クラス場面で実際のコミュニケーションを行う

呉 禧 受

1. はじめに

 筆者は2002年3月5日から3月16日まで韓国の忠南(ちゅんなん)大学校で日本語教育実習を行った。「教室の中で実際のコミュニケーションを行う」ことをテーマにし、1コマ60分の授業を10回にわたって行った。授業の目標は学習者のコミュニケーション能力の育成である。学習者は日本語の環境に置かれたことがなく純粋に韓国国内でだけ日本語を学習してきた大学生の学習者に制限し、彼らの評価を基に授業実習を評価する。主なタスクとしてインフォメーション・ギャップを生かしたロールプレイを採択し、クラス場面で実際のコミュニケーションに真似た学習活動を試みた。

2. 学習者

2.1 学習者の募集

・期  間:2001年10月〜2002年1月
・募集方法:実習先大学の建物に学習者募集の貼り紙を貼る
        日本語学科のホームページに広告を載せる
・条  件:日本留学の経験がないこと
       大学で日本語の授業を受けたことがあること
       日本語の実力は初級の後半か中級の前半くらいであること

 募集結果、15人の学習者が募集に応じたが、日本留学の経験があったり、日本語のレベルが高すぎたりなど募集条件に合わず、最終的に10人の学習者にお願いした。

2.2 学習者の特徴

 授業開始前に授業に反映するため、アンケート調査を実施した。内容は、学習者のニーズ、4技能に対する上達希望度、授業中発生する誤用に対する教師の対応、総合的な授業への希望などである。また、日本語能力について自己評価してもらった。学習者の共通的な特徴は、ある程度日本語を勉強してきたが、話そうとしてもうまく話せない、ということであった。特に、表の「男3」の場合は去年の12月に日本語能力試験2級に合格しているが、話す事には全然自信を持っていなかった。
 アンケートの結果、学習者は自然な雰囲気で日本語がたくさん話せる授業や実際に日本で使われている表現についての学習を希望していることがわかった。また、授業中発生する誤用に対しては8人が発生する度に訂正してほしい、2人が授業後にまとめて訂正してほしいと希望するなど、全体的に正確な日本語学習に対する希望が強かった。

<表1> 学習者の特徴

  

性別

学習歴

専門

1

1

3

貿易

2

2

8ヶ月

貿易

3

3

10ヶ月

機械工学

4

4

12ヶ月

農業経済

5

5

1

経営

6

1

2

日語日文学

7

2

2

日語日文学

8

3

26ヶ月

日語日文学

9

4

6ヶ月

英語英文学

10

5

3

心理学

 

3. シラバス

 コミュニカティブな授業にするため、Morrow(小笠原訳、1984)とReachard & Rodgers(1988)の提案を参考にした。
毎回の授業は、ペアワークやグループ活動を中心に行った。各授業のテーマ及び授業方式は以下のようである。

<表2> 各回の授業のテーマ及び授業方式

回数

日付

授業のテーマ

授業方式

35日/火

自己紹介

ペアワーク、ロールプレー

2

36日/水

レストランで料理を注文する

ペアワーク、ロールプレー

3

37日/木

買い物をする

ペアワーク、ロールプレー

4

38日/金

訪問する

ペアワーク、ロールプレー

5

311日/月

頼む/謝る

ペアワーク、ロールプレー

6

312日/火

道を聞く/聞かれる

ペアワーク、ロールプレー

7

313日/水

電話をする

ペアワーク、ロールプレー

8

314日/木

私の家族について

発表会

9

315日/金

私の夢

自由会話

10

316日/土

今の若者について

自由討論

 

 1回目の授業では,自己紹介を兼ねたペアワークとインフォメーションギャップを生かしたロールプレーを行った2回目の授業から7回目の授業までは,ペアワークとインフォメーションギャップを生かしたロールプレーを行った。8回目は発表会、9回目は自由会話、10回目は自由討論をそれぞれ行った。9回目と10回目のテーマは学習者同士で相談し決めた。
 
