視覚教材を用いた単語の導入とその効果

栗原由華

1. はじめに

 夏期日本語教育実習では、全期間を通してゼロ初級(レベル分けについては3章を参照)を担当することになり、使える日本語を目指してカリキュラムを組んだ。その中で、日常生活で使える単語をできるだけたくさん覚えてもらうことを目標に据えた。

 これまでの直説法による教育経験から、限られた日本語しか使えない状況における単語、表現の導入には、困難な点が2点あると感じている。

1点目は、学習者の母語によっては名詞でも導入が難しい場合があることである。以前、中国語を母語とする学習者に「ストーブ」を「体を温めるもの」として説明したことがあるが、少なくとも私のクラスにいた学習者はストーブを「ものを乾かすもの」として使用していたため、その名詞が指すものを理解できなかったことがある。指し示すものは同じでも用途や形が異なるため、説明に注意を要する場合は往々にしてあると感じた。

 2点目は、説明しようとすると詳しく長い説明が必要となる単語や表現の場合である。例えば挨拶の言葉や、感情を表す単語、表現である。もちろんこれらは媒介語や学習者の母語に置き換えて、簡単に説明することもできる。しかし、なるべく媒介語や学習者の母語を用いないようにする場合や、もしくは教師がとっさに媒介語でそれらの単語、表現を説明、置き換えすることができない場合には困惑してしまうだろう。

 これらの点を踏まえて、この実習では視覚教材を用いた単語、表現の導入を試みた。視覚教材を用いるにあたって期待した効果は2点である。

1) 学習者が、単語・表現とそれらが指し示すものとを瞬時に一致できる。

2)記憶が絵として残り、次回から絵を見るとそれを表す単語・表現が思い出せる。

 

2.視覚教材の特性

 石田(1988)に直説法における視聴覚教材について言及がある。今回の実習で用いた視覚教材は石田が言及する視聴覚教材のひとつであり、その特性も今回の視覚教材にあてはまることから、ここにまとめる。

石田は視聴覚教材の一般的特性に、ヽ惱意欲を高め、動機づけを強化する、経験の限界を拡大する、8充造鮑胴柔する、ぢ真瑤凌佑咾箸剖δ未侶亳海鯑瓜に与える、シり返し利用が可能、の5点を挙げている。今回の夏期日本語教育実習では、この中でも特に石田が挙げた「言葉のみで説明するよりも具体性の高いものを示して感性的に理解させた方が学習効果も上がり、能率的でもある」こと、「何度でも繰り返し同じ条件で利用できる」ことを重要視した。

3.夏期日本語教育実習の概要

 夏期日本語教育実習は、名古屋市教育委員会の協力を得て行われているもので、名古屋市に配属されたAETを対象としている。今年の実習に参加したAETは14名で、うち1名は復習のために参加した2年目AETである。

 クラス分けは事前にEメールで送付、返送されたアンケートと、面接形式のインタビューで決定した。全く日本語を勉強したことがなく、日本語が全く分からないレベルである「ゼロ初級」の学習者は4人、多少日本語を勉強し、ひらがなが分かる程度のレベルである「初級」の学習者3名、日本への留学経験または滞日経験がある、大学レベルで日本語を学んだ経験があるなど、日常会話以上の日本語を解するレベルである「中・上級」の学習者は6名であった。ただし、ゼロ初級の学習者の中にも、出身国でのJETプログラムを通して来日前に簡単な日本語の日常会話を勉強していた学習者がいたようである。

 教材は実習生によって作成された教科書と副教材を用いた。予め各クラスのカリキュラムを組み、各時間で学習する項目は決定してあったが、どのように教えるかは担当の実習生に任された。日本語の授業は50分であり、1日3時間行った。各実習生は1日1〜2時間を担当した。

4.視覚教材の準備

 視覚教材は以下のように、絵の上にローマ字で単語、表現を書いた。こうすることにより、教師が見せるだけで日本語とそれが指すものを理解すると考えた。

<実際に使用した視覚教材>

tiishatsu

Wakarimasen

      

ookii chiisai

4.1 視覚教材の作成

 視覚教材は、まず図柄をインターネット上の素材集から集め、使えるものを選んだ。この過程で使用したホームページは以下である。

1)語学教育用クリップアート

http://www.sla.purdue.edu/fll/japanproj/FLClipart/default-j.html

2)英会話授業のためのイラスト集

http://raq1.aminet.or.jp/~yasu/illustrations/index.htm

3)教育用画像素材集

http://www2.edu.ipa.go.jp/gz/

次に選び出した図柄を編集した。不必要な文字や絵を切り取った上で、新たにローマ字を加え、教材の形にした。

最後に、教室に貼っていつでも見られるように紙に印刷し、クラスで使用した。当初カラー印刷をする予定であったが、大学が所有するカラープリンターが故障していたため、カラー印刷したものと白黒印刷したものの2種類ができた。しかし、そのことによって学習者の理解度に差はなかったと思われる。

