テキストの問題点

−98年度教育実習自主作成テキストから−

斉藤信浩


はじめに

 1998年度AET教育実習における一つの方向性としてテキストを実習生で自主作成し、使用することにした。作成した『あさがお―つかえるにほんご―』は短期集中型の学習者にあわせ、場面シラバスに比重を置いて作成された。AETのニーズに合わせて必要と思われるトピック、語彙を選別し、文法項目は初級レベル内の項目を中心に第1課から第8課まで配列、この部分に関しては積み上げ式、構造シラバスになるように提示した。

 AETは全員、英語母語話者であり、今回のテキスト作成上、それを全く考慮しなかったわけではない。Dialogue、Vocabulary、Useful phrasesには積極的に英訳を載せ、Grammar、Referenceは授業の際に、口頭で説明するため、英訳を省いた箇所が多いが、理解の助けになる程度に、複雑な項目に関しては英語の説明を補足した。

 本稿で取り上げるのはこれらテキストの構成上の問題点や、英訳の不備ではなく、学習者の理解が困難であると思われる箇所の問題点を指摘し、今後のテキスト作成上の参考とすることである。

1.『あさがお―つかえるにほんご―』の構成

 教科書の構成は以下の通りである。

CONTENTS

ひらがな・カタカナ

はつおん・アクセント…高低アクセントや長音・促音などを説明

あいさつことば

きょうしつようご……教師が授業進行のために使用する指示語

わからないとき………教室内で質問を行うために必要な表現

ぎもんし

 

LESSON1 じこしょうかい

LESSON2 レストランで

LESSON3 アパートさがし

LESSON4 郵便局はどこですか

LESSON5 もしもし

LESSON6 ふちょうをうったえる

LESSON7 さそいとことわり

LESSON8 わかれのあいさつ

 

どうし・けいようしかつようひょう

すうし…………………漢数詞0から十万の単位まで提示

かぞえかた……………個、本、枚など

カレンダー……………主にLESSON7で使用するために提示

じかん…………………同上

きかん…………………〜週間、〜日、〜ヶ月等、期間の数え方

びょうき………………主にLESSON6で使用するために提示

からだのなまえ………同上

 

 授業はLESSONを中心に運営し、LESSON前後の部分は付録である。ひらがな・カタカナ、どうし・けいようしかつようひょう、はつおん・アクセントは実習生の授業では使用しなかった。付録は個人的に参照してもらうため、また、タスクを補助するために作成したものである。(「…」右は教科書には記載されていない)

 各LESSONはDialogue 1、Dialogue 2の本文、Vocabulary、Useful phrases(定型表現)、Grammarの順で構成され、これらを授業で中心的に扱った。補足的にReference、Relative words & phrasesも各LESSONに設けた。

 本稿では大きく、文法項目の不備(Grammar)、本文の不備(Dialogue)、語彙の不備(Vocabulary)の3点を挙げる。

 

2.文法項目の不備

2.1.「ぎもんし」

 前半部の付録「ぎもんし」は対訳付きで以下のように提示されている。

何nan what

いつitsu when

どこdoko where

 他、だれ/どなた(more polite)、どう/いかが(more polite)、なぜ/どうして、いくら、いくつ、どのくらい、どれ、どちら、が挙げられている。

 LESSON1で「〜ですか」の表現は出てくるものの、表現として提示されるのはLESSON2である。LESSON2では「なんですか」という表現が出てくる。付録「ぎもんし」にある疑問詞の全てが本文で使用されているわけではなく、これらは「〜ですか」の「〜」部に代入して用いるように提示したものであるが、「何nan」は他の疑問詞と提示のされ方、質が異なる。他の疑問詞は単独で使用されるが、「何nan」は「〜ですか」の中で撥音便化したものであり、単独では使用されない。テキスト全体を通して、「何nani」という語は提示されておらず、付録「ぎもんし」にも説明はない。学習者が他の疑問詞が単独で使用されるのを聞いた場合、「何nan?」という誤用を引き起こす可能性がある。

 

