AET日本語研修


2. ゼロ初級(Aクラス)

2.1. レディネス分析(注)
 1998年度AET実習では学生の日本語能力に合わせて、ゼロ初級(Aクラス)と初級(Bクラス)を設けた。Aクラスは、日本語の学習歴が皆無である学習者から数週間程度の学習歴のある段階の学習者が含まれている。Aクラスのレベルはほとんどばらつきが無く、日本語能力がゼロと判断してもよいレベルであった。

2.2. シラバス・デザイン

(1) 学習目標
 全日程が8日間、1コマ50分、1日2時間の短期コースであるため、日本で生活する上で必要最低限の表現を各課に盛り込み、当面の生活に活用できる言いまわしや応対ができるよう心がけた。従って、全体は場面シラバスの構成を機軸にし、文法項目は最小限に留めた。今後、学習者が日本語の学習を継続する場合に役立つよう、教科書の付録には、幾つかの文法の説明―活用形や数詞等―を加えたが、実際の授業では使用しない。使用する単語数も使用頻度の高いものに限定して提示した。

(2) 授業運営方針
 文字教育は行わない。但し、初日1コマのみ大曾美恵子教授にひらがな講義を担当していただいた。教室内の表記は全てヘボン式ローマ字を用い、媒介語は日本語を用いる。教室での指示に使用する言葉は実習生間で統一、黒板脇の壁に列挙して英訳付きで添付した。
 実習生が初日から最終日まで全コース日程に何らかの形で参加できるよう、交互にローテーションを組んで授業を担当した。導入項目は事前に照会し合い、シラバスは課ごとに設定した場面シラバスに従い、1時間目に必要な課の項目を導入、2時間目に会話を中心に授業を運営した。1日1課ごとに進行し、1時間目、2時間目共に同一の場面で授業を運営した。

(3) シラバス
 各課の場面を以下の8つに設定した。

LESSON1 自己紹介 Self-introduction
LESSON2 レストランで At the Restaurant
LESSON3 アパートさがし Finding Apartment
LESSON4 郵便局はどこですか Where's the Post Office
LESSON5 もしもし Phoning
LESSON6 ふちょうをうったえる Complaining of Sickness
LESSON7 さそいとことわり Inviting, Refuse
LESSON8 わかれのあいさつ Saying good-by

 

2.3. カリキュラム・デザイン

8/10(月) LESSON1

 (1)〜です (2)〜ですか (3)NのN

8/11(火) LESSON2  

 (1)これ/それ/あれ(2)Nください(3)Nありますか
 (4)NとN(5)おねがいします 6)数詞ひとつ、ふたつ

8/12(水) LESSON3

 (1)形容詞(I-adjective) (2)あります(3)ありません
 (4)いくらですか(5)〜ね/〜よ(6)どうですか(7)でも(逆接)

8/17(月) LESSON4

 (1)動詞(―o Verbs)(2)ここ/そこ/あそこ
 (3)〜へ(―e Verbs)(4)〜たいんですが…
 (5)〜はどこですか

8/18(火) LESSON5

 (1)います/いません (2)なんじですか (3)いつ
 (4)〜といってください

8/19(水) LESSON6

 (1)形容詞(Na-adjective) (2)〜んです(説明)

8/20(木) LESSON7

 (1)〜ませんか (2)〜ましょう
 (3)〜から、〜(Reason)(4)どうしてですか?
 (5)〜へ 行く(6)〜に 行く(7)(何人)で

8/21(金) LESSON8

 (1)〜のおかげです(2)〜から〜まで
 (3)動詞過去形・否定形 4)形容詞過去形・否定形

 

(1) 各課ごとの場面シラバスに従って、2時間目の授業を中心に様々な活動を行った。LESSON3ではアパート探しを実際の物件情報を用いて教室内で行ったり、LESSON4では栄の地図を作成し、道聞きを行わせたり、LESSON6では教室内に薬局を再現して不調を訴えさせたりした。その他、電話を使用したり、パンフレットを使用したり、様々な活動を行い、文型・語彙はそれらの活動に役立てるように導入した。
(2) 教材
 作成したテキストに従って、授業を運営したため、テキストは比較的活用できた。練習を行うために不足している語彙などはプリントなどで補足した。
 教材として絵カード、文字カード(ローマ字)、図表などを作成した。また、レアリア(実物)をできる限り使用するよう心がけ、初級者向けに若干の修正を加えて積極的に使用した。Aクラス全体として教材作成に力を入れた。実習の前半では制作時間が予想以上にかかってしまったが、後半では実習生間での教材の使いまわしがうまくいき、同一の教材から語彙(動詞・形容詞など)を提示することによって、学習者全体に教材からの語彙は高い定着をみた。

