修了生による専攻紹介
  


宋 協毅 文学研究科修了(中国 大連大学教授)
 母校の名古屋大学の日本言語文化専攻で勉強してよかったとつくづくと思っています。昨今のグローバル時代に生きる現代人は、否応なしにボーダーレスに伴う積極的或いは受身的な異文化コミュニケーションに直面しています。従って、ここ三年来の経験から言えば、私たちのような海外の日本語教育と研究の現場で働くものは、母校で教えられたように言語と文化という表と裏、表層と深層の関係にある両者を有機的に結びつけて研究をすれば、必ずや教育と研究が相補い、バランスよく両立するような結果が期待できると思います。 母校の先生方に心から感謝申し上げます。在学中の皆さまも是非頑張ってください。

陳 学強 文学研究科修了(アイシン精機(株)生産調査部)
 現在、日本の会社で中国合弁企業関係の仕事をしておりますが、今まで名大「日言文」で学んだものが、教育職と違った、今の仕事にも役立っています。その中から、特に次の2点が取り上げたいと思います。1.院生は、研究活動の中で、指導教官と自由の雰囲気の中で、議論を交わすこと。また、お互いに相手の意見を尊重しながら、また、否定しながら目標とするものを徹底的に追求するその姿勢。2.研究活動において、前人の学説を鵜呑みにするのではなく、一回否定してみる、そこから新しい発見が生まれるのが教わったこと。実際、今の仕事において、現状を改善する時に、現在のやり方をよしとせず、もっとよいやり方があるのではないかと、現状否定を一回してみて、最善の解決策を見出す努力を心がけています。今後、どんな職場に居ても、名大「日言文」の修了生であることを誇りに思うし、これからの名大「日言文」は益々発展することをお祈りしております。

名嶋義直 日本語教育学講座修了(東北大学大学院文学研究科 助教授)
 私は2002年9月に日言文を満期退学し、大学で留学生に日本語を教えています。大学の教官となって改めて思うのは日言文の先生方の素晴らしさです。在学中、見倣いたいと思うことはたくさんありましたが、振り返ってみると、実行できていることはごくわずかです。そこで、私の個人的体験を述べることで日言文を紹介したいと思います。私は他大学で修士課程を修了し、日言文に入学しました。入学ガイダンスでは不安な気持ちで一杯でしたが、私は専攻長の「教官もリソースです。どうぞ利用して下さい」という内容の言葉を聞いて少し安心できました。簡単に言える言葉ではありません。すばらしい言葉だと思いました。実際、入学してみるとその言葉通りでした。研究室のドアを「学生が入りやすいから」と常に開けていらっしゃる先生方がいらっしゃいます。丁寧に、真剣に指導して下さる先生方がいらっしゃいます。指導教官でないにも関わらず、声を掛けてくださったり、相談に乗ってくださったり、意見をくださる先生方がいらっしゃいます。但し、大学院は自分で学ぶところだということはお忘れなく。そういう厳しさを教えてくださる先生も、もちろんいらっしゃいます。私は日言文で研究だけではなく、人を教えるということについても学ぶことができました。今は、学生から利用される(=頼りにされる)教官になることを目指して、学んだことを実行すべく精進しているところです。

許 夏玲 日本語教育学講座修了(東京学芸大学留学生センター 講師)
 2000年3月に日言文を満期退学した許 夏玲(フイ ハーリン)です。私が香港から初めて名古屋を訪れたのは1990年の秋でした。文部省の奨学生として来日して、名古屋大学言語文化部の日本語・日本文化研修1年コースで勉強しました。1年の留学生活が終わって、母国へ帰ってからも名古屋のことを忘れられませんでした。もっと日本語を勉強したい、もっと日本の文化や社会を知りたいと思って、1993年2度目の来日。今度も名古屋でした。名古屋大学大学院文学研究科(今の国際言語文化研究科)の日本言語文化専攻に入学して、再び留学生活を送りました。私が大学院に入って本当によかったと思うことは、とても良い指導教官に恵まれたことです。いつも学生の身近にいる存在で、勉強熱心かつチャレンジ精神がいっぱいな指導教官からは、教わらなければならないことが実に沢山ありました。学問の道は長くて厳しいのです。博士論文を書いている時、勿論辛いことがいろいろありましたが、そのたびに指導教官を始め、多くの大学院の先生方や院生の友達からご指導やご助言をいただいたり、暖かい励まし言葉をいただいたりして、大学院でかけがえのない有意義なものを沢山得ることができました。そして、2000年の秋、念願の博士学位を取得して、翌年の4月には同専攻の助手として採用される幸運に恵まれました。助手として勤めさせていただいている間、研究科長、専攻長を始め、院生の皆さんに支えていただいて、様々な困難を乗り越えられて、毎日新しいことを習いながら有意義に過ごしていました。助手の任期があるため、辛いですが、2002年の秋、「巣立ち」を決めました。先生方からいただいた暖かいお言葉を心に銘じて、これまで日言文で習ってきたことを日本語教育の現場に活かせるように一生懸命に頑張っていきたいと思っています。

