(2000年7月)P.80

二宮・石田・山見・高石・家根橋・吹屋・杉原・三木・重松・小田・佐原(2000)「ボランティア日本語教室のためのローカルテキストの作成」日本語教育104号(2000年3月)P.116


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名古屋大学大学院国際言語文化研究科
日本言語文化専攻