 

2.4. 担当授業
 ゼロ初級(Aクラス)の担当授業の割振りは以下の通りである。

     1時間目   2時間目
第1課  山本三和子  ひらがなクラス
第2課  斉藤信浩   山本三和子
第3課  成田真紀   斉藤信浩
第4課  斉藤信浩   山本三和子
第5課  成田真紀   斉藤信浩
第6課  山本三和子  成田真紀
第7課  斉藤信浩   山本三和子
第8課  成田真紀   成田真紀

 

2.5. 授業の反省
2.5.1. ゼロ初級(Aクラス)の授業準備について
 全体でのテキスト作成に時間がかかり、取りかかりが遅れた。Aクラスは実習生が3人という少数にもかかわらず、各人の日程の都合がつきにくく話合いを十分に持てなかった。
 コース前に各課ごとの担当を取り決め、教案を作成、担当授業での文法項目・導入語彙のすり合わせを行い準備に取りかかった。教室内での指示語の使用やロールプレイなどの教室活動の内容などの取り決めは直前になってしまった。コースの始めに模擬授業を行う必要性があったが、結局行うことができなかった。また、授業後の連携がうまくいかず、導入していない項目を利用してしまうというチームティーチング上、初歩的なミスもあった。授業時間ごとに班として会議を設けるべきであったと思う。

2.5.2. コース全体について
 実際の授業が始まる前のテキスト作成、アンケート、渉外活動などの比重が大きかったように思われる。Aクラスはどの実習生もコースの初日から最終日まで何らかの形で授業に参加していたため、コースを通して授業を行ったという感覚が得られた。授業が開始すると想像以上に時間が取れず各人の授業準備に忙殺された。授業開始前にもっと取り組んでおくことができた問題が多かったのではないかと反省される。

2.5.3. 各実習生の授業について
 以下の項目を立て、各実習生の自分の授業に対する反省を紹介する。
(1)テキストの使用について
(2)教材の使用について
(3)生徒とのコミュニケーションについて
(4)4−a 授業の準備について
   4−b 授業の運営について
(5)その他

<成田>
(1)テキストの使用について                          八つの場面シラバスによって構成された『あさがおーつかえるにほんごー』を使用し、第3課「アパートさがし」、第5課「もしもし」、第6課「ふちょうをうったえる」、第8課「わかれのあいさつ」を担当した。第3課「アパートさがし」では1限目でダイアログ導入を担当した。よってテキストに挙げられたその課の文法事項・新出語彙などを指導したが、実際、初級入門レベルの学習者にとって一つのダイアログが長すぎると思われたので、半分ほどに短くしたダイアログ1のみを授業で取り上げた。
 第5課「もしもし」でも1限目でダイアログ導入を担当した。テキストの文法項目「いる」に焦点を当て、「います・いません」「あります・ありません」の指導を初めに行い、その後ダイアログ1を紹介した。この時、予めダイアログを読んでカセット・テープに録音し、授業中学習者にテープを聞いてもらう方法で、テキストを使用した。第6課「ふちょうをうったえる」では2限目でその課の練習・確認を担当した。よって文法事項「〜んです」の練習のため、「どうしたんですか。」「熱があるんです。」、「おなか(喉、頭、手、足など)が痛いんです。」を取り上げた。
第8課「わかれのあいさつ」では1、2限目を担当し、1限目ではテキストに挙げられた文法事項「動詞過去の肯定・否定形」「形容詞過去の肯定・否定形」を導入した。実際には文法事項の説明と使い方の練習に時間をかけたため、テキストに挙げられたダイアログ導入の時間を取れなかった。2限目ではダイアログ1を応用して各学習者にわかれのあいさつをしてもらった。
(2)教材の使用について                            教材は授業の項目に沿ったものを自分で作成したり、実際に生活で使用されているもの、例えば電気器具のパンフレットや不動産物件の間取り図、本山周辺の地図等、を使用した。また、他の授業を担当する指導者との関連性を図るため、復習においては、他の指導者が授業で使用した教材、例えば絵カード等、を活用した。
(3)生徒とのコミュニケーションについて                    授業中、授業後に質問を受ける等、比較的円滑にコミュニケーションを図ることができた。問題点としては、自分(指導者)が理解してもらおうと必死になりすぎて、それが学習者にとっての負担となり、結果的に学習者の情意フィルターを高めてしまった。時にはそれにより学習者が動揺したり混乱したりした。
(4)4−a 授業の準備について                        他の指導者の授業に参加した後、教案・教材作成に取り組んだ。実際教室にたって時間を計りながら予備授業を行った。また、授業をうまく進めるためにどこで自分は何を説明し、どんなキューを出すか、どこで誰を指名するか、ペアワークにあてる時間をどれくらい取るか、どこで他の指導者に参加して何を言ってもらうか等、授業用の台本を作成した。
 4−b 授業の運営について                          主に予め作成した教案、台本通りに運営することができた。但し、どこで誰を指名するかまで決めていたので、学習者をかなりコントロ―ルしてしまい、授業に自由さや自然さが欠けてしまう結果になった。
(5)その他                                  教育実習中、自分が指導に当たっている場合、時間内に指導項目を押さえ授業を運営することのみに精一杯で、クラス全体を見渡し注意を払うことは難しかったが、例えば、教材の使用法、時間配分の仕方、学習者への対応、なごやかな雰囲気作り、学習者の興味を高める等、他の指導者の授業観察から多くの点を学ぶことができた。複数の指導者が一つのコースを担当する場合に、他の指導者の授業を観察していれば、それにより授業の引継ぎが円滑に運び、参加する学習者の未習・既習項目も明らかになり、自分の担当する部分の教案作成に大変役立つ。よった、この様なコースを円滑に運ぶために、他の指導者の授業参観は大切な一つの要素だと考えられる。