4.2 視覚教材の使用

 クラスでは担当した全ての時間で視覚教材を用いながら、以下の順で単語、表現を導入した。

1) 学習者に近い場所に教師が立ち、手に持った視覚教材を見せて、母語話者が話す通常の速さよりややゆっくり単語、表現を言う。

2) 絵を見せながら日本語をもう一度言う。

3) 理解に差がないかを教師が確認するため、英語で置き換える。(その前に確実に理解していると思われるうなずきや自発的な発話などの反応が見られたときは、この部分は省略した。)

 複数の単語、表現の導入は以下の手順で行った。

1) 一つ目の単語、表現を導入し、学習者が意味を理解したことを教師が確認する。

2) 学習者がそれぞれの単語、表現をノートに取る、または各自で音読するなどの時間を短く取る。

3) 導入した単語、表現の視覚教材を、教室前方にあるホワイトボードに貼る。

4) 次の表現、単語を導入する。

 このようにして、その時間に導入した単語、表現は全てホワイトボードに貼り、板書の妨げにならない限り貼ったままにしておいた。また、板書の関係でホワイトボードからはがす場合でも、教室前方の壁に移し、授業が終わるまで学習者の目に触れるように工夫した。

4.3 視覚教材の繰り返し

 実習全体を通して、何度も視覚教材を用いるように試みた。実習を通して何度も同じ単語や表現を繰り返し用いるのと同時に、視覚教材もその度に用いるようにした。教師の働きかけに対し、学習者が一度出た単語を各自のノートで確認したり、視覚教材を通して探したりする姿が見受けられた。

 教室の中でよく使う「〜は日本語で何ですか」や、テキストでよく出る「〜はいくらですか」などは、教師が進んで視覚教材を学習者に指し示し、使うように促した。

5. 学習者の反応

 実習の全クラスを通して、学習者の反応は良かった。

 教師が日本語だけを用いて視覚教材を提示したとき、意味がわかりやすいものに対してはすぐにうなずき、ノートを取り始めるなど良い反応が返ってきた。少し説明が必要なものに関しても、まずは学習者自身が意味を推測し、その上で英語の説明を聞いていた。これにより、単なる受身ではない導入ができたと感じた。

 何度も繰り返し使った表現は、学習者の方から前方の壁に張った表現を探し、意欲的に使おうとしていた。

5.1 視覚教材を用いた効果

 最も効果があると感じたのは、教師が一言も発しなくても、視覚教材を学習者に見せた時点で学習者が意味を理解した点である。ローマ字の読み方に慣れていないという理由で、日本語が正しく発音できないことはあったが、その日本語が指し示すものは理解していた。

 特に「もう一度おねがいします」や「〜は日本語で何ですか」などの表現は、JETプログラムを通して日本語を学習していたためか、学習者が即時に意味を理解していた。そのため、教師がそれらの表現が使われる場面を媒介語である英語で説明するだけで十分であった。

 このことは、単語、表現の導入にかかる時間を最小限に抑えることができた点で大変効果的であった。50分授業を1日3時間、全7日という行程の限られた時間の中で、使える日本語を身につけさせることを目標にしたこの実習では、学習者の口頭練習を重視していた。そのため、教師が話す時間をなるべく短くすることが求められた。視覚教材を用いたことで口頭練習のための基礎的な導入が短時間かつ正確にできたのは、この実習での授業を円滑に進める大きな助けとなったと言えよう。

6. 改善すべき点

 視覚教材を実際に作成し用いた過程で、今後改善するべき点がいくつかある。ここでは、その改善すべき点について述べる。

6.1 視覚教材作成にあたって

視覚教材作成にあたり、以下の3点において改善が必要だと感じた。

1点目は絵の選択に関してである。今回は3つのホームページを利用して視覚教材を作った。ゼロ初級クラス用の教科書をもとに、導入の必要がある単語を全てこれらのホームページから探したのであるが、やはりその全てを揃えることができなかった。