 各授業は以下のように行った。

3.1 <3月5日>1回目の授業

・ 「学習項目」の学習
・ ペアワーク1→ペア同士の自己紹介
・ パートナーから得られた情報を持って、クラスの全員に紹介する
・ お互いに質疑応答
・ ペアワーク2→与えられたロールカードの役を演じる
・ ペアワークの後に全体的な発表
・ 表現の整理、質疑応答、次回の予告
・ アンケート→その日の授業について評価してもらう
・ 授業の感想、反省


3.2 <3月6日〜3月13日>2回目〜7回目の授業

・ 前回の復習
・ 学習項目の練習
・ ペアワーク1
・ ペアワーク1の全体的な発表
・ 表現の整理、質疑応答
・ ペアワーク2
・ ペアワーク2の全体的な発表
・ 表現の整理、質疑応答、次回の予告
・ アンケート
・ 授業の感想、反省

3.3 <3月14日>8回目の授業

・ 前回の復習    
・ 授業の流れを説明
・ 発表の順番を決める
・ 発表
・ 発表者への質疑応答
・ 表現の整理、質疑応答、次回の予告
・ アンケート
・ 授業の感想、反省

3.3 <3月15日〜3月16日>9回目〜10回目の授業

・ 前回の復習    
・ 授業の流れを説明
・ 司会を決める
・ 意見の話し合い
・ 表現の整理、質疑応答、次回の予告
・ アンケート
・ 授業の感想、反省

 1日の授業で3〜5組(6〜10人)のペアに、2つのロールプレー(2つの場面)をやってもらった。学習者にはロールカードを配って自分が言えそうな表現を考えたり、筆者にどう言うか質問したりする時間を与えた。分からない場合には筆者への質問を勧め、学習者の質問には素早く対応した。各自に配ったロールカードは相手に見せないように注意した。ペアは筆者が指名していたが、毎回違うペアになってもらった。3〜5組に同じ場面のロールカードを配り、ペア同士で練習した後、全員の前で演じてもらった。そうすることによって学習者は同じ場面であっても、人によって様々な表現があることを感じ、多様な表現を自然に学習することも可能であると考えた。
 8回目の発表会は、学習者がよく知っていることの一つである家族について発表してもらった。家族の写真や絵を持参し、全員の前で発表をする。聴講する学習者には発表者に1回以上質問することを義務付けた。9、10回目の自由会話と自由討論のテーマは授業が3〜4回進んだ頃に学習者に決めてもらった。司会者役の学習者が日本語で進行させる。自由会話は「私の夢」、自由討論は「今の若者について」をテーマに1人ずつ意見を述べ、自由に話し合ってもらった。筆者は学習者の誤用をチェックし、授業の後半でまとめて整理した。また、発表者の1人にもなって意見が途絶えた時の繋ぎとして意見を述べた。
 この授業は筆者が教案を作成したことで学習者は教科書を持っていない。その代わり、学習者には初日に授業のスケジュールを配り、全体の流れが把握できるようにした。

3.4 学習者の様子

 3月はすでに学校の授業が始まっており、すべての授業実習は夕方に行われた。学習者は授業に遅れることもあまりなく、筆者の指示に誠実に従い授業に臨んでくれた。最初の頃はみんなの前でロールカードの役を演じることに恥ずかしさを感じる様子であったが、2,3回も経たないうちに慣れてきた様子であった。

4. 学習者の評価

4.1 授業中の評価

 授業中の評価は、授業が終わる5分前に評価用紙を配り、書いてもらった。評価用紙は3つの項目からなっており、各項目のそれぞれの平均は次のようである。

1. 役に立ちそうか―4.5
2. 理解できたか―4.75
3. 面白いか―4.6
 
 「役に立ちそうか」は授業が学習者ニーズに合うかを知るためであり、「理解できたか」はその日の授業が学習者のレベルに合うかを知るためであった。「面白いか」は日本語の学習を持続させていく上で必要な要素の一つが「面白さ」であると予想し、日本語学習を続けるのに今回の授業が役に立つかを問う項目である。
 授業中の評価は3つの項目とも高い平均点を見せている。

4.2 授業後の評価
 
 全過程が終わってから授業評価のアンケートを実施し、10回の授業を総合的に評価してもらった。アンケートは主に、学習者とインフォメーション・ギャップを生かしたロールプレーとの相性に関する項目と、授業によって日本語会話に対する考えに変化があったかを問う項目で構成されている。
 アンケートの結果は以下のようである。