<斉藤>
(1)テキストの使用について                          コースを通してテキストに従って教案を作成、授業を行った。テキストの情報量が不足している場合には、プリント等で補足した。予めテキスト作成の時点で課ごとで導入する文法項目、語彙等が決まっており、到達目標も定まっていたためそれに従った。場面シラバス重視の教科書であったが、Grammarの導入に課のトピックを十分生かして使用できなかった。Dialogueを用いる際に、初回の授業、LESSON2では導入項目と切り離してしまったため、単に読み合わせることになってしまった。以降、Dialogueのトピックを機軸に練習を行うように心がけたが、Grammarへ比重が傾いてしまうことが多かった。
(2)教材の使用について                            学習者の理解能力を過小評価していたため、分かりやすい教材作成に力を注いだが、想像以上に学習者の理解力・類推力が高く、コース前半で教材作成を終了し、使いまわして用いることにした。しかしながら、教材、特に、動詞、イ形容詞の絵カードを指導者間で使いまわすことによって、これらの基本的な語彙がコース終了時には非常に良く学習者に記憶されていた。また、教材を多用することによって学習者の興味を起こすことができた。しかし過度の教材使用は学習者の発話を制限することにもつながり、注意が必要であると感じた。
(3)生徒とのコミュニケーションについて                    学習者にとっても8日間の短期コースであり、教師にとっても実習であるため、お互いが楽しめて、且つお互いが勉強になれば良いのではないかと思い、学生と教師という上下関係があまり明確にでないよう注意を払った。但し、現場の日本語教師は、学生のコントロールと言う観点から、この様な態度は危険であろう。教育実習とは言えもう少し実際の現場での定則のようなものを考慮して授業を行う必要があったと思う。それでも授業外では忙しくて学生とのコミュニケーションが少なかったと思う。
(4)4−a 授業の準備について                        場面シラバスを中心にテキストを構成しているため、教室内での活動も場面を重視して練習を行うのだが、教案作成時に良い案がなかなか思い浮かばずに苦労した。時間配分などがどのようになるか、心配だったため、時間が余った場合のネタを用意しておいた。それでも時間が余ってしまうことが1時間あったのでその際には、テキストを読み合わせてしのいだ。実際の授業では事前準備通りに行かないことが体験でき、かえって良い経験になった。コース前半では教材作成に時間をかけ、教案作成も同時並行で続けた。教材作成によって、かえって教案の分かりにくい点、導入項目の順番などの問題点を把握でき、時間的にはきつかったが良い結果であったと思う。
 大きな反省点として、2時間目の授業の直前に1時間目の授業の担当者から未導入項目の報告を聞き逃したり、連携がうまく行かなかったりというミスを犯してしまい、もう少し直前の連携をしっかりすべきであった。
 4−b 授業の運営について                          不慣れであるため、学生の自主的な発話を聞き逃してしまったり、フォローアップを出せなかったりした。また、学生への指名順が項目ごとに同じ順番になっていたりした。重要な項目と二次的な項目の差異を明確にできず、時間配分が同一になっていたり、学生の質問に十分に答えられなかったりした。
(5)その他                                  学生が非常に協力的、意欲的で、遅刻もほとんどなく、初心者の教師にとって大変ありがたかった。8日間の短期でもコース後半では明確に学生間の実力の差異が現れてきて、これが長期のコースであったらどういった対応をしたら良いか考える良い機会も与えてくれた。英語母語話者のクラスであったが自身の英語力不足のため、学生が質問を遠慮してしまったのではないかと感じられた。