王 淑琴 日本語教育学講座修了(台湾 東呉大学日本語学科 助理教授)
 日言文では、今までの人生の中でもっとも充実し、楽しい時間を過ごすことができました。
 ここでは、日本語教師になるための専門知識だけでなく、語学研究に必要な方法論や言語理論などの知識も学びました。指導教官をはじめ日言文の先生方からは、指導面ではきめ細やかなご指導をいただき、生活面でもいつも親切に相談に乗っていただきました。それに、日言文では、各国からの留学生が多く、日本人学生との割合もバランスよく保たれています。日本人学生及び各国からの留学生とのさまざまな交流は、私にとって一生忘れられない思い出になります。また、異文化交流を通じて、留学する前に比べて私の世界観が広がったと思います。
 2003年4月に日言文で博士号を取り、8月に教員として台湾の大学に赴任することになりましたが、新米の私は少し不安を抱いております。しかし、日言文で先生方からいただいた教えと知識、また、そこで体験した一つ一つのことをもって、きっとその不安を克服し、日本語教師及び研究者としての責任を果たせると信じております。

浅井美恵子 日本語教育学講座修了(日本語教師)
 「はじめまして。浅井美恵子です。今日から皆さんと一緒に勉強していきます。」
 これが私の日本語教師としての第一声でした。1999年の秋、ロシア、イルクーツク言語大学の日本語学科で、私は念願だった日本語教師という仕事を始めました。初めに言った言葉は、今振り返ると、日本語教師としての私を象徴している言葉だと思います。なぜなら、私は常に学ぶ場に身を置き、勉強し続けているからです。
 私が日本語教師になろうと考えたのは大学生の時です。その時、私は日本語を教えるためには「知識」が必要だと考えていました。それを身につけるため、この日本言語文化専攻に入学しました。同級生は、既に日本語教師をしている人、大学時代から日本語教育を専攻してきた人、海外で日本語教育を受けてきた人など、この分野に関心も経験もある人ばかり。本当に自分はやっていけるのか、日本語を教えられるようになるのか、心配してばかりの毎日でした。でも、これは日言文の大学院生が全員抱える悩みです。自信がない分勉強、勉強と自分を励まし、同級生たちと話し合い、最後に「がんばろう!」と気合いを入れていました。「授業を受けたら、日本語教師になれる」という単純な考えが、先生方や先輩、同級生と話すうちに、そんな単純なものではないと、徐々に、確実に変わりました。
 大学院での生活は主に「知識」を磨くものだったと思いますが、「実践」の重要性を予想させてくれる場でもありました。日本語教育実習では、教科書・教材作りから授業、報告レポート作成までほぼ全て自分達の手でやっていかなければなりませんでした。学生に対する態度や話し方など、講義を聞いたり、演習で議論したりしているときには気付かなかったことに直面して考えさせられたことは、その後の「実践」に対する自分の考えの根底になっていると感じています。
 念願だった日本語教師としてロシアに行き、本格的に「実践」し始めてみると、さらにいろいろな発見の連続でした。日本での日本語の役割と海外での日本語の役割との違い、これは頭ではわかっていたつもりでしたが、本当に納得できたのはロシアで実際に教えた経験によると思います。しかし、大学院での「知識」のおかげで、その場にあった授業を心がけ、大学の同僚や学生たちに信頼してもらえるようになりました。「知識」と「実践」の相互効果がよい授業、よい指導につながると納得できました。さらに、ロシアでは日本語を教えるだけでなく、自分がロシア語学習者として言語習得に取り組まなければなりませんでした。なかなか表現を身につけることができないもどかしさや、失敗を恐れる気持ちなど、言語学習者の不安やジレンマは教えている学生の問題ではなく、自分の問題です。でも、うまく言いたいことを伝えられたときの格別の喜びも感じることができました。これは別の角度から「知識」を増やし、「実践」の経験を積むいい機会だったと思います。
 私が日本語を教えられるようになるまでも、なってからも、実に多くの人々に支えられています。大学院の先生方、先輩、同輩からだけでなく、同僚や学生達からもいろいろなことを教えてもらい続けています。人との関わりなしに「知識」も「実践」もありえません。他の職業に就くより、それが大きく感じられるのが日本語教師という仕事だと思います。そして、日本語教師を育てていく先生方、そして日本言語文化専攻に関わる様々な皆さんのおかげで、そういうすばらしい職業に携わることができているのだと思います。指導教官の大曽先生がよくおっしゃる「研究と教育の両方ができる日本語教師になってほしい。」ということばは、日本語教師の「知識」と「実践」を良く表し、さらに、他の人と支え合っていく形を示唆していると思います。今後も研究と教育の両方ができる日本語教師、「知識」と「実践」が豊富な日本語教師を目指して勉強を続けていきたいと思います。