3.語彙の不備

3.1. 自称・他称

 LESSON1では「Teacher」という英単語に対して2つの日本語が使用されている。Dialogue1では「教師」、Dialogue2では「先生」が当てられている。「教師」は自称として使用し(英語の教師です。教師をやっています。)、「先生」は他称として使用する(先生はいますか?)場合が多い。これらは明確に使用区分を引けるわけではないが、誤用を引き起こす可能性をなくすためにも、導入の段階で2つの語彙を別けて与える妥当性はあるが、説明が必要であろう。Dialogue1は独話型の自己紹介であり、Dialogue2は対話型の自己紹介であるが、LESSON1の段階で学習者がそこから「教師」「先生」の使い分けを類推するのは困難である。授業でのフォローが必要な語彙はできる限り提示しないように努めるか、英訳の説明を別記しておく必要性がある。

 

4. 本文の不備−LESSON2のDialogueから−

4.1. 依頼表現

 LESSON2のDialogue2には「〜おねがいします」「〜ください」の2つの依頼表現が提示されている。

 

ジョン  :すみません。

      カレーライスありますか?

ウェイター:はい、あります。

ジョン  :カレーライスおねがいします。

ウェイター:チキンカレーですか、ビーフカレーですか?

ジョン  :チキンカレーください。

ウェイター:はい、わかりました。

 

 本文では「カレーライスおねがいします」「チキンカレーください」の文で提示されているが、この文脈で2つの依頼表現を使い分けなければならない必然性は全くない。Grammarでの英訳には「〜おねがいします」に「Please give me〜」が当てられ、「〜ください」には「Give me〜please」が当てられているが学習者の理解を助けるどころか益々混沌とさせている。

4.2. 語用論的な問題点

 「N ありますか」という表現が本文で使用されているが、これも語用論上では依頼表現に属するものであり、「N ありますか?」は存在を聞いているのではなく、その物を要求している。店頭での場面においては「カレーライスありますか?」「はい、あります」という応答の隣接対は不自然さが少ないが、例えば、食卓などで「塩ありますか?」と聞かれて「はい、あります」とだけ答える日本人は少ないであろう。従ってLESSON2のDialogue2では3つの依頼表現が7行あまりの短い本文で用いられることになり、十分に整理されたDialogueとは言えない。

 単に存在を質問する用法で「〜ありますか?」を提示するならば、LESSON3の「アパートさがし」のトピックの中で、「1万円の部屋ありますか?」「ありません/あります」という対話の対で導入したほうが良い。「あります/ありません」は「ありますか?」より後のLESSON3で提示されている。「〜ありますか?」の語用論上の用法を考慮しないのならば別けて導入するのは混乱を招くだけである。

 

5. テキスト作成の長所・短所

 1998年度教育実習ではテキストの作成にコースの力点が置かれた面が強い。実習生全員がテキスト作成に参加することによって、各実習生がコース全体の学習目標を十分に把握することになり、全てのLESSONのDialogue 、Vocabulary、Useful phrases、Grammar、Reference、Relative words & phrasesの各つながりを理解することになった。また、テキスト作成の能力を養えたことも大きい。

 一方、テキスト作成の労力が他の教案作成、模擬授業などの時間を奪ってしまった。また、既成のテキストを使用するという選択肢によって、既成のテキストを運用する能力を養える機会があったが、今回はそれができなかった。

 

まとめ

 本稿ではテキストの問題点を主に3項目に絞って考察した。勿論、その他にもいくつかの問題点はあるが網羅的に取りあげて記載するには紙面が足りなかった。教科書作成の問題点は様々あろうが、ここでは以上の問題点を指摘するに留めた。

 1997年度AET教育実習の際にも、テキストの自主作成を行っており、97年度テキストを1998年度AET教育実習生間で十分に吟味し、一つのたたき台として用いた。僅かではあるが97年度テキストよりも進歩したものができたと思う。今後、テキスト作成をAET教育実習で行うのであれば、以上で見てきたような、事前に予測されうる不備を繰り返さないことが望まれる。

 

<参考文献>

名古屋大学大学院文学研究科日本言語文化専攻(1997)『1996年度 日本語教育実習報告』

名古屋大学大学院文学研究科日本言語文化専攻(1998)『1997年度 日本語教育実習報告−計画・実践・反省・発見−』


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名古屋大学大学院文学研究科 日本言語文化専攻