・ インフォメーション・ギャップを生かしたロールプレーは学習者のニーズに適合しているかに関する質問で、10人の学習者全員が当てはまると答えた。その理由を自由に記述してもらったが、7人が実生活に応用できることをあげている。2人は会話のチャンスが多いことを、1人は面白いことをその理由としてあげている。
・ ロールプレーによる授業の経験について4人があると答えた。その方法はテキストの会話文を読み上げたり、空欄がある文章を埋めてお互いに読んだり、授業内容に沿って役を決め演じたりするやり方である。しかし、ロールプレーを行う学習者同士にインフォメーション・ギャップはなく、学習者に選択肢は与えられなかったそうである。
・ 今回の授業によって日本語会話に対する考えの変化を問う項目では、日本語会話が以前より易しく感じられるようになった、日本語学習に対して意欲が出てきた、簡単な表現だけで会話が成り立つことが分かった、などの意見が多かった。
 
 また、授業に対する全体的な感想としては、以下のような意見があった。

・ 基本的な情報だけを持って自分で会話文を作るのがよかった。
・ 前より自信を持った。
・ 一つの場面に色々な表現の仕方があることがわかった。
・ 日本語をたくさん使えて、また聞けてよかった。
・ ロールプレーの前に使える表現を習ったことがよかった。
・ 各ペア別に違う内容のロールカードを配ってもらいたかった。
・ 学習者同士にレベルの差があった。
・ テキストがほしかった。

 授業評価のアンケートの結果により、学習者がインフォメーション・ギャップを生かしたロールプレーに大体満足していることが分かった。授業による日本語会話に対する意識の変化で、「簡単な表現だけで会話が成り立つことが分かった」との回答が多いのは、ある程度日本語で話すことに対し、負担感をなくした証拠であると思われる。 
 今回の授業では、一つの場面に対し多様な表現でコミュニケーションを行うことへの可能性を教えることも目的であったが、「各ペア別に違う内容のロールカードを配ってもらいたかった」との意見は、授業の意図が伝わっていないことの現れである。各ペアごとにロールプレーの内容や表現が異なることに学習者を注目させる必要があると思う。
 
5. 終わりに

 今回の授業の目的は、学習者が与えられた場面と役割に適切な会話を交わすことである。今回の授業実習で主なタスクとして行ったインフォメーションギャップを生かしたロールプレーは、生活で日本語の環境を得ることができず、日本語会話にはあまり自信を持っていない学習者に効果的であることが学習者の評価から分かった。特に、授業全体の評価で自由記述だったにもかかわらず、共通して「実生活に応用できそう」との意見が多かった。これは、学習者が今回の授業で行った学習活動が有益であったと評価している結果であると考えられる。
 授業中発生する誤用の訂正に関しては、授業中であっても間違う度に訂正してほしいと学習者が正確な日本語を学ぶことを希望していたので、授業の終わり頃にまとめて訂正した。しかし、こういう場合にはどこまでを「誤用」とするかの問題が伴う。「不自然」ではあるが「間違い」ではない場合、また相手は聞き取れている場合などは訂正するべきであるかはっきりしてない。授業で正確さを求めるあまり、学習者のコミュニケーション能力の育成を損なう可能性も考えられる。今回の授業でも間違いではないが、不自然な表現が多く現れた。明らかにコミュニケーションを妨げる誤用であると判断される表現は訂正したが、不自然な表現の場合は授業の流れを見て自然な表現をアドバイスしたり、そのまま黙認したりした。コミュニケーション教育と誤用訂正に関してはもっと研究の余地があると思う。

*参考文献*

岡崎敏雄・岡崎眸(1990)『日本語教育におけるコミュニカティブ・アプローチ』凡人社
岡崎敏雄・岡崎眸(1997)『日本語教育の実習 理論と実践』アルク

Johnson.K and K.Morrow(1981),Communication in the classroom,Longman
(小笠原八重(1984)『コミュニカティブ・アプローチと英語教育』桐原書店)
Richards & Rodgers(1988),Approaches and Methods in Language Teaching ;A description and analysis ,Cambridge University Press

 

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