蓮池いずみ 日本語教育学講座修了(韓国 建国大学 講師)
 日本言語文化専攻で日本語教育学を研究しようとする人たちは、主に二つのタイプに分けられると思います。「これから日本語教師を目指す人」と、「日本語教師として、さらに専門性を高めようとする人」。大学院入学当時の私は後者で、同級生の中では数少ない教師経験者の一人でした。日本語教師養成コースで日本語教授法の基礎を学び、その後国内の日本語学校等で教えていましたが、日本語教育経験が長くなり、教材開発や新人教師の指導などにも関わるようになると、今の自分の教師としての考え方は、これまでの経験からくる勘のようなものでしかなく、理論的な裏づけのない不安定なものだと感じるようになりました。日本語教師としてさらに成長し、日本語教育の専門家として認められるようになるためには、日本語と日本語教育について更に深く学ぶ必要がある、そう考えたのが大学院に進学するきっかけでした。
 大学院入学後は、専門的な知識や研究の方法を学ぶ以外にも、多くの発見がありました。中でも私にとって重要な変化は、自分の中の「常識」を疑ってみることの大切さに気づいたことです。大学院では、どの講義でも学生の間で活発に意見が交わされ、一つ発言すると、それに対する反論が次々と返ってきます。このような議論の場に参加して、自分とは異なる見方があること、自分が「常識」と考えていたことが必ずしも正しくないことに気づき、自分の中に定着していた考えを見直すことの必要性を痛感しました。また、教育実習は、それまでの教師経験の中でパターン化していた教え方を反省する良い機会となりました。実習中に先生やTAの方から受けた数々の指摘の中には、今まで自分が全く気づかなかったことも多く、今後改善すべき点、また自分の個性として生かすべき点が明確になったことが何よりの収穫でした。
 日本言語文化専攻の学生には、大学院在学中に海外で日本語教育を体験する人が少なくありません。私も在学中に、韓国の大学で日本語を教える機会を得ました。韓国に赴任する前は、日本国内であろうと、海外であろうと、「日本語」を教えるということに変わりはないのだと考えていました。しかし、実際に現地の学習者と接してみて、海外の学習者は、日本語教師を通して「日本」を見ているのだという、大きな違いに気づきました。学習者が、日本で生活していれば自然に目にし、体験することができる日本の文化や風習を、教科書や教師の言葉を通して学ぶしかない海外では、日本語教師は「言葉」以上のものを教えることが求められるのだということを実感しました。
 日本語教育実習を受けるときにも、海外へ行くことを決めたときにも、同じ大学院生から、「経験者なのになぜ今さら?」と聞かれることがありました。しかし、今まで述べてきたように、経験者だからこそ、自分の考えや教え方を見つめなおす場が必要であり、新しい体験による発見が大きな刺激となるのだと思います。これから日本語教師になる人、既に教師をしている人、外国語として日本語を勉強してきた人など、多様なバックグランドを持つ学生が集まる日本語言語文化専攻は、様々な異なる視点から日本語教育を考える上で最良の環境です。このような恵まれた環境で学べたことを感謝しながら、今後もここで得た新しい発見、ひとつひとつを自分の財産としていきたいと考えています。

劉 秋燕 応用言語学講座修了(台湾 国立屏東商業技術学院)
 日本語言語文化専攻に入学して以来、言語、文化、日本語教育など多くの知識を身につけることができ、日本を含め各国から集まってきた人々と交流ができて大変有意義な日々を過ごすことができました。留学生という身分で異国で生活するということは決して簡単なことではありません。言葉の違い、文化の違い、研究方法の違い、生活の問題など、日本で暮らし始めた頃いろいろと苦労しました。しかし、研究が壁にぶつかっているとき、励ましてくださり、指導してくださる先生方がいらっしゃったから、 生活上問題が起こったとき、親身になって一緒に解決策を考えてくださる先生方がいらっしゃったから現在の私がいます。自分自身も実感できるほど多方面で大きく成長した私であります。この研究科に入学でき、この講座の先生方について勉強することができ、大変幸運に思い、ありがたく思っております。