<山本>
(1) テキストの使用について                          毎回の学習項目はテキストに従って設定したが、授業中はなるべくこちらに注意を向けてもらいたかったため、授業中にほとんどテキストを用いなかった。良かった点としては、
 ・学習者の注意を一点に集めることにより、こちらの指示が伝えやすくなった。
ということがあげられる。逆に反省点としては、次の点があげられる。
 ・テキストに紹介してある曜日の名前をフラッシュカードで導入した際、掲載ページを知らせなかったため、学習者は発音のリピートよりも名前をメモすることに気を取られていた。不必要な労力を使わせてしまった。

(2) 教材の使用について                            他の実習生の使用した教材をできるだけ利用するように心がけた。学習者にとっても復習に役立ち定着が図れたと思われる。反省点として、自分の作成した掲示用教材のなかに、学習者からの空間的距離を十分考慮しきれなかったものがあった。例えば、第4課の授業では、名古屋市内地図を拡大コピーしてホワイトボードに貼り、道ききの表現の導入に用いた。しかし拡大率が低かったこと、自分の書いた文字が小さかったこと、アイコンが分かりにくかったことなどから、学習者に混乱を招いてしまった。教材には「見やすさ」が肝要であることを痛感させられた。

(3) 学習者とのコミュニケーションについて                   授業外で二度学習者と一緒に昼食へ出かけた。コース後にもAクラスの学習者と実習生が一緒に食事をする機会があった。このような場での使用言語は、授業中とは違いほとんど英語であった。Aクラスの学習者がゼロ初級であることから当然である。このように授業外でコミュニケーションを図る機会を持ったことの利点として、次の点をあげておく。
 ・日本語のみを使用する授業中では分からない個々人の背景や人柄を知ることができ、双方の距離を縮めることができた。ゼロ初級の学習者から、日本語だけでこれらの情報を得ることは難しい。
 ・異なる文化・社会背景を持つ同世代の彼らと接することは、第二言語教育に携わる我々にとって(実際にはどの専門分野であっても)当然重要な経験であったと言えるだろう。
 上のような利点がある反面、次のような問題点も認められる。
 ・「教師―学習者」という関係が薄れた時、かえって互いの関係をどう把握すればよいのかとまどってしまった。年齢が近いので教室外では比較的「友人」関係になりやすかったと思われるが、学習者らが授業外では我々を果たして「友人」と捉えているのかを理解することも難しかった。  

(4)-a 授業の準備について                           授業中になるべく板書などの労力を省くために、できる限りB紙などに書いておき、授業では貼るだけ又はめくるだけにするようにした。このおかげで、学習項目の要点をもらさず押さえることができ、教室活動の流れもスムーズになった。反省点としては、予測していたとはいえ授業の準備に毎回膨大な時間がかかったことがあげられる。この課題の克服には経験という要因もあると思われるが、2週間のコース期間で自分のエネルギーをどのように分配するかという点も、計画の重要な側面であろう。

(4)-b 授業の運営について                           準備の段階で自分の頭に教室活動のイメージが明確に描けた時は実際に円滑に授業を進められた。全般的に、春の実習と比較して学習者の発話に余裕を持って耳を傾けることができた。それは準備のよしあしに大きく左右された。こちらの計画がしっかりしているときは学習者の質問に動じることもない。

(5) その他                                  反省点としては、他の実習生の授業を見学した際にコメントをあまり伝えなかったことをあげたい。逆に自分の授業についても、積極的に感想を求めるべきだった。それにより、Aクラス担当の実習生の間に、授業運営方針の面でもっと一貫性が望めただろう。テキストの学習語彙、文法、会話などを扱う比重に実習生の間で差があったように感じられた。


Back
名古屋大学大学院文学研究科 日本言語文化専攻