特に難しかったのが形容詞である。いくつかの形容詞はそれらのホームページ上で探すことができた。しかし、今回必要であった「大きい」「小さい」「長い」「短い」などはなく、工夫をこらして作る必要があった(「大きい」「小さい」の視覚教材は4章に例示)。このため、学習者にとって分かりやすかったとは言いがたい。今回は運良く学習者に意味が分かってもらえたが、いつもこのように行くとは限らないと感じた。

 この過程で、インターネット上の教育用素材がいくら充実していると言っても教師の求める画像が揃っているわけではないことを痛感した。今後は、絵を選択する際、どのようにしたら求める画像が手に入るかを考える必要がある。

2点目に、時間的負担の大きさが挙げられる。一枚の視覚教材を作るのには、思い描く画像を探し、編集し、印刷するという過程が必要である。授業準備に時間がかかりすぎることは、今回のように7日間という短い実習であればやっていけるが、日々の授業では到底できないだろうと感じた。

この点を石田(1988)も指摘しており、「視聴覚教材は、作るまでには多大の時間とエネルギーを必要とするが、一度作っておけば、何回でも繰り返し同じ条件で利用できる」と述べている。

本当に必要な単語、表現のみ視覚教材を作成すること、作ったからには何度も利用することを心に留めることが必要であると感じた。視覚教材の利点は、繰り返して利用できることであるので、単語や表現の定着のために、その利点をどう生かすかも考えなければならない。いつ、どのタイミングで視覚教材を使うのか、使った後の教材は貼るのか、それとも一度隠してまた見せるのかなど、課題は多いだろう。

3点目は授業内における視覚教材使用上の工夫に関してである。

授業では、ただ単に教師が視覚教材を提示するだけでは不十分である。教師が視覚教材を提示するのに加えて媒介語(または学習者の母語)を用いるのか、ジェスチャーを用いるのか、もしくは他の方法を用いるのか、考えなくてはならない。今回の夏期日本語教育実習を通して、教師は学習者にその単語、表現の意味を正確に伝えるだけではなく、それらが使われる例文や状況を提示するなどの「プラスアルファ」を考えなくてはならないと感じた。

また、視覚教材に頼りすぎて、視覚教材を提示するだけで教師が何も話さないという状況もあってはならない。視覚教材はあくまでも単語、表現の導入を正確に行うこと、導入時間を最小限に抑えることでその他の練習に時間を割くことができることを目的にするべきである。

 以上で述べた改善点をもとに、視覚教材作成と、授業の中での視覚教材の役割と活かし方について、今後も研究していきたい。

7. 今後の課題

 春期日本語教育実習では、既成の視覚教材を用いて初級終了レベルの学習者に授業を行ったが、夏期日本語教育実習では自作の視覚教材を、日本語を全く解さないレベルの学習者の授業で用いるという初めての経験をした。

 この経験を通して、日本語教師として何が必要であるのかを考える機会を得た。特に今回は、わかりやすい授業を目指す一環としての教材作りの中で、教師には何か必要なのかを考えた。

 夏期日本語教育実習では視覚教材の作成、使用を通して、教師が頭で思い描く視覚教材を見つけることが、思いのほか困難であることを感じた。この対処として考えられるのは、教師が自分で絵やイラストが描ける能力を身につけること、普段から新聞、雑誌を切り抜いておいたり、できるだけ多くの日本語教材に目を通したりして、多彩なイラストや写真を用意する習慣を身につけることの2点である。

 教師が学習者に適切に意味を伝えるために、視覚教材は誰が見ても同じ解釈ができる必要があり、また文化間にその解釈の相違を生んではいけない。その意味でも、視覚教材を選ぶ時点が重要である。そして、教師は自分の持つ文化背景だけを「常識」として捉えてはいけないことも心に留めなければならないと感じた。今後はこの点に注意をしながら教材作成にあたりたいと考えている。

 学習者の持つ文化的、言語的背景を考慮しながら、教師がいかにわかりやすく飽きさせない授業を行うかは、大変大きな課題である。これまで、多くの教師に「常日頃から広くアンテナを張り巡らし、使えそうな教材は手元に貯め、必要に応じて教材を作り積み重ねていくことが大切だ」と助言を受けてきた。その助言が、今回の経験を通してさらに深い意味を持って、心に残った。

 視覚教材を用いた授業とその効果を考えたことをきっかけとし、新たに多くの改善点、課題が生まれた。今後、さらに良い授業を目指すために、これらを追究したいと考えている。

参考文献

石田敏子(1988)『日本語教授法』第18章 視聴覚教材の利用、pp256-288、大修館書店


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