指示の出し方について

―初級レベルの場合―

安斉真生


1. はじめに

今年は、春、夏の実習とも初級クラスを担当することになったが、春の実習で、指示の出し方が拙いために学習者を混乱させてしまった。具体的には、前の学習項目から次の学習項目に移ったことが学習者に伝わっていなかったために、学習者が、次の学習項目の導入部分を前の学習項目の練習の続きだと取り違えてしまい、授業の流れがそこで中断してしまう、ということがあった。特に初級は他のレベルに比べ、教師の指示の出し方が授業の進行を左右するということを痛感した。そこで、本稿では「指示の出し方」を取りあげ、その重要性を再認識し、授業を円滑に進行させるための指示の出し方とはどのようなものか、を考える。

 

2. 指示の使用場面からの分類と、指示が不適切であった例の提示

この節では、指示をその使用場面から3つに分類し、それぞれについて指示が不適切であった例を提示する。

2.1. 指示の使用場面からの分類

指示を、どの場面で使用するかによって、3つに分類する。初級クラスにおいては、1つの学習項目について、導入、形式を重視した練習、意味を重視した練習、という3つの段階を踏むことが望ましい。そこで、新しい学習項目を始める際に使用する指示、ドリルやパターンプラクティス等の自由度の低い練習を始める際に使用する指示、タスク等の自由度の高い練習を始める際の指示の3つに分類することができる。以下、この順に、指示が不適切であった例を提示する。

2.2. 指示が不適切であった例の提示

2.2.1. 新しい学習項目を始める際の指示

前の学習項目を終えて次の学習項目を始める際に、それを学習者に明示する必要がある。冒頭でも述べたように、筆者は春の実習で、新しい学習項目に移ることが学習者に伝わらなかったために、以下のように混乱させてしまったことがあった。

学習項目は四つあり、一つ目が「意志形+と思っています」であった。そして二つ目の学習項目は、「〜ても…」であった。以下に教案を示す。

 

学習項目1:「意志形+と思っています」

<導入>(省略)

<意志形の作り方の練習>パターンプラクティス

<練習>「みなさんはいつまで日本にいようと思っていますか?」「将来国へ帰ったら何をしようと思っていますか?何になろうと思っていますか?」

学習項目2:「〜ても…」

<導入>わからない言葉があります。どうしますか?(学習者:辞書で調べます。)でもわかりません。辞書で調べてもわかりません。どうしますか?(学習者:他の人に聞きます。)でもわかりません。他の人に聞いてもわかりません。

(以後省略)

 

学習項目1を終え、2の導入を始めたのだが、「わからない言葉があります。どうしますか?」と学習者に質問したら、「辞書で調べようと思っています」という答えがかえってきた。教師としては新しい学習項目を提示しているつもりなのだが、学習者にはそれが伝わっておらず、前の学習項目の練習の続きだと思わせてしまった例である。

2.2.2. ドリルやパターンプラクティス等の自由度の低い練習を行う際の指示

ドリルやパターンプラクティス等の自由度の低い練習を行う際に、その練習のモデルを示して学習者に要領をのみこませなくてはならない。夏季実習で、表1を配布し、ペアーになって「アパートの近くに〜はありますか?」と聞き合う練習をした。その前の学習事項は、「部屋に〜はありますか?」であった。以下に教案を示す。

 

Table 1

 

学習項目1:「部屋に〜はありますか?」

<語彙の導入>アパートの物件のコピーを示し、「おふろ、トイレ、シャワー、湯沸かし器…」等のマークを指し「これは何ですか?」と尋ね、語彙を確認、あるいは導入する。

<練習>「部屋に〜はありますか?」

学習者に、アパートにどのような設備があるかを尋ねる。

学習項目2:「アパートの近くに〜はありますか?」

<語彙の導入>表1を配布し、上から順に読ませ、語彙を確認、あるいは導入する。

<練習>となりの人に、「アパートの近くに〜はありますか?」と聞いてください。ここに、○×を書いてください。

 

学習者に練習の説明をしたが、ある学習者が「アパートの近くは〜はありますか?」と発話していたため練習を中断させ、「アパートの近くに〜はありますか?」というモデル文を板書して助詞「に」を強調した。それから練習を再開した。

2.2.3. タスク等の自由度の高い練習を行う際の指示

タスク等の自由度の高い練習を行う際に、その説明を学習者にしなくてはならない。

夏季実習で、4人の学習者に対し、A,B2種類のプリントを2人づつに配布した。そして、Aを持っている者とBを持っている者がペアーになり、部屋の中の物の位置を質問し合い、プリントに書き込むというタスクをした。以下に教案を示す。

Fig.1 Print A

 

Fig.2 Print B

学習項目2:「〜に…があります。」

<語彙の導入>「〜に…があります。」という文型と「上、下、中、左、右」という場所の語彙を導入あるいは確認する。

<練習>場所の語彙の定着のための練習2種類。

<語彙の導入>「となり」と「そば」を、その違いがわかるように導入する。

<練習>部屋の中の物の位置を質問し合う。

 

まず、A、Bのプリントを配布してから、タスクの説明をした。プリントには説明を簡単な日本語で書いたのだが、学習者はタスクの要領をすぐにはつかめなかったようだ。プリントが、一見したところ違いがわかりにくかっため、インフォメーションギャップを利用した練習であることがすぐには理解されなかったようだった。

 

3. 適切な指示の重要性

2.2で見たように、指示が不適切に行われると、学習者を混乱させてしまい、授業の流れを中断させてしまうことになる。そこで、適切に指示を出すことが重要になってくるわけである。しかし、指示に気を遣う余り、説明が多くなってかえって流れを中断させてしまうこともある。例えば、練習の要領を学習者に説明しようとして、かえって未習語彙、文型を用いてしまい、学習者を混乱させてしまう場合である。説明をしなくても、モデルを示すことによって、要領を理解させることもできる。しかし反対に、説明が必要な場合もある。つまり、使用場面によって、適切な指示というものが異なってくるわけである。

そこで、4では、2.2で見たそれぞれの例について、適切な指示を考える。

 

4. 使用場面に応じた適切な指示

ここでは、2で見たそれぞれの使用場面について、適切な指示がどのようなものであるかを考える。

4.1. 新しい学習項目を始める際の指示

前の学習項目から新しい学習項目に移ることが学習者に伝わらなかったために、2.2.1のような失敗が起こってしまった。教師としては、それを学習者に伝えたつもりなのに、学習者には伝わっていないのである。つまり、教師は一応それを明示するような「はい。じゃあ、次に行きましょう」等の指示を用いたのだが、学習者にはそれが通じなかったということである。初級では、このようなことがよく起こる。このような場合、「はい。じゃあ、次に行きましょう」等の言語による指示と同時に、他の手段による指示も必要になる。その一つとして、板書を効果的に用いることが有効であると考えられる。例えば、その日の学習項目を黒板の隅に書いておく。そしてそれが終わる毎に、その横にチェックを入れていく方法がある。また、板書計画を入念に立てておいて、その日の学習項目が3つある場合、黒板を3つに等分し、3分の1ずつ板書していく方法もある。このような方法を取れば、学習者に次の学習項目に移ることを明示できるだけでなく、授業の最後に今日何を学んだか、が一目で分かり、学習者の頭の中を整理することができる。

4.2. ドリルやパターンプラクティス等の自由度の低い練習を行う際の指示

2.2.2のような失敗が起こったのは、この練習のモデル文が学習者にはっきりと示せていなかったからである。このような、ドリルやパターンプラクティス等の自由度の低い練習というのは、そのモデル文あるいはモデルの形を正確に言えるようになることが目的である。そのため、練習の最中にあやふやになったときにすぐにモデル文を見ることができるようにすることが必要である。2.2.2の場合、その前に「部屋に〜はありますか?」を練習し、その次に「アパートの近くに〜はありますか?」を練習している。この練習に必要な語彙の確認、あるいは導入にばかり目が向いて、モデル文が口頭による提示のみになっている。最初にモデル文を板書し、注意すべき助詞「に」を強調して、まず数回発音の練習をしてから、この練習に移るべきである。

4.3. タスク等の自由度の高い練習を行う際の指示

2.2.3は、タスクの説明が学習者に伝わらなかった例である。タスク等の自由度の高い練習は、このように説明が難しい場合がある。2.2.3の場合、プリントを配る前に、説明するべきである。配った後だとどうしても学習者の視線がプリントの方にいってしまう。また、プリントが2種類あることも配る前に強調するべきである。その後で、「ニコラさん、Aおねがいします。マットさん、Bおねがいします。ニコラさんとマットさん、ペアーです。」と言えば容易に理解させることができたであろう。「A」「B」という文字をもう少し大きく、わかりやすく書く必要がある。また、プリントに説明を簡単な日本語で書いたが、媒介語で書く方法もある。

 

5. その他の指示の方法

ここでは、4で扱った以外の指示の方法について述べる。

5.1.教室用語による指示

夏季実習では、以下のような教室用語を設定した。結局、筆者のいたB班ではほとんど用いることがなかったが、これを活用することによって明確な指示をすることができるであろう。

5.2. ジェスチャーによる指示

実習の様子を録画したビデオを見返したが、筆者はジェスチャーによる指示を多用していた。しかし、不要なジェスチャーがいくつも見られた。言語による指示と同時にジェスチャーを用いた場合が多かったが、ジェスチャーより言語による指示を先に出す方が適当である。つまり、言語による指示が通じなかったら、後でジェスチャーによる指示を与えるべきである。しかし経験の浅い教師は、学習者が言語による指示を理解できないことによって授業の流れが中断してしまうことを恐れて、ついジェスチャーを同時に用いてしまうのだろう。

ジェスチャーによる指示に限ったことではないが、使用場面に応じた適切な指示というものを念頭に置くべきである。

5.3. アシスタントを利用した指示

夏季実習において、B班では授業見学を行った。したがって、常時見学者が2〜3人いたが、必要なときには見学者にアシスタントになってもらった。筆者は、「あつい」「さむい」「人が多い」「たかい」「やすい」などの形容詞のカードを机の上にばらまき、教師が「日本の8月」「オーストラリアの8月」「日本の地下鉄」「パソコン」などの項目を読み上げて、学習者にかるたとりのようにカードを取らせるゲームをした。このとき、アシスタントにデモンストレーションをしてもらった。初級クラスにおいては、自由度の高い練習、タスク、ゲーム等の説明を言語のみによって行うのはかなり難しいため、このようなアシスタントを利用した指示は実に有効である。しかし、現実には、常にアシスタントを確保するのは難しい。

 

6. おわりに

本稿では、初級クラスにおいて、指示が不適切に行われると、学習者を混乱させてしまい、授業の流れを中断させてしまった例を挙げ、適切な指示の重要性について述べた。初級クラスにおいては、言語による指示だけではなく、板書やジェスチャー、デモンストレーションなど視覚的な要素を用いることが必要であると言えた。しかし、授業の進行を気にするあまり視覚的な要素を用いた指示が先に立ってしまい、言語による指示がおろそかになることに注意しなくてはならない。また、板書をするタイミングや、プリントを配布するタイミングなどを考慮に入れた、入念な授業計画を立てることが必要であろう。


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名古屋大学大学院文学研究科 日本言語